【湯たんぽ、どうですか】
その後、浴室から出たガルドが部屋へ戻れば、ルシアンは寝間着に着替え、ベッドにすでに潜り込んでいた。
目を閉じている――というよりは、眠気に襲われているといった表情。
銀の瞳は薄く開き、ぼやりと風呂上がりのガルドに目を向けていた。
ベッド脇のランタンを絞りつつ、ガルドもそちらに目を向ける。雇用主はしっかりと口元まで掛け布団をかぶっており、首元に隙間もなさそうだ。――よし、とガルドも一つ頷いて、自分のベッドに横たわる。
「……もう寒くねぇか」
「……うん?うん……暖かいよ」
もごもごと、掛け布団の下から、そんな声が返ってくる。瞬きも遅く、どこかとろりとしている。
窓の外の通りを、遠くでどこぞの犬が鳴く声がしていた。――すん、とルシアンが鼻を鳴らすような音が、ガルドの耳に届く。
ぴくりと眉をしかめ、すぐさまガルドが頭を持ち上げた。
「オイなんだやっぱ寒ぃのか」
じろ、と赤い瞳に覗き込まれ、ルシアンが可笑しそうに笑う。自分のことはほとんど後回しなのに、ことこの雇用主に対する検問が厳しすぎる。
「ええ?ふふ、大丈夫だよ、君が色々してくれたもの」
「つったってお前、……チッ」
舌打ちと、がしがしと頭をかいて、一拍、二拍押し黙り――、ガルドがルシアンを見やった。
笑いの名残のまま、半分閉じかけた銀の瞳が、きょとん、とする。
……もす、と持ち上がる掛け布団。すごく仏頂面な護衛の男。
「……来るかこっち」
恐らく振り絞ったであろう、単純明快な提案。低すぎる声。
一方、半ば寝かかっている頭で、ルシアンもその空間を眺める。
――半ば寝かかった頭でも、"そこ"に関する記憶の引用は、驚くほどにスムーズだった。
(……暖かいんだよなぁ、そこ……)
「…………」
ルシアンが、重たい瞼を引っ提げて、返事もせずにベッドから起き上がり、二歩ほどで隣にたどり着く。
開かれた腕に背中からころりと潜り込めば、護衛は硬直したように腕を広げたままで。
「……ありがとう……おやすみ……」
「っ……おう……」
ああ、やっぱり落ち着くなぁと、――無残にもルシアンは、疲れた身体を沈めていった。
「……ッ……」
ぴし……、と強張った全身は、……掛け布団をゆっくりと閉じることによって、どうにか実務の森に落ちた。
すっかりと目を閉じたルシアンの頭を、そろりと自分の肩口へと引き寄せる。
無事に枕と化した腕に、柔らかな髪が触れる。ぬくもりが、胸のあたりに重なる。
さっきまで風呂にいたはずの体温が、……さっきは死んでも触れまいとした体温が、じんわりと伝わってくる。
(……マジで、来やがった……)
絞り出すような息は、自分でも笑ってしまうほどの呆れと、どうしようもない嬉しさと、あと、……もう一滴も理性が残っていないことを自覚した苦さで滲んでいた。
眠ったのか、ルシアンは何も言わない。何の反応もない。
ただ、緩く身体を丸め、背を預けるようにして、ガルドの胸元に収まっている。
(……くそ、油断の塊だな、お前……)
そんなら、やっぱり守んなきゃか……、そう思い、ガルドは静かにルシアンの後頭部に額を預けた。
そうするしかなかった。これ以上は、もう無理だ。
「……明日、ゆっくりでいいからな」
ぽつりと呟けど、腕の中から返事はなく、緩やかな呼吸と肩が静かに上下する動きだけ。
しかしそれだけで、今夜はもう十分だった。
あとは、眠るだけだ。
このまま、何も起きずに、朝が来てくれればいい。
そう願いながら、ガルドはようやく、瞼を閉じた。
――【湯たんぽ、どうですか】




