【お疲れのガルド】
集落へと戻る帰路、男衆がそれぞれ軽口を飛ばしながら足を進める中、ガルドはやや遅れて歩いていた。
両肩と足腰にかかる、丸一日分の疲労が重い。だが、その歩みに迷いはない。
黙々と歩を進めていれば、ふと前を歩く若者の一人が振り返った。
「旦那ァ、ほんとに旅の人なんすよね?」
唐突な問いに、片眉と視線だけで応じる。問いかけた男は、土で汚れた頬で懐っこく笑った。
「ああ、違うんです、こう、村にいてもおかしくないっつーか。いや、馴染んでるって意味で」
「そうそう、うちの爺さんなんか、"あいつ住みつかねぇかな"って言ってた」
「うちの婆さん、ルシアンさんに言ってたな~」
軽口混じりの声に、ガルドの眉間がわずかに寄る。
「くだらねぇ……」
ぼそりと返したその横顔に、若者たちは笑い声を上げた。
村の入り口でいったん解散し、ガルドはまっすぐに集会所のほうへと向かった。もう湯が張られているのか、裏手から湯気が上がっているのが見える。
それにちらりと目をやって集会所の扉に手をかけようとして、――縁側が目に入る。ちょうど湯から上がったばかりらしきルシアンが、同じようにガルドを見とめて顔を上げたところだった。
「あ、お帰りガルド。お疲れさま」
「……、ああ」
……一拍だけ、返事が遅れた。ルシアンは湿った髪を拭いながら、湯気の余韻を纏っている。肌を冷やす風を避けるように、膝に薄手のストールを掛けていた。
――、……無意識に、足が向く。
復旧作業は、行軍や魔獣との戦闘とはまた違う体力を使う。
加えて、あまり慣れていない"他人への指示"。
この村の男衆が、素直で気風よく、こちらの指示を聞いてくれる奴らで本当に助かっているが……。
……ガルドは少々、疲れていた。
縁側に腰かけるルシアンの面前で、ガルドが歩みを止めれば……銀の瞳がこちらを向く。――特になにともなく、無言のうちに笑いかけてくる気配。
大して働かない頭で、縁側に片手をつき、その胸元に鼻先を寄せた。
――すん、と鼻を鳴らす音。
「……ガルド、お風呂の後だから香油付けてないよ?」
耳元の、柔らかな声に、ぴくり、とガルドの眉が振れて、……緩慢とした動きで、ゆっくりと、身体を起こす。
「…………」
呼吸、停止。
咳払いも、舌打ちも、ため息も、何も出ない。
……間違えた。非常にしっかりと間違えた。
いくら疲れていたとはいえ、ぼうっとしすぎた。
視線が見上げてきているのが目の端で見えるが……そちらが向けない。
「……風呂、入ってくる」
「うん。今日はね、ちょっと熱めだったよ」
「……ん……」
苦し紛れの声に、いつも通りの声色で返されて、やっとのことで咳払いが出る。そのままじわりと周囲に目をやれば、幸いなことに人の目はなかった。
ダメだ、油断のし過ぎだ。いやもう油断とかそういう次元ですらない気もするが、ダメだ。
集会所の扉を引き、寝床になっている部屋へと行く。荷物の中から風呂の用意を引っ張り出し、なんとか日常の流れを取り戻したい。
しかし鮮明に受け取ってしまったのは、湿度の残った石けんの匂いとか、髪を洗ったのであろう香りとか、体温の気配とか、違う、ダメだ、くそ、と……手元の着替えを雑にまとめる。
再び扉から外に出れば、まだ縁側で涼んでいる横顔。そこからふと向けられた笑みに、ガルドも無言のまま、手の着替えを掲げる。
「ゆっくり温まってきてね」
背に掛けられたそんな言葉に、ほんの少しだけ、疲れが和らぐような気がした。
その日の夕餉は、猪肉を煮込んだものや山菜の揚げ物、近くの川でとれた魚を焼いたものだった。
昨日のように、村長宅の広間に集まり、賑やかに食事をする。
今日は強い酒は少なめ……、その理由を知るのは、ルシアンと娘たちだけだった。
「今日ね!先生にね!字の書き方教えてもらったよ!」
「お外の魔獣の話もしてもらった!透明の魔獣がいるんだって!」
「おじちゃんホント!?倒したのホント!?」
子どもたちの怒涛のような勢いに、ガルドがのまれ、大人たちが笑う。
座っていても大きな戦士は、……とっくに"怖い"の対象からは外れてしまったようだった。
「わかったから落ち着いて食え」
「おい水零すぞ」
「口に飯入ってるときに喋んな」
ガルドが雑な扱いで以てして、けれども子どもらの一人一人に返事をしていく。それもまた、娘たちの興味を引き付ける。
あら、案外いい親になりそうね、なんて。
年配の者たちは相変わらず、ルシアンとの話に花が咲いている。
男衆は復旧現場の進み具合を語り合い、娘たちは静かに食事や給仕をしていた。
――【お疲れのガルド】




