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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
ガルドと村娘の三日間騒動

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9/17

【お疲れのガルド】


集落へと戻る帰路、男衆がそれぞれ軽口を飛ばしながら足を進める中、ガルドはやや遅れて歩いていた。

両肩と足腰にかかる、丸一日分の疲労が重い。だが、その歩みに迷いはない。


黙々と歩を進めていれば、ふと前を歩く若者の一人が振り返った。


「旦那ァ、ほんとに旅の人なんすよね?」


唐突な問いに、片眉と視線だけで応じる。問いかけた男は、土で汚れた頬で懐っこく笑った。


「ああ、違うんです、こう、村にいてもおかしくないっつーか。いや、馴染んでるって意味で」

「そうそう、うちの爺さんなんか、"あいつ住みつかねぇかな"って言ってた」

「うちの婆さん、ルシアンさんに言ってたな~」


軽口混じりの声に、ガルドの眉間がわずかに寄る。


「くだらねぇ……」


ぼそりと返したその横顔に、若者たちは笑い声を上げた。




村の入り口でいったん解散し、ガルドはまっすぐに集会所のほうへと向かった。もう湯が張られているのか、裏手から湯気が上がっているのが見える。

それにちらりと目をやって集会所の扉に手をかけようとして、――縁側が目に入る。ちょうど湯から上がったばかりらしきルシアンが、同じようにガルドを見とめて顔を上げたところだった。


「あ、お帰りガルド。お疲れさま」

「……、ああ」


……一拍だけ、返事が遅れた。ルシアンは湿った髪を拭いながら、湯気の余韻を纏っている。肌を冷やす風を避けるように、膝に薄手のストールを掛けていた。


――、……無意識に、足が向く。


復旧作業は、行軍や魔獣との戦闘とはまた違う体力を使う。

加えて、あまり慣れていない"他人への指示"。

この村の男衆が、素直で気風よく、こちらの指示を聞いてくれる奴らで本当に助かっているが……。

……ガルドは少々、疲れていた。


縁側に腰かけるルシアンの面前で、ガルドが歩みを止めれば……銀の瞳がこちらを向く。――特になにともなく、無言のうちに笑いかけてくる気配。

大して働かない頭で、縁側に片手をつき、その胸元に鼻先を寄せた。


――すん、と鼻を鳴らす音。



「……ガルド、お風呂の後だから香油付けてないよ?」


耳元の、柔らかな声に、ぴくり、とガルドの眉が振れて、……緩慢とした動きで、ゆっくりと、身体を起こす。


「…………」


呼吸、停止。


咳払いも、舌打ちも、ため息も、何も出ない。


……間違えた。非常にしっかりと間違えた。

いくら疲れていたとはいえ、ぼうっとしすぎた。

視線が見上げてきているのが目の端で見えるが……そちらが向けない。


「……風呂、入ってくる」

「うん。今日はね、ちょっと熱めだったよ」

「……ん……」


苦し紛れの声に、いつも通りの声色で返されて、やっとのことで咳払いが出る。そのままじわりと周囲に目をやれば、幸いなことに人の目はなかった。


ダメだ、油断のし過ぎだ。いやもう油断とかそういう次元ですらない気もするが、ダメだ。

集会所の扉を引き、寝床になっている部屋へと行く。荷物の中から風呂の用意を引っ張り出し、なんとか日常の流れを取り戻したい。

しかし鮮明に受け取ってしまったのは、湿度の残った石けんの匂いとか、髪を洗ったのであろう香りとか、体温の気配とか、違う、ダメだ、くそ、と……手元の着替えを雑にまとめる。


再び扉から外に出れば、まだ縁側で涼んでいる横顔。そこからふと向けられた笑みに、ガルドも無言のまま、手の着替えを掲げる。


「ゆっくり温まってきてね」


背に掛けられたそんな言葉に、ほんの少しだけ、疲れが和らぐような気がした。




その日の夕餉は、猪肉を煮込んだものや山菜の揚げ物、近くの川でとれた魚を焼いたものだった。

昨日のように、村長宅の広間に集まり、賑やかに食事をする。

今日は強い酒は少なめ……、その理由を知るのは、ルシアンと娘たちだけだった。


「今日ね!先生にね!字の書き方教えてもらったよ!」

「お外の魔獣の話もしてもらった!透明の魔獣がいるんだって!」

「おじちゃんホント!?倒したのホント!?」


子どもたちの怒涛のような勢いに、ガルドがのまれ、大人たちが笑う。

座っていても大きな戦士は、……とっくに"怖い"の対象からは外れてしまったようだった。


「わかったから落ち着いて食え」


「おい水零すぞ」


「口に飯入ってるときに喋んな」


ガルドが雑な扱いで以てして、けれども子どもらの一人一人に返事をしていく。それもまた、娘たちの興味を引き付ける。

あら、案外いい親になりそうね、なんて。


年配の者たちは相変わらず、ルシアンとの話に花が咲いている。

男衆は復旧現場の進み具合を語り合い、娘たちは静かに食事や給仕をしていた。






――【お疲れのガルド】

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