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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
ガルドと村娘の三日間騒動

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【復旧作業は、着々と】


山間の村から街道へと渡る、唯一の生活道。

昨日までは土砂崩れの土と岩で塞がれていたその現場には、今日も男たちの声が響いていた。


「……おーい!そっちの縄たるんでるぞー!」

「ガルドの旦那ァ!ここ木杭二本でよさそうですか!」

「ああ、滑るぞ、落ちんなよ」


崩落地の上部、斜面沿いに沿って数本の丸太が並べられていた。森の端から運んだ材木を、縄で縛り、仮足場を作っていく。

足場の両脇には、崩れかけた岩を削った簡易の擁壁と、滑落防止のロープ。


「そこにも一本……重てぇから足、気ィつけろ」

「っはい!」

「くそ、滑って縄が締まんねぇ!」

「足場見とけよ」


声を掛け合いながら、ガルドも土の詰まった土嚢(どのう)袋を持ち上げる。土留(どど)めに積む土嚢を(こしら)える男衆の手は、泥まみれだった。湿気を含んだ土を詰めるたびに、麻袋の底から水が滲む。


「あと何袋すかね……!」

「……十袋ってとこだな。腰、やんなよお前」


ぶっきらぼうにそう言いながら、ガルドが腰を落とし、袋を押さえ、縄で口を締める。それを地面に置き、丸太で転圧していくその動きは力強く、無駄がなかった。


その背を追うように、男たちが額に汗を浮かべながらも黙々と動く。

昨日まではどこか遠慮がちだった彼らが、今は誰よりも率先して動いている。


「ひやぁ~、しかしやっぱ旦那、すげぇな!」

「……そうか」

「そうさ!体格だけじゃねぇ、仕事が丁寧だ」

「見た目は怖えが荒くねぇしな」

「女どもの誘惑にも動じねぇしな」


だはは、とそんな軽口すら飛ぶほどである。

それに対してガルドも苦笑もせず、ただ無言で脇の丸太を一本を担ぎ上げた。しかし、どこかその背中は少しだけ、肩の力が抜けているようにも見える。


「……こっちは……少しは動じてほしいんだがな」


ぽつりと、誰にともなく漏らした言葉に、若者の一人が「誰に?」と問いかけようとして、やめた。

背後にふと意識を向けたように、ガルドの視線が一瞬だけ集落の方を仰ぐ。


――今朝、あの広場で子どもたちに囲まれていた、淡紫の姿。

緩く整えられた旅装はいつでも変わらず、けれど幼い子らに囲まれて、それがどこか手慣れたような風でもあった。


(……、……ガキの相手、慣れてんのか……?)


ふと、そんなことを思う。互いに子どもがいてもおかしくない年齢ではあるがしかし、そういう背景ではない気もする。笑って応じていた、柔らかな声色が耳に浮かぶ。


「……旦那ァ、故郷に女でもいんのかね?」

「ま、そういう人がいるってのは、大事っすよね」

「惚気か、旦那!」

「あっはっは、やめろ馬鹿!命がいくつあっても足りねぇぞ!」


どわ、とまた笑い声が起き、汗と土の匂いの中に、少しだけ気の抜けた空気が混ざった。

その賑やかさに、わずかに眉尻を緩めてしまったのは、他でもないガルド自身だった。




昼を過ぎてしばらくする頃には、仮足場が予定通り完成し、崩落地を跨ぐ形で再建された丸太橋の設置に取り掛かっていた。

昨日のうちに整えていた基礎に、使える材を一本一本、丁寧に組み合わせていく。


「まだ渡んなよ。締めた縄が乾くまで動かすな」

「うっす!」


斜面の上のほうでは土嚢が並び、杭が打たれ、橋の片側がすでに形になり始めている。

水にはもう大きな濁りはなく、下を見れば川の水面がゆっくりと流れ、その合間に村の子どもたちが魚影を追って遊んでいるのが見えた。


「お!こらー!あぶねぇからまだ集落にいろー!」

「やべっ」

「ごめんなさぁーい!」


傍らの男の声に、子どもたちがひゃああぁ、と笑い声をあげながら、向こうの坂を駆け上っていく。恐らく普段から、この山の中が遊び場なのだろう。


ガルドは目の端でその景色をちらと見やり、ふ、と短く鼻を鳴らした。




少し遅めの昼食を挟んで、作業が再開された。先刻施工した面は落ち着き、空気は乾き、土埃が舞い始めている。


「……そろそろ土嚢、並べてくか」

「うす、こっちも準備できてます!」


午前中に運び上げた麻袋を、ひとつひとつ法面の足元に沿わせて並べていく。土砂崩れによって岩肌を剥き出しにした急斜面は、足を滑らせれば一巻の終わりだ。

ガルドは時折、片膝を突いて地面を叩き、踏み締まりを確かめながら進んだ。


「おい、そっち傾いてる。左もう少し削れ」

「こ、こっちか……!……これでどうです?」

「いい、据えろ。次」


丸太と縄で造った仮足場は、すでに二段目に差しかかっていた。傾斜が増すほど危険も増すが、男たちの動きには焦りはない。

朝よりも明らかに呼吸が合っていた。


「にしても、昨日よりずっと仕事しやすいな」

「ああ!」

「やっぱ、旦那がいるからって安心感あるよな。危ねぇとこは前に出てくれるし」


ぽつりと出た声に、別の男が同意するように唸る。


「実際、あの傾斜の岩、誰も近づきたがらなかったしなぁ。……最初に立ったの、旦那だけだったろ」

「……慣れねぇ奴がやっても、怪我するだけだ」


ぼそりとそれを言ったっきり、ガルドは黙って土嚢をひとつ抱え、定位置へと据えた。

そのまま袋の口を再度きつく縛り、膝の泥を払う。


「明日で仕上げる。……今日はここまでだ」


その言葉に、男たちは素直に頷いた。もう半刻もすれば、陽が傾き始める時間。

ふう、とそれぞれに息をつき、首からかけたタオルで汗をぬぐい、傍の丸太の端に腰を下ろす。水袋の栓を開け、傾いてきた夕陽に照らされた生活道を、一瞥。


あと数日、道が使い物にならなければ、村の食糧は尽きていた。

それが今や、素人目に見ても、明日には荷車も通れそうなほどに復旧が進んでいる。


背後からは、木々の隙間を渡る風と、集落のほうから漂う煙の匂い。夕餉の準備が始まっているのだろう。



「……また明日っすね」


誰かが呟いた声に、西日の中、ガルドはほんのわずかにだけ、頷いた。






――【復旧作業は、着々と】

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