【復旧作業は、着々と】
山間の村から街道へと渡る、唯一の生活道。
昨日までは土砂崩れの土と岩で塞がれていたその現場には、今日も男たちの声が響いていた。
「……おーい!そっちの縄たるんでるぞー!」
「ガルドの旦那ァ!ここ木杭二本でよさそうですか!」
「ああ、滑るぞ、落ちんなよ」
崩落地の上部、斜面沿いに沿って数本の丸太が並べられていた。森の端から運んだ材木を、縄で縛り、仮足場を作っていく。
足場の両脇には、崩れかけた岩を削った簡易の擁壁と、滑落防止のロープ。
「そこにも一本……重てぇから足、気ィつけろ」
「っはい!」
「くそ、滑って縄が締まんねぇ!」
「足場見とけよ」
声を掛け合いながら、ガルドも土の詰まった土嚢袋を持ち上げる。土留めに積む土嚢を拵える男衆の手は、泥まみれだった。湿気を含んだ土を詰めるたびに、麻袋の底から水が滲む。
「あと何袋すかね……!」
「……十袋ってとこだな。腰、やんなよお前」
ぶっきらぼうにそう言いながら、ガルドが腰を落とし、袋を押さえ、縄で口を締める。それを地面に置き、丸太で転圧していくその動きは力強く、無駄がなかった。
その背を追うように、男たちが額に汗を浮かべながらも黙々と動く。
昨日まではどこか遠慮がちだった彼らが、今は誰よりも率先して動いている。
「ひやぁ~、しかしやっぱ旦那、すげぇな!」
「……そうか」
「そうさ!体格だけじゃねぇ、仕事が丁寧だ」
「見た目は怖えが荒くねぇしな」
「女どもの誘惑にも動じねぇしな」
だはは、とそんな軽口すら飛ぶほどである。
それに対してガルドも苦笑もせず、ただ無言で脇の丸太を一本を担ぎ上げた。しかし、どこかその背中は少しだけ、肩の力が抜けているようにも見える。
「……こっちは……少しは動じてほしいんだがな」
ぽつりと、誰にともなく漏らした言葉に、若者の一人が「誰に?」と問いかけようとして、やめた。
背後にふと意識を向けたように、ガルドの視線が一瞬だけ集落の方を仰ぐ。
――今朝、あの広場で子どもたちに囲まれていた、淡紫の姿。
緩く整えられた旅装はいつでも変わらず、けれど幼い子らに囲まれて、それがどこか手慣れたような風でもあった。
(……、……ガキの相手、慣れてんのか……?)
ふと、そんなことを思う。互いに子どもがいてもおかしくない年齢ではあるがしかし、そういう背景ではない気もする。笑って応じていた、柔らかな声色が耳に浮かぶ。
「……旦那ァ、故郷に女でもいんのかね?」
「ま、そういう人がいるってのは、大事っすよね」
「惚気か、旦那!」
「あっはっは、やめろ馬鹿!命がいくつあっても足りねぇぞ!」
どわ、とまた笑い声が起き、汗と土の匂いの中に、少しだけ気の抜けた空気が混ざった。
その賑やかさに、わずかに眉尻を緩めてしまったのは、他でもないガルド自身だった。
昼を過ぎてしばらくする頃には、仮足場が予定通り完成し、崩落地を跨ぐ形で再建された丸太橋の設置に取り掛かっていた。
昨日のうちに整えていた基礎に、使える材を一本一本、丁寧に組み合わせていく。
「まだ渡んなよ。締めた縄が乾くまで動かすな」
「うっす!」
斜面の上のほうでは土嚢が並び、杭が打たれ、橋の片側がすでに形になり始めている。
水にはもう大きな濁りはなく、下を見れば川の水面がゆっくりと流れ、その合間に村の子どもたちが魚影を追って遊んでいるのが見えた。
「お!こらー!あぶねぇからまだ集落にいろー!」
「やべっ」
「ごめんなさぁーい!」
傍らの男の声に、子どもたちがひゃああぁ、と笑い声をあげながら、向こうの坂を駆け上っていく。恐らく普段から、この山の中が遊び場なのだろう。
ガルドは目の端でその景色をちらと見やり、ふ、と短く鼻を鳴らした。
少し遅めの昼食を挟んで、作業が再開された。先刻施工した面は落ち着き、空気は乾き、土埃が舞い始めている。
「……そろそろ土嚢、並べてくか」
「うす、こっちも準備できてます!」
午前中に運び上げた麻袋を、ひとつひとつ法面の足元に沿わせて並べていく。土砂崩れによって岩肌を剥き出しにした急斜面は、足を滑らせれば一巻の終わりだ。
ガルドは時折、片膝を突いて地面を叩き、踏み締まりを確かめながら進んだ。
「おい、そっち傾いてる。左もう少し削れ」
「こ、こっちか……!……これでどうです?」
「いい、据えろ。次」
丸太と縄で造った仮足場は、すでに二段目に差しかかっていた。傾斜が増すほど危険も増すが、男たちの動きには焦りはない。
朝よりも明らかに呼吸が合っていた。
「にしても、昨日よりずっと仕事しやすいな」
「ああ!」
「やっぱ、旦那がいるからって安心感あるよな。危ねぇとこは前に出てくれるし」
ぽつりと出た声に、別の男が同意するように唸る。
「実際、あの傾斜の岩、誰も近づきたがらなかったしなぁ。……最初に立ったの、旦那だけだったろ」
「……慣れねぇ奴がやっても、怪我するだけだ」
ぼそりとそれを言ったっきり、ガルドは黙って土嚢をひとつ抱え、定位置へと据えた。
そのまま袋の口を再度きつく縛り、膝の泥を払う。
「明日で仕上げる。……今日はここまでだ」
その言葉に、男たちは素直に頷いた。もう半刻もすれば、陽が傾き始める時間。
ふう、とそれぞれに息をつき、首からかけたタオルで汗をぬぐい、傍の丸太の端に腰を下ろす。水袋の栓を開け、傾いてきた夕陽に照らされた生活道を、一瞥。
あと数日、道が使い物にならなければ、村の食糧は尽きていた。
それが今や、素人目に見ても、明日には荷車も通れそうなほどに復旧が進んでいる。
背後からは、木々の隙間を渡る風と、集落のほうから漂う煙の匂い。夕餉の準備が始まっているのだろう。
「……また明日っすね」
誰かが呟いた声に、西日の中、ガルドはほんのわずかにだけ、頷いた。
――【復旧作業は、着々と】




