【作戦会議は井戸端で】
やがて陽も高く昇り切ったころ、母親らの呼ぶ声がして、ルシアンのそばにいた子どもたちがぱらぱらと家に戻っていった。
縁側に残ったのは、ルシアン一人。昼間の心地よい風が、山間を抜けていき……先ほどまで賑やかだった空間に、ふと静寂が戻る。
広げていた手帳には、魔獣のスケッチや、"はたけのうた"の言の葉。子どもたちの拙い文字も、いくつか。そのページの隅に、さらりと今日の日付と天候を書き足す。
素朴な名前。簡単な筆致、一般的な書体に、意匠のような冒険者風のサイン。
あの子らが真似して描き写す姿を思い出しながら、くす、と肩を揺らした。
そうしているうちに、村の娘たちが簡単な昼食を持って集会所の縁側に寄ってきた。顔を上げてそれを見とめたルシアンが、ひとつ柔らかな笑みを作る。
「ルシアンさん、すみません、子どもたちの相手してもらって……」
「あの子たち、外の旅人さんが珍しくて……」
「いえ。素直で可愛らしい子たちですね」
穏やかな声に、嬉しそうにしたのは娘たちのほうだった。同じ村の子らは、皆が皆、弟妹のようなもの。互いに顔を見合わせて、縁側に腰を下ろす。
「お昼ご飯、ご一緒してもいいですか」
「ええ、もちろん。お天気もいいですし、このまま縁側でいただきましょうか」
腰をずらして場を開けたルシアンに、娘たちから小さな笑い声が漏れた。
陽の当たる淡い木材の縁に、食事が置かれていく。山の獣肉を炭で炙ったもの。山菜の汁物と、芋をふかしたもの。それを、コトリと丁寧に縁側に置きながら、娘たちの目線が窺うようにルシアンへと向く。
「村にある物でしかおもてなしできなくて……」
「旅の最中は、お食事はどうなさってるんですか?」
「もっぱら、護衛の彼に用意してもらっていますね」
ぴた、と娘たちの動きが、一瞬だけ止まる。
――護衛、なるほど、といった顔。にしては随分と、視線だけでの会話が成り立っているわね、とか。そう、あの人やっぱりそこそこ生活力もあるのね、なんていう、顔だった。
そのうちの一人が、……少しだけ、目を伏せて苦笑いをする。
「護衛、ってことは……お仕事中ってことよね……?」
「ね……。……あたしたち、ちょっと間違えたかしら……」
「……ルシアンさん、……ガルドさん、怒ってませんでした……?」
「っていうか、すみません、ルシアンさんも不快……でしたよね……?」
娘たちの、おずおずといった具合の遠回しな言い方に、ルシアンは目を細めて微笑んだ。
行軍中の野営下でならまだしも、こうして安全な村の中でのこと。現に護衛はこの傍を離れているし、何よりルシアン自身、昨晩のあの賑やかさを楽しんでいたことは明らか。
「いえ、大変賑やかで楽しい夜でしたよ」
「本当?……でも、ガルドさんは全然……疲れてたのかしら」
ふふ、と柔和に返す笑みに、ひとり、またひとりと、女性たちが身を寄せてくる。色仕掛け、というよりは、……内緒話の距離だった。
「彼はいつも"ああ"ですから。……皆さんが嫌だったわけではないかと」
「ほ、ほんとに……?だって、……普通……」
「ええ、ちょっと……、無関心かなって……」
――ルシアンという、どこか品のいい旅人を前に……はたして"そういう"話題を出していいものか。
彼女たちは互いに目を合わせながらも、その境界線を探っていた。昨日のガルドに対するような積極性はなく、どこか一線を引きつつも、ほんの少し甘えるような態度。
「行商以外の、村の外の男の人って……本当に年に一度来るかどうかで」
「ふふ、皆さん積極的で何よりだと思いますよ」
「で、でもガルドさん全然でしたよ?私たちじゃ若すぎるとか……?」
「色気……み、魅力が足りない……?」
くす、と形のいい口元から零れた柔和な笑みにつられるように、娘たちの間に穏やかな笑いが起こった。どうやら、この上品な見た目に反して、そういった話題に嫌悪感を抱くような人ではなさそうだ……と、彼女らの視線が交わされる。
串に刺された肉を頬張りながら、そのまま少し考えるように首を傾いでいたルシアンが、ふと小さく頷いた。
「……ふむ、やはり、遺伝的多様性のためには、外からの血も必要でしょうからねぇ」
「へ……」
その一言に、娘たちがハッとした顔をする。再び即座に交わされる、女同士の視線。これは、これは思った以上にこの人、話が分かる、と。
「そう!そうなんですっ」
「村の中だとどうしても、血が濃くなってしまって……」
「ああいう強そうな男の人はそれだけで、その、ねぇ!」
「ええ……彼は確かに優良かもしれませんね」
娘たちが、そうそうそう、といった具合に頷いた。……要は、"夫"がほしいわけではないのだ。
「……ル、ルシアンさん……」
「はい」
「……ガルドさんに夜這いしてみていいと思う?」
神妙な面持ちで、しかし思い切った様子で、娘の一人がそう聞いてくる。――"許可"ではなく、もはや"兄への相談"である。
これにはルシアンも、ほう、と口元に手を当て、真剣に。
「……彼とは……そういう話をしないので……なんとも」
ごく真面目な声色には、からかいや、まして嫌悪するような気配もない。娘たちの目配せが、またひとつ。
押しとどめるでも、推奨するでもないあくまで中立的な微笑が、逆に背中を押す形になったらしかった。
「いやでも、私じゃ無理よ……断られたら怖いもん」
「でも、ちょっと笑ったらかっこよかったよ」
「……あたし、行ってみようかな」
「こ、今夜……?」
顔を寄せた娘たちが頬を赤らめながら、こそこそと作戦会議を始める。
一人は裾を握りしめ、もう一人は指で唇をつつくようにして悩み込み、別の娘はすでに「お湯はったままにしておこう」だの、「部屋の戸は開いてたっけ」などと細かい準備を考えはじめていた。
その様子を、ルシアンは表情を崩さぬまま静かに見守っていた。
まるで、研究対象の行動を観察する学者のように――けれどそこにはどこか、柔らかな茶目っ気も混ざっている。
ふかした芋を一口、微笑の奥でほんのりと目を細めながら、――これは面白そうだ。……とでも言いたげな眼差しが、娘たちのあいだをふわりと渡っていった。
――【作戦会議は井戸端で】
ソノレマ セラ ァル アル.
ソユー リュー. ンルマ
ルシアン アノレ ノーテ ノーラ.
セラ. ソルマ.
十の月 八日




