表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
ガルドと村娘の三日間騒動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/14

【作戦会議は井戸端で】


やがて陽も高く昇り切ったころ、母親らの呼ぶ声がして、ルシアンのそばにいた子どもたちがぱらぱらと家に戻っていった。

縁側に残ったのは、ルシアン一人。昼間の心地よい風が、山間を抜けていき……先ほどまで賑やかだった空間に、ふと静寂が戻る。


広げていた手帳には、魔獣のスケッチや、"はたけのうた"の言の葉。子どもたちの拙い文字も、いくつか。そのページの隅に、さらりと今日の日付と天候を書き足す。


素朴な名前。簡単な筆致、一般的な書体に、意匠のような冒険者風のサイン。

あの子らが真似して描き写す姿を思い出しながら、くす、と肩を揺らした。



そうしているうちに、村の娘たちが簡単な昼食を持って集会所の縁側に寄ってきた。顔を上げてそれを見とめたルシアンが、ひとつ柔らかな笑みを作る。


「ルシアンさん、すみません、子どもたちの相手してもらって……」

「あの子たち、外の旅人さんが珍しくて……」

「いえ。素直で可愛らしい子たちですね」


穏やかな声に、嬉しそうにしたのは娘たちのほうだった。同じ村の子らは、皆が皆、弟妹のようなもの。互いに顔を見合わせて、縁側に腰を下ろす。


「お昼ご飯、ご一緒してもいいですか」

「ええ、もちろん。お天気もいいですし、このまま縁側でいただきましょうか」


腰をずらして場を開けたルシアンに、娘たちから小さな笑い声が漏れた。

陽の当たる淡い木材の縁に、食事が置かれていく。山の獣肉を炭で炙ったもの。山菜の汁物と、芋をふかしたもの。それを、コトリと丁寧に縁側に置きながら、娘たちの目線が窺うようにルシアンへと向く。


「村にある物でしかおもてなしできなくて……」

「旅の最中は、お食事はどうなさってるんですか?」

「もっぱら、護衛の彼に用意してもらっていますね」



ぴた、と娘たちの動きが、一瞬だけ止まる。

――護衛、なるほど、といった顔。にしては随分と、視線だけでの会話が成り立っているわね、とか。そう、あの人やっぱりそこそこ生活力もあるのね、なんていう、顔だった。

そのうちの一人が、……少しだけ、目を伏せて苦笑いをする。


「護衛、ってことは……お仕事中ってことよね……?」

「ね……。……あたしたち、ちょっと間違えたかしら……」

「……ルシアンさん、……ガルドさん、怒ってませんでした……?」

「っていうか、すみません、ルシアンさんも不快……でしたよね……?」


娘たちの、おずおずといった具合の遠回しな言い方に、ルシアンは目を細めて微笑んだ。

行軍中の野営下でならまだしも、こうして安全な村の中でのこと。現に護衛はこの傍を離れているし、何よりルシアン自身、昨晩のあの賑やかさを楽しんでいたことは明らか。


「いえ、大変賑やかで楽しい夜でしたよ」

「本当?……でも、ガルドさんは全然……疲れてたのかしら」


ふふ、と柔和に返す笑みに、ひとり、またひとりと、女性たちが身を寄せてくる。色仕掛け、というよりは、……内緒話の距離だった。


「彼はいつも"ああ"ですから。……皆さんが嫌だったわけではないかと」

「ほ、ほんとに……?だって、……普通……」

「ええ、ちょっと……、無関心かなって……」


――ルシアンという、どこか品のいい旅人を前に……はたして"そういう"話題を出していいものか。

彼女たちは互いに目を合わせながらも、その境界線を探っていた。昨日のガルドに対するような積極性はなく、どこか一線を引きつつも、ほんの少し甘えるような態度。


「行商以外の、村の外の男の人って……本当に年に一度来るかどうかで」

「ふふ、皆さん積極的で何よりだと思いますよ」

「で、でもガルドさん全然でしたよ?私たちじゃ若すぎるとか……?」

「色気……み、魅力が足りない……?」


くす、と形のいい口元から零れた柔和な笑みにつられるように、娘たちの間に穏やかな笑いが起こった。どうやら、この上品な見た目に反して、そういった話題に嫌悪感を抱くような人ではなさそうだ……と、彼女らの視線が交わされる。

串に刺された肉を頬張りながら、そのまま少し考えるように首を傾いでいたルシアンが、ふと小さく頷いた。


「……ふむ、やはり、遺伝的多様性のためには、外からの血も必要でしょうからねぇ」

「へ……」


その一言に、娘たちがハッとした顔をする。再び即座に交わされる、女同士の視線。これは、これは思った以上にこの人、話が分かる、と。


「そう!そうなんですっ」

「村の中だとどうしても、血が濃くなってしまって……」

「ああいう強そうな男の人はそれだけで、その、ねぇ!」

「ええ……彼は確かに優良かもしれませんね」


娘たちが、そうそうそう、といった具合に頷いた。……要は、"夫"がほしいわけではないのだ。


「……ル、ルシアンさん……」

「はい」

「……ガルドさんに夜這いしてみていいと思う?」


神妙な面持ちで、しかし思い切った様子で、娘の一人がそう聞いてくる。――"許可"ではなく、もはや"兄への相談"である。

これにはルシアンも、ほう、と口元に手を当て、真剣に。


「……彼とは……そういう話をしないので……なんとも」


ごく真面目な声色には、からかいや、まして嫌悪するような気配もない。娘たちの目配せが、またひとつ。

押しとどめるでも、推奨するでもないあくまで中立的な微笑が、逆に背中を押す形になったらしかった。


「いやでも、私じゃ無理よ……断られたら怖いもん」

「でも、ちょっと笑ったらかっこよかったよ」

「……あたし、行ってみようかな」

「こ、今夜……?」


顔を寄せた娘たちが頬を赤らめながら、こそこそと作戦会議を始める。

一人は裾を握りしめ、もう一人は指で唇をつつくようにして悩み込み、別の娘はすでに「お湯はったままにしておこう」だの、「部屋の戸は開いてたっけ」などと細かい準備を考えはじめていた。


その様子を、ルシアンは表情を崩さぬまま静かに見守っていた。

まるで、研究対象の行動を観察する学者のように――けれどそこにはどこか、柔らかな茶目っ気も混ざっている。


ふかした芋を一口、微笑の奥でほんのりと目を細めながら、――これは面白そうだ。……とでも言いたげな眼差しが、娘たちのあいだをふわりと渡っていった。






――【作戦会議は井戸端で】

ソノレマ セラ ァル アル.

 ソユー リュー.  ンルマ

ルシアン アノレ ノーテ ノーラ. 

  セラ. ソルマ.


十の月 八日


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ