【時間外搬出作業】
やがて食後の時間に差しかかると、子どもたちは眠気に勝てず、順々に親の膝や背へと預けられていった。
小さくあくびをしながら、何人かはルシアンに手を振って帰っていく。
そのたびに、淡紫の穏やかな頷きと微笑が返され、空気がやさしく和らいだ。
娘たちの視線が、ちらちらとそのやり取りを収めつつ――ガルドの方へ流れる。
獲物――いや、対象はというと、昨晩のような娘からの寄り付きもないせいか、落ち着いた調子で淡々と食後の水を口に含んでいた。
空になった皿を軽くまとめる仕草に、娘が一人、傍らに寄る。
「いいんですよガルドさん、それはこちらでやりますから」
「ん、おう」
そうか、といった具合で頷くガルドの反対側に、またも娘がもう一人。とはいえ、昨日ほど近くもない。
「今日お天気よかったので、お布団干しておきました。寝心地もいいかと」
「ん」
そのまま、小皿に取り分けられた揚げ野菜をそっと差し出してくる。卓の上、娘の手の甲がほんの一瞬、ガルドの指先に触れる距離。
「……わりぃな」
そう短く返して受け取るが、その仕草だけでも娘たちはどこか満足げだった。
――なるほど、あからさまではないが、わかりやすい。
彼の一挙手一投足に、無意識のうちに視線を送ってしまっている村娘たちの様子に、ルシアンは静かに水を口にしながら、ふ、と小さく笑みを含んだ。
一見ぶっきらぼうで何事にも動じないように見える戦士が、子どもを邪険にすることもせず、手元の気遣いには素直に礼を言う。
だからこそ、彼女たちの胸に引っかかるのだ。どうにも、諦めきれないと。
夜も更ければ、片付けを終えた者から順に引き上げていく。娘たちも、この日はとっとと撤退――いや、何かを話し合うように、肩を寄せ合って家路を共にしていた。
それを広間の奥から見送っていたルシアンの頬に、またひとつ、静かな笑みが浮かぶ。……まぁ、舞台を整えてやる、というわけでもないが。
「ガルド、私は今夜は、皆さんともう少し話をしてから寝るよ」
にこ、と老人たちと肩を並べて笑うルシアンに見送られ、ガルドは先に集会所に戻ることとなった。
「……あんま夜更かしすんなよ」
「うん、おやすみ」
短い挨拶を交わし、ガルドが村長宅の玄関を出る。今日は村の娘たちからの色仕掛けも少なく、落ち着いて夕飯を食べられた。風呂も入った。肉体労働で疲れた体は、よく眠れそうだ。
集会所の扉を開け、あてがわれている部屋に立ち入る。
この寝床、昨日村の者が気を利かせてくれたのか、ルシアンの寝床とは一枚の仕切りで隔てられており、即席の個室のようになっていた。
とはいえ完全に壁となっているわけでもなく、寝息や音、気配などは普通に聞こえるし、感じ取れる。
――ともなれば。
(……あの壁いらねぇな……)
……ぼやり、そう思うものの、それをするほど浅はかでもない。今日も今日とて大人しく、木板に敷かれた敷布に、無造作に寝転がり、目をつぶる。
すぐに瞼が重くなる。戦闘で身体を動かすのと、道の復旧工事はやはりわけが違う。
緩んだ、息をひとつ。意識が、遠のいていった。
――カタリ、と。
どこかから聞こえた戸の軋む音に、ガルドの耳がわずかに反応した。だがしかし耳に届いたはずなのに、疲れた体は反応できない。
布団の温もりに、冷えた夜風がすうっと廊下から通り抜けて。
「…………」
静かな気配に、ぼんやりと意識が揺れる。
かすかな足音。履物を脱ぐ音。ぎし、とすぐ脇の床が鳴る。
……するり。
真横、肌にふれる空気が変わった。
柔らかな匂い。甘く、湿った、湯上がりのような香り。
(……あいつ、か……?)
……いや……気配も、香りも、違う。
けれども、反射のように飛び起きるには至らない。ガルドの足元、室内に備え付けられた物入に、村の厚手の掛け布団が入っており……冷える夜気に、村の誰かがそれを取りにでも来たか、と思いたかった。
――要は、寝かせてほしかった……。
しかし傍らの気配は、布団の隣に膝をついた。
息を殺していた震えが、わずかに漏れ出す。
夜着の布が擦れる音が近い。
重なるように、ゆっくりと――手が、伸びてくる。
「……ッ」
そこで、ガルドの意識ははっきりと目覚めた。構うものかと、とうとうのしかかってくる重みに目を開く。
薄闇の中、……腰のあたりに村の娘が跨っている。胸元が、だいぶ大胆になっていた。
はた、と下方に目をやれば――まだ未遂だったが、娘の太腿があらわになっている。
「あっ……ガルドさ……」
「…………」
無言のままに、両手で腰を掴む。突然の男の力に、娘の背がわずかに仰け反った。
ガルドはそのまま起き上がり、細っこい身体を持ち上げて、足で部屋の戸を開け、廊下へ。
そのまままっすぐに、集会所の出口まで運搬する。
「きゃっ、え、あの、あれっ!?」
と娘が何やら言っているが、こちらも片足で扉を開けて、抱えたそれを外に置く。
「……やめとけ」
それだけを言って、締め出した。
やれやれと部屋に戻ると、先ほどとは違い、不自然に盛り上がった掛け布団。
ぴく、と口の端が引きつる。布団を引っ掴み、ばさりとめくれば、妙に艶めかしくそこにある女体。
恥じらうように笑った娘が何かを言うよりも早く、まだいたのか、とガルドは再びそこに布団をかけ、それごと持ち上げ、こちらも出口まで運搬する。
もごもごと、布団の中で何やら言っている気がするが、聞こえない。
これも片手で戸を開け、巻きつけた布団ごと外に置く。
布団から覗いたボサボサの頭で、娘が唖然とこちらを見ている。
「……寝ろ、お前ら」
ちら、と集落の家々のほうに視線を向け、それだけをぽつり。俺でなければ食われてたぞ、と文句を言いたいがしかし、狙いがそもそもそれだろう。小さく鼻を鳴らして扉を閉めた。
しん、と集会所の内側に、ようやく静けさが戻る。虫の音すら気だるく響く、山の夜。
「……アホらし……」
かすかにため息が漏れる。
寝床に戻れば、慣れない女二人分の香りが、まだ部屋に残っていた。
部屋の隅にある物入から新しく掛け布団を出し、今度こそ寝ようと再び横になる。
……が。
――その夜、再侵入があるかもしれないという警戒のせいか、あるいは、別の誰かの気配を無意識に探しているのか。
眠気は、さっきよりも遠かった。
「おや」
一方、集会所の戸口では、食事の席から帰ってきたルシアンと、搬出された村娘たちが鉢合わせていた。
夜更けのため声を潜めているが、やや不満げな娘たちである。
「ルシアンさん~……」
「あの人、ほんとに色仕掛けきかない……」
「それはそれは……、風邪ひきますよ」
穏やかにそう指摘され、ハッとした顔をして、娘たちがあられもない姿を正していく。
しかしながらその最中も、唇を尖らせて、むつむつと文句が続いた。
「でもね、あたしの身体見てたのよ……」
「太腿もすごい見てた……何が悪いのかしら……」
「……けど、あんな軽々持ち上げられたの初めて……」
「そうなのよ……ちょっとドキッとしたわ」
探求心旺盛な女性陣に苦笑しながら、ルシアンが首を傾げる。――据え然食わぬはなんとやら、は、どうやら当該護衛には適用されないようだった。
おやすみなさい、と囁くように挨拶を交わし、娘たちが家へ戻っていく。
ルシアンも、ひとつ息を吐いて集会所の中へと足を踏み入れた。
ぱたり、戸を閉める音が、静かに響く。外よりも少しだけ温もりの残る空気。
まっすぐに、自分の寝床へ。仕切りの奥からは、かすかに寝息。……あるいは、寝たふりか。
わずかに動いた気配に、ルシアンの目元が緩む。
物音を立てぬよう、そうっと寝る支度を整える。客人用の布団が、夜の冷えに備えてふわりと膨れている。
上掛けを整え、ひとつ静かに横になれば、淡く香る湯の残り香と、村の素朴な石けんの匂い。
そして――戸の外に残っていた、どこか湿った可愛らしい気配を思い出しながら、ルシアンはかすかに肩を揺らした。
声のない笑い。
そのまま、静かに目を閉じた。
――【時間外搬出作業】




