↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
夜駆けの黒馬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/119

【そうして過ごす日々】


露店の並木を抜け、街の南西側――、西門から南門方面へ折れた中通りの先には、広く草地になっている区画があった。

露店の立ち並ぶ通りと、民家が並ぶ区画の、ちょうど境目辺り。

緑の映えるその一角にはいくつかテントが張られており、冒険者らしきが出入りをしたり、石組みのかまどで調理しているのが窺える。


「ここは?」


足を止めてルシアンが問えば、ガルドが少し離れた場所にある立て看板を顎で示す。


「サーグキャンプだ。冒険者ギルドに申請出せば、無料で街中で野営張れる」

「……宿をとらずに滞在ができるということかい」

「だな。……街の衛兵が見回りしてたはずだ。なんかやらかしゃあ、一発で追い出される」


……なるほど、宿代を節約したい駆け出しや、宿をとるまでもないが仮眠はしたい、といった超短期滞在組には都合がよさそうだ、と思うと同時に。

ルシアンが、再び隣の護衛を見上げる。何かを聞いて、「わからない」と返ってきたことが、あまりない。


あるとすれば、それこそ魔力核などについてだが……これは、彼が純戦士で、恐らく魔力がほぼない体質ゆえ。

加えて、他人とパーティーを組むことも少なく、魔術師という存在自体が遠かったせいもあるのだろう。


「……ガルドって、何ならわからないんだい?」

「あ?……なに……ああ?」


ぎゅ、と眉間に皺が寄り、ガルドの表情に戸惑いと疑問符が浮かぶ。

ルシアンからの質問は、呆れるほどによくある。――だが、これほどまでに抽象的な質問は、今までされたことがなかった。

んん……と小さな唸り声。


「……よくわかんねぇが、とりあえず魔法のことは聞くな」

「ふふ、うん、それは知ってる」


困ったように声が返され、ルシアンも思わず笑ってしまう。

ざわざわと野営地から溢れてくる賑わいの中、赤い瞳がちらりとこちらを向いたが、またすぐに通りへと戻った。


草地に吹く乾いた風が、天幕の布をぱたぱたと揺らす。

立ち並ぶテントのいくつかには、洗濯物が干され、干し肉や果物を吊るした即席の棚も見える。


「……、……おめぇのほうがよっぽどわかんねぇ」

「ええ……」


ぽつり、と落ちたその文句のような言葉も、ルシアンの頬をわずかに緩めさせるだけ。

しばしそのままサーグキャンプを眺め……、やがて足並みを揃えて歩き出す。


通りの賑わいへと、またふたりの足音が戻っていった。




街歩きや食べ流しを楽しんだその夜は、東の商店通りから一本入った小路の小さな料理屋へ。

季節柄肌寒いこともあり、やはりどこの店でも煮込み料理が多い。

この店では、近郊の渓流で獲れた川魚を使ったスープが供されており、やわく白い身がほろほろとくずれるほど。



その後は宿に戻り、それぞれに風呂や読書をして過ごす。


「……俺こんなのんびりして護衛金もらってんのか」


大剣の手入れをしていたガルドがふとそう呟いて、可笑しそうに笑われる夜だった。






五日目は、生憎の曇り空。南の方の空には雷雲も見えるほどだったが、レストロワの喧騒は今日も変わらない。

ただでさえ規模が大きい交易都市は、露店の数も食事処の数もけた違いで、"食べ歩き"が終わる気配などまったくない。

加えて、ルシアンが小食のため、量を食べられない。


「……難儀だなお前」

「ガルドがいてくれてよかったよ」


どこかいたずらっぽく笑う顔に、胃袋目的かよ……という言葉を飲み込んで、その日もガルドは雇用主の隣を歩く。



昼下がり、冷えて湿った風が吹く頃、ふたりは南側の小さな広場にある公園の縁で足を止めていた。

手には、さっき買ったばかりの小さな揚げ菓子と、紅茶に少しだけ酒が入ったもの。


「……、お前そういう妙なもんも飲むんだな」

「……妙かな……?」


ほんのわずかに首を傾げながら、ルシアンがカップに口をつける。香ばしい紅茶に燻したような酒の香りが混じり、身体が温まるように感じた。

隣では、ガルドが蜜のかかった揚げ菓子を口にしている。


「……甘ぇな、これ」


ぼそりと文句を言いながらも、食べる手を止めるわけではない。隣の銀の瞳がふわりと細められれば、街路を湿った風が通り抜けていった。わずかに肩をすくめたルシアンを、ガルドが目の端で見やる。


「雨降る前に宿帰るか」

「降りそうかい?」

「……まだわかんねぇが、……その辺の屋台でなんか買って帰りゃいい」


言い訳のようにつけ足したその声は、わずかに掠れていて、けれどもどこか穏やかだ。

揚げ菓子の蜜が、薄曇りの陽光につやりときらめいている。街の喧騒の奥、誰にも聞こえない小さな沈黙だけが、木々の揺れに紛れていた。




六日目ともなれば、ある程度店や露店の傾向が見えてきて、店選びが楽しくなってくる。


昼も屋台や露店で食を楽しみ、その後はぶらりと北の工房通りへと行ってみる。

中央広場から職人工房通りへ入ってすぐ、ある仕立て屋の前を通りがかった際に、店員の女性がにこりと会釈などをしてきた。


――はて、と思いながらも、ルシアンが柔和な笑みを浮かべて、露店の軒先を覗く。

冬物のマフラーや手套などの小物から、銀細工のブローチ、革装丁の手帳などが並んでいる。


店員の女性はしつこい接客や売り込みをするでもなく、ガルドのほうを見て何やら微笑んでいた。

やや片眉を吊り上げながら、……ふと思い出したように、ガルドがルシアンのそばに顔を寄せる。


「お前、アレいらねぇのか、装備の紐」

「ああ」


思い出した、とでも言うように、ルシアンが目を丸くした。そういえば、数日前に腰装備の紐が絡まった事件などがあった。新調の頃合いだったものを、すっかりと忘れてしまっていた。


店員の女性に問えば、二つほど頷いて、棚の奥から数種類の革紐を持ってくる。

今使っているものと同じ色合いのものを選び、これを簡単に包んでもらった。



通りを抜ける風が、露店の布を軽く揺らす。

工房通りの一角は、武具や革細工の職人が多く並び、鉄と油の匂い、焙じた草茶の香りが入り混じっていた。


「お知り合いだったかい?」


店から去る際に、ルシアンがガルドにそう声をかけた。

む、と……ガルドが黙る。数日前、ルシアンがギルドの書庫で読書をしていた際の暇つぶしで、ぶらぶらしに来た時に少々やりとりをしただけだ。


が、あの時はさも「恋人に贈り物を探す男」のような扱いを受けてしまっていた。

そして先ほどの女性店員の視線は恐らく、「ははぁ、この人ですか」といった視線だ。

赤い瞳がちらりと一度だけルシアンを見て、――目を逸らす。


「……前にちろっと寄ったら覚えられた。何もねぇ」

「ああ……君、目立つものね」


ふふ、と柔らかく笑えば、ガルドの表情がやや渋面になり、ルシアンはなおさら笑ってしまった。

そのまましばらく歩みを進めて、……何がしかに気づいたように、ガルドが渋面で顔を向けてくる。



「……オイ、また装備の補助いるとかじゃねぇよな」


新品の革紐は硬くて……とは、かつて腰装備の補助をしなくてはならなくなった理由である。そしてルシアンが持つ包みの中には、新しい紐。


――にこり、と微笑む顔は、信頼といたずらと"よろしくね"が混じりきったような顔で。



ガルドはそれ以上、何も言えずに前を向いた。






――【そうして過ごす日々】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。