【そうして過ごす日々】
露店の並木を抜け、街の南西側――、西門から南門方面へ折れた中通りの先には、広く草地になっている区画があった。
露店の立ち並ぶ通りと、民家が並ぶ区画の、ちょうど境目辺り。
緑の映えるその一角にはいくつかテントが張られており、冒険者らしきが出入りをしたり、石組みのかまどで調理しているのが窺える。
「ここは?」
足を止めてルシアンが問えば、ガルドが少し離れた場所にある立て看板を顎で示す。
「サーグキャンプだ。冒険者ギルドに申請出せば、無料で街中で野営張れる」
「……宿をとらずに滞在ができるということかい」
「だな。……街の衛兵が見回りしてたはずだ。なんかやらかしゃあ、一発で追い出される」
……なるほど、宿代を節約したい駆け出しや、宿をとるまでもないが仮眠はしたい、といった超短期滞在組には都合がよさそうだ、と思うと同時に。
ルシアンが、再び隣の護衛を見上げる。何かを聞いて、「わからない」と返ってきたことが、あまりない。
あるとすれば、それこそ魔力核などについてだが……これは、彼が純戦士で、恐らく魔力がほぼない体質ゆえ。
加えて、他人とパーティーを組むことも少なく、魔術師という存在自体が遠かったせいもあるのだろう。
「……ガルドって、何ならわからないんだい?」
「あ?……なに……ああ?」
ぎゅ、と眉間に皺が寄り、ガルドの表情に戸惑いと疑問符が浮かぶ。
ルシアンからの質問は、呆れるほどによくある。――だが、これほどまでに抽象的な質問は、今までされたことがなかった。
んん……と小さな唸り声。
「……よくわかんねぇが、とりあえず魔法のことは聞くな」
「ふふ、うん、それは知ってる」
困ったように声が返され、ルシアンも思わず笑ってしまう。
ざわざわと野営地から溢れてくる賑わいの中、赤い瞳がちらりとこちらを向いたが、またすぐに通りへと戻った。
草地に吹く乾いた風が、天幕の布をぱたぱたと揺らす。
立ち並ぶテントのいくつかには、洗濯物が干され、干し肉や果物を吊るした即席の棚も見える。
「……、……おめぇのほうがよっぽどわかんねぇ」
「ええ……」
ぽつり、と落ちたその文句のような言葉も、ルシアンの頬をわずかに緩めさせるだけ。
しばしそのままサーグキャンプを眺め……、やがて足並みを揃えて歩き出す。
通りの賑わいへと、またふたりの足音が戻っていった。
街歩きや食べ流しを楽しんだその夜は、東の商店通りから一本入った小路の小さな料理屋へ。
季節柄肌寒いこともあり、やはりどこの店でも煮込み料理が多い。
この店では、近郊の渓流で獲れた川魚を使ったスープが供されており、やわく白い身がほろほろとくずれるほど。
その後は宿に戻り、それぞれに風呂や読書をして過ごす。
「……俺こんなのんびりして護衛金もらってんのか」
大剣の手入れをしていたガルドがふとそう呟いて、可笑しそうに笑われる夜だった。
五日目は、生憎の曇り空。南の方の空には雷雲も見えるほどだったが、レストロワの喧騒は今日も変わらない。
ただでさえ規模が大きい交易都市は、露店の数も食事処の数もけた違いで、"食べ歩き"が終わる気配などまったくない。
加えて、ルシアンが小食のため、量を食べられない。
「……難儀だなお前」
「ガルドがいてくれてよかったよ」
どこかいたずらっぽく笑う顔に、胃袋目的かよ……という言葉を飲み込んで、その日もガルドは雇用主の隣を歩く。
昼下がり、冷えて湿った風が吹く頃、ふたりは南側の小さな広場にある公園の縁で足を止めていた。
手には、さっき買ったばかりの小さな揚げ菓子と、紅茶に少しだけ酒が入ったもの。
「……、お前そういう妙なもんも飲むんだな」
「……妙かな……?」
ほんのわずかに首を傾げながら、ルシアンがカップに口をつける。香ばしい紅茶に燻したような酒の香りが混じり、身体が温まるように感じた。
隣では、ガルドが蜜のかかった揚げ菓子を口にしている。
「……甘ぇな、これ」
ぼそりと文句を言いながらも、食べる手を止めるわけではない。隣の銀の瞳がふわりと細められれば、街路を湿った風が通り抜けていった。わずかに肩をすくめたルシアンを、ガルドが目の端で見やる。
「雨降る前に宿帰るか」
「降りそうかい?」
「……まだわかんねぇが、……その辺の屋台でなんか買って帰りゃいい」
言い訳のようにつけ足したその声は、わずかに掠れていて、けれどもどこか穏やかだ。
揚げ菓子の蜜が、薄曇りの陽光につやりときらめいている。街の喧騒の奥、誰にも聞こえない小さな沈黙だけが、木々の揺れに紛れていた。
六日目ともなれば、ある程度店や露店の傾向が見えてきて、店選びが楽しくなってくる。
昼も屋台や露店で食を楽しみ、その後はぶらりと北の工房通りへと行ってみる。
中央広場から職人工房通りへ入ってすぐ、ある仕立て屋の前を通りがかった際に、店員の女性がにこりと会釈などをしてきた。
――はて、と思いながらも、ルシアンが柔和な笑みを浮かべて、露店の軒先を覗く。
冬物のマフラーや手套などの小物から、銀細工のブローチ、革装丁の手帳などが並んでいる。
店員の女性はしつこい接客や売り込みをするでもなく、ガルドのほうを見て何やら微笑んでいた。
やや片眉を吊り上げながら、……ふと思い出したように、ガルドがルシアンのそばに顔を寄せる。
「お前、アレいらねぇのか、装備の紐」
「ああ」
思い出した、とでも言うように、ルシアンが目を丸くした。そういえば、数日前に腰装備の紐が絡まった事件などがあった。新調の頃合いだったものを、すっかりと忘れてしまっていた。
店員の女性に問えば、二つほど頷いて、棚の奥から数種類の革紐を持ってくる。
今使っているものと同じ色合いのものを選び、これを簡単に包んでもらった。
通りを抜ける風が、露店の布を軽く揺らす。
工房通りの一角は、武具や革細工の職人が多く並び、鉄と油の匂い、焙じた草茶の香りが入り混じっていた。
「お知り合いだったかい?」
店から去る際に、ルシアンがガルドにそう声をかけた。
む、と……ガルドが黙る。数日前、ルシアンがギルドの書庫で読書をしていた際の暇つぶしで、ぶらぶらしに来た時に少々やりとりをしただけだ。
が、あの時はさも「恋人に贈り物を探す男」のような扱いを受けてしまっていた。
そして先ほどの女性店員の視線は恐らく、「ははぁ、この人ですか」といった視線だ。
赤い瞳がちらりと一度だけルシアンを見て、――目を逸らす。
「……前にちろっと寄ったら覚えられた。何もねぇ」
「ああ……君、目立つものね」
ふふ、と柔らかく笑えば、ガルドの表情がやや渋面になり、ルシアンはなおさら笑ってしまった。
そのまましばらく歩みを進めて、……何がしかに気づいたように、ガルドが渋面で顔を向けてくる。
「……オイ、また装備の補助いるとかじゃねぇよな」
新品の革紐は硬くて……とは、かつて腰装備の補助をしなくてはならなくなった理由である。そしてルシアンが持つ包みの中には、新しい紐。
――にこり、と微笑む顔は、信頼といたずらと"よろしくね"が混じりきったような顔で。
ガルドはそれ以上、何も言えずに前を向いた。
――【そうして過ごす日々】




