【食べ歩きは、護衛付きで】
レストロワ滞在も、もう四日目。
ロワビア台地での調査補助の依頼、その達成報告を済ませ、ルシアンとガルドは冒険者ギルドを後にしていた。
朝の西部旅宿広場は、ギルドへと向かう冒険者や夜間の依頼を終えて帰ってきた人々で賑わっている。
ギルドホールを出てくる直前に依頼掲示板を覗いてきたが、今日は特にルシアンの琴線にかかるものも、ガルドに引っかかるものもなかった。天気は良く、秋晴れだ。
ううん、と楽しげに唸った雇用主は、さて今日は何をしようか、といったところ。
「……食べ歩きでもすっか」
隣からそんな声が降ってきて、ルシアンが護衛を見上げる。――食べ歩き。そうだ、"してみたい"と言った気がする。
「いいのかい?」
微笑む銀の瞳に、護衛が黙ってひとつだけ頷いた。
そのまま広場でくるりと視線を巡らせ、くい、と西門への通りのほうへ顎を示す。
「向こうにも屋台がある。通りを一本入れば飯屋も多い」
「うん」
どちらともなく歩き出しながら、耳は自然と互いに向いていた。すれ違う冒険者たちが"無哭"を見てやや道を開けていくが……、それもふたりにはもはや、いつもの光景だった。
「あとは北側は……味濃いのが多い」
「ふふ、いいね。街の南側は?」
「あっちは……甘いのじゃねぇか」
声も低く、わずかに首を傾げながら言う仕草は、「専門外だ」とでも言うようで。
そういえばガルドが甘いものを食べているのを見たことがないね、と、ルシアンが改めて隣を見上げる。
「……君は甘いものが苦手なのかい?」
「…………」
歩き続けながら、赤い瞳が通りの人波を眺める。痛いところを突かれた、のような表情ではなく、質問の意味をどうにか自分事に置き換えているような間だった。
「…………、あめぇのはやわいのが多い」
「やわい……うん、そうだね」
ようやく声を返したガルドに、ルシアンもひとつ頷く。ケーキ、冷菓、チョコ、焼き菓子などの、いわゆるスイーツといったものたちは、確かに総じて柔らかい。
からからと、乾燥した落ち葉が風に押されて通りを渡っていった。
「俺ァ噛み応えあんのが好きだ」
「……なるほど」
交わした会話はそれっきり。けれど確かに、言われてみればこの護衛、食事の際は肉もパンも硬めのものを好んで食べていたような気もする。
なるほどそうか、とルシアンが前に向き直れば、朝の支度を終えたばかりの露店が路傍に並び始めていた。
木箱に並べられた焼き菓子、干し肉を吊るす簡易スタンド、香辛料の小瓶や瓶詰めの果物。
「……ん」
低く落とされた声にルシアンが目を向ければ、赤い視線は炭焼きの煙を上げていた屋台に向けられている。薄い生地に煮詰めた肉と野菜を包んだ、いわゆる"焼き包み"のようだった。
ちら、とこちらを見下ろしてきた護衛に、ルシアンも頷きを返す。鼻の利く彼の嗅覚にかかったのであれば、それはもう、間違いがなかった。
こちらも緩く顎を引いたガルドが、無造作に店先へと向かう。店主と短くやり取りをし、焼き包みを二つ受け取る。
半身だけ振り返り、そのうちの一つを差し出してくる仕草は、息をするように自然だった。
「……熱ぃぞ」
「うん、ありがとう」
店主の礼に短く手振りを返し、揃って道の脇へ。ルシアンもわざわざ座る場所を探したりはしないし、ガルドももうそこまで気を使わなくなっていた。しかしルシアンと通りの流れの間に身を置くのは、やはり護衛としての癖か。
……とはいえ、どちらもそれに言及することはなく、ガルドもそっぽを向いて己の包みにかぶりつく。
煙と香辛料の匂いが混じり合い、街の朝が、じわりと賑わい始めていく。
「…………」
「…………」
――数か月間、この護衛と旅を共にしてきて。
ルシアンは、常々思っていることが一つあった。
差し出された焼き包みを一口食べ、……ふむ、と口元を緩める。
こうして、街で料理屋を探す時も、数ある屋台から何かを選ぶときも、野営時に自炊をしてくれる時ですら、彼の用意した食事は口に合った。
「食えりゃなんでもいい」だとか、「お前の好みなんざ知らねぇ」などと言いつつも、なぜか合う。
それが当然のように、この旅の快適度をあげていることを、彼は気づいているのだろうか。
ジッとあらためて、壁のように立ちはだかる姿を観察などをしてみる。
実のところこの護衛、確かに目つきこそ怖いかもしれないが、顔立ちは整っている。睨みと身体の大きさと威圧感が勝つだけ。
その上、強い、頼りになる、気が利く。冒険者としてのギルドにおける信用度も折り紙付き。
(……気づく人は気づくんだけどね……)
彼という男が、決して"無哭"という符丁だけでは語り切れないことに。
"恐ろしい"を一枚剥がせば、存外に世話焼きで不器用な男が出てくるだけ、ということに。
……現に、カドゥル前に立ち寄った山間の村では、村の若い娘たちにすごくモテていた。
本人は……困っていたようだったが。
「……なんだ、食いてぇのか」
ルシアンが自分を見ていたことに気が付いて、ガルドが訝しげに顔をしかめた。手には、雇用主のものとは味の違う焼き包み。それを見ているとでも思ったのだろうか、不思議そうに手の中の包みを差し出してくる。
――ので、ルシアンも自分の焼き包みを渡して、取り替える。
一口食べてみれば、先ほどまでのものは甘辛い味付けだったが、ガルドの焼き包みはぴりりと辛いものだった。
炭で焼いた肉に、香辛料の風味がとても良く合う。なるほどこれもなかなか、と――、
……思ったが、わずかにルシアンの手が止まりかけた。
あれ、何で普通に取り替えて食べてるんだろう、と。
雇用主と護衛、バディ、旅の相棒……、どの関係性を以てしても、微妙に説明がつかないような……いや、つくのだろうか……。冒険者同士のこうした距離感というのは、まだ少々理解が及ばないことも多々。
「辛くねぇか」
「……うん、美味しいね」
ぼそりと問われ、ひとまずは笑って頷いてみる。
焼き包みは美味しい。問題なし。
食べ終わる頃には、すぐ横合いの屋台が売り切れの悲鳴を上げていた。
まだ朝だというのに、とふたりが緩く視線を向けるが、"この屋台の焼き包みを無哭と無紋が食っている"という原因にはたどり着かない。
周囲の喧騒が次第に増していく中、ゴミをまとめたふたりの歩みは緩やかに再開されていった。
西門までの通りの往来には、冒険者や旅人が多い。
西側北部の街からきた輸送隊は、山を越えてどこか疲れたような顔をしている。
西端の港町から来たのか、舶来品を乗せたような荷車とも何台かすれ違った。みなこの街の倉庫に集積され、やがて物流の波に乗る。
通りの道脇には、まだ開店準備中の店も多く、奥のほうからは鉄板の上で油が弾ける音や、客引きの威勢のいい声が響いていた。
――【食べ歩きは、護衛付きで】




