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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
白岩台地と竜の湖

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【琥珀の酒で、晩酌を】


(――なんなんだろうな、ありゃ)


ボートの腹を、ゆっくりと桟橋へ這わせながら、ガルドは考えていた。

ごくたまに、ああやって手のひらで、明確に遮断される、視線。


近づこうが、触れようが、抱えようが、全てを許容する彼の、――何かしらの境界線。


だが、手の端から見える微笑みに、踏み込ませまいとする断絶を感じるわけではない。

実際に、不用意に外套や布団の中にも入ってくる。……魔術師なら本来触れてほしくないであろう、装備の編み上げも任せてくる。


(……俺が嫌だとか、そういうんでは……ねぇとは、思うが)


……などと、かろうじて自分をかばってみる。だがしかし、だとすればなんだというのか。



係員にロープを渡せば、桟橋の杭に係留され、小舟は動きを止める。

ガルドがひとまず橋へとあがり、振り返ってルシアンへ手を差し出す。

そうすれば案の定、ふわりと笑って、躊躇なく手を伸ばしてきた。――ほら、この通りだ。


引き上げ、桟橋の上へ。



「土産物、見るか」

「うん、覗いてみようか」


他愛のない会話も、もういつも通り。

……先ほどの何かしらのやり取りは、流れたのか、なくなったのか、済んだのか。


「…………」


――願望と、いうか、淡い……期待というか。

店先へ足を進めるルシアンの背を追い、ガルドはわずかに顎を引いた。


こちらからの視線を跳ねのけた、というよりは……なにかを隠そうとしたのでは、と、可能性の端の方で、思う。

たとえば、……崩れそうな表情、とか、を。


(……、……まさかな)



露店で、土産物を覗きこむ姿を、視界の端で捉える。

ガルドの視線の先で、ルシアンは土産棚の酒瓶を手に取り、くるりと光にかざしていた。透明な瓶の中、淡く揺れる琥珀色が、色は違えどどこか湖を思わせる。


その横顔は、まるで何もなかったように穏やかで――でもそんな涼しげな表情が、いつもの笑顔が保てなくて、ああやって手を――、……いや、彼に限ってそれは……。


「ガルド見て、湖の水で作った地酒だって。買ってみるかい?」

「……大丈夫なのかそれ……」


訝(いぶか)しげにする護衛に、つい肩を揺らして楽しそうにした笑顔は、やはりどこか無防備であった。

味の違う二つを、ガルドが無造作に手に取る。これか、と目線で問えば、にこりとまた笑みが返ってきた。


「……飲むか、宿でな」

「ふふ、いいね」



ああ、やはり気のせいかもしれない。


だがたとえ気のせいでも、自分に都合のいい答えがこの先出なくても、この距離が守れるのなら。


この夜、確かに隠されたあの事実だけは、ずっと忘れずにいようと思った。






――レストロワに戻る頃には、すっかりと夜も更けて。

宿に頼んだ簡単な夜食と、それぞれに風呂を済ませ、ふたりは部屋のソファに身を落ち着けていた。


タオルで髪を押さえていたルシアンの前、ローテーブルに、ごつ、と地酒とグラスが二つ置かれる。

その栓を手慣れたように開けながら、ガルドがひとつ、肩をすくめた。


「どこにも"竜"の要素なかったな、あの湖」

「んん、そうだね」


こくこくと、グラスに酒が注がれる。揺れる液面は部屋の灯りに照らされて、橙の光を湛えていた。

再びテーブルに置かれた酒の瓶には、なにやら翼の生えた爬虫類らしきが描かれている。

竜の湖とは名ばかりで、湖底が光るだけの美しい場所だった。


グラスの一つを手に取り、ルシアンがそれを覗き込む。


「ギルドの書庫で見た本には、大昔に竜のねぐらだったと書いてあったけど……眉唾だね」

「……はっ」


わずかに口角を上げて、ガルドが低く笑う。伝承というのは往々にして、大きく脚色されているか、隠されているか、そもそも存在しない話か。言ったもん勝ちだ。


酒を口に含めば、とろりとして口当たりのいい舌ざわり。美味いが、度数は弱くはない。

飲めるか、と思わず正面を見れば、ルシアンはぺろりと唇を舐めているところだった。


「うん、おいしいね。微弱な回復効果は消えているみたい」

「……お前は……ホントに……」


――地酒を前にしてもなお学者気質なところに呆れればいいのか、そうやってふいに唇やらを舐める仕草に目をつぶればいいのか。

まったくもって判断に困り、ガルドが深く、息を吐いた。



ああ。頭は驚くほどに静かだ。

この"無防備さ"は、恐らく今日も本物だ。

悔しいことに、自分も揺さぶられ慣れている。


脳裏には、しっかりと焼きついている。

湖面の光に照らされた、その横顔。

ふいに遮られた視線の先――薄闇の中の、ほんのわずかな笑い方の揺れ。


(――あの手がなけりゃ、なんかしらは届いたのか……)



そう考えて、ぐっと奥歯を噛んだ。


惜しい。今さらながらに、あの壁の先が惜しい。

今はもうここにはない、けれどあの小舟の上で、あの手のひらの向こうに、何かはあったのだ。


それは、触れるより、抱えるよりも、ずっと遠いもののようで。

……けれど、たまらなく手が届きそうで……、それでも。


「お前、……嫌なら、言えよ」

「え?」


唐突な言葉に、ルシアンが目を丸くする。

銀の瞳は、なにが?……という表情のままに、やがていつもの柔らかな笑みに変わる。


「うん……?君もね……?」

「……ああ」


わかっているのか、

わかっていないのか、

その曖昧な微笑みは、やはり今夜も、ガルドにしか向けられていなかった。


しかしもうそこに――今日の湖で見たような"揺れ"は、ない。



それきりガルドはもう何も足さずに、ただ黙って酒を口に含む。

琥珀の液が喉を滑る感覚に集中する、――ふりをして、目の前の微笑みから目を逸らす。


(……ああ、嫌んなったら言ってやるよ)



ごん、と、グラスを置く音が少し強くなった。


「……明日は何する」



低くぼやいた言葉は、言いたいことを丸きり飲みこんだ言葉だった。

小さく唸りながら首を傾ぐ魔術師に――視線は向けない。今はもう。


そんな自分に、内心舌打ちをしながら、ガルドはもう一度、グラスに酒を注いだ。



ただ、琥珀の酒だけが、ふたりの間に静かに満ちていた。






――【琥珀の酒で、晩酌を】


《旅の記録》

・場所名(通称):竜の湖

・最寄り街:レストロワ

・景観種別:美/儚/静/謎

・特徴メモ:レストロワの商魂と自然の美しさが調和されていた。伝承によれば、竜のねぐらだったらしい。だとすれば随分巨大な竜だ。

・時期・時間帯: 秋・夜

・再訪:可

・個人的メモ:

「雄大な湖面、薄闇を照らす淡い光。美しい景色だった。

. ちゃんと景色見ていたのかな。」

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