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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
白岩台地と竜の湖

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【湖のほとりで】


石灰岩の白さが夕陽を反射して、辺りが淡い橙色に染まり始めたころ――。


調査団の荷馬車に乗せられた資材や記録文書の横で、ルシアンとガルドは静かに並んでそれを眺めていた。

一度軌道に乗った調査はとんとん拍子で終わり、魔獣や崩落の被害に遭うこともなく、当然けが人もない。

詰め所の撤収を進めていた団員たちからは、どこか浮かれた声すら上がる。


「まさか今日中に終わるなんて!」

「お、王都に帰れる……!」

「これ以上滞在伸びたら自腹だったぞ……!?」


悲喜こもごもといった悲鳴が聞こえ、ガルドの視界の端で、ふる、と淡い外套が揺れるのが見えた。


「ふふ、賑やかでいいね」

「……んん」


こちらを見上げてくる視線に、ゆるりと眼差しを返す。――まぁ、悪くはない、という顔。

遠目に、資料局の職員がふたりに手を振っているのが窺えた。


「お二方!馬車の支度が整いました!」


張り上げた声は明るく、明らかに朝よりも弾んでいる。さながら、滞りかけていた案件がやっと片付いて何より、といったところだろうか。

そちらへ顔を向けたふたりも、緩く歩き出す。


「あっ、ガルドさんもルシアンさんもありがとうございました!いやぁ!いやぁ本当にまた機会がありましたら是非ご一緒しましょうね!!」


――背を押すように副主任の声が聞こえてきて、肩越しに振り返ったルシアンが、会釈で以て返す。すぐさま主任に叱られているような声と、小さく鼻を鳴らすガルド。

向き直ったルシアンの頬は、やはり可笑しそうに緩んでいた。



調査団のマークが入った馬車のそばまで戻れば、職員の男が扉を開けてにこやかに待っていた。


「ささ、どうぞ!レストロワまでお送りいたします!」


ぺこり、とルシアンが頭を下げて、馬車の踏み台に一歩足をかけ、――ふとそのまま動きを止める。何事かを思い出したように職員へ振り返り、軽く首を傾げた。


「そうだ、竜の湖という場所を見てみたいのです。近くで降ろしていただけますか?」

「は、竜の湖ですか……」


問われた職員が、ちら、とガルドのほうを見やる。む、と顎を引いたガルドも、――そういえばそうだった、というような表情で、ひとつ頷いた。

それを確認し、職員ももう一度、ルシアンへ向き直る。


「ええ、ご案内できます。道の都合上、林縁部までしか馬車は入れませんが、道は整っています」


笑顔のままに返した職員に、ルシアンもまた、満足そうに頷いて馬車の中へ。山間を抜けた冷たい風が、ロワビア台地に夕暮れの匂いを運んできていた。


小さく、馬の尾が振れる。白い岩の台地は、ゆっくりと、遠ざかっていった。






竜の湖への分岐路は、レストロワの街並みが遠く見える場所にあった。


街道は整っており、よく踏み均された石畳が人の往来が多いことを告げていた。ひとつ挨拶を交わした資料局の職員は、一足先に馬車でレストロワへと帰っていく。


街の影に溶けていく馬車をしばし見送ったのちに、ルシアンも隣のガルドへ振り返った。


「この森の先だって言ってたね?」

「……ああ」


街道沿い、細く脇道が伸びる林縁へ、ふたりの視線が向く。

石畳から土の路面に変わるその境目は、足元に森の影を落としてはいるが、小さな魔法灯がぽつぽつと行く先の木立を照らしており、完全な薄闇ではない。


秋の草木をかすめる風が、森の中を渡って乾いた音を立てる。

並んで歩く足取りに、――やや、ガルドの視線も硬くなる。……いや、物見遊山だ。いつものやつだ。なんか光る水辺を見に行くだけ。そう言い聞かせ、森の奥へと続く街道に視線をやる。


観光地で。

浮かれた連中が集まる場所で?


恐らく、野郎二人で行くような場所ではなくて。



(…………)



相変わらず、あのワードがぐるぐると脳裏を巡るが、……自分という男がそのデー……んん、に、向かないガラをしている自覚もある。

というかそうじゃないしな。うん。


ひとり小さく頷く護衛、もう色々と手遅れである。



日はとっくに傾き、空には茜色の残光もない。

ぽつり、またぽつりと小さな魔法灯を通り過ぎるたび、道幅が少しずつ狭くなる。


数刻前までのあの騒がしさを置いてきた今、目の前に広がるのは静けさと淡い薄闇と――、


――薄い緑に、揺らめくような"光"。



観光地とされていた竜の湖は、道行のところどころに案内看板があり、湖畔には露店や屋台も出ていた。

それは人混みというほどではなく、地元の人間や旅人らしきで穏やかに賑わっている畔。


湖にせり出した水上小屋には、手漕ぎボートの貸出案内や、この場所ならではのアクセサリーや土産物などが並ぶ店もある。


ふたりが小さく顔を見合わせて、畔をぐるりと巡るように歩いていく。

……湖は、確かに光を帯びている。けれど、露店から漂う香ばしい匂いに、どうしても視線がそちらを向いてしまう。

しばらく露店群を流すように歩いて行った中ほどで、湖で獲れた魚を塩焼きにしたものが売っており、それをガルドが二つ買った。


「……商魂たくましいな」

「ふふ、レストロワらしいね」


湯気の立つ魚の串を受け取りながら、ルシアンが緩く笑い、……そのまま周囲を見渡す。


人は多い。屋台も多い。けれどこういった場所にありがちな、"景色を汚す"ものがない。

屋台群は湖の畔に控えめに並び、街灯などの人工的なものは少ない。

土産屋の店員も、あからさまに声を張り上げて客引きをするでもなく、穏やかな湖の光の明滅とともにあるようだった。


ぱり、と焼かれた魚の背に、ルシアンがかぶりつけば。



「もう少しすれば、強く光り出す時間ですよ」


焼き魚を売っていた屋台の店主が、ふたりの背に、穏やかな声色でそう補足をしてくる。

――だが、やはりただそれだけ。何を押し売りするでもない姿勢が、どこか好ましかった。


「……乗るか、アレ」


魚の身を頬張りながら、ガルドが視線だけを水上小屋の方へ向ける。何艘かの小船が杭に係留されており、湖面にちゃぷりと浮かんで……今も観光客を乗せた一艘が、湖に漕ぎ出されていくところだった。


それを見送ったルシアンが、隣で小首などを傾げてみせる。


「いいのかい?私漕げないよ……?」

「……ああ、だろうな。……俺がやる」


まるでそれすら予想済みだったかのように、ガルドが低く言い放つ。

雇用主の見たがっている景色を、とりあえず一番見栄えのするであろう場所で見せてやるだけ。

こいつは手漕ぎ船なんて漕げないだろうから、自分が漕いでやるだけ。――それだけだ。


三口ほどで魚を食いきり、ガルドが串をそばの屑籠へ放る。


「……ボート取ってくる。食ってろ」


ぶっきらぼうにそれだけを言い、湖畔にある小屋のほうへ歩いていく、大きな背。


「いい相棒さんですねぇ」


屋台の店主が、店先に取り残されたルシアンに、そう笑う。

ルシアンもまた笑顔で返し、焼き目の香ばしいその魚を食べきり、……外套の裾を弾ませてその背を追っていった。






――【湖のほとりで】

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