【ふたつの柱】
そうしてしばし進んでいけば、亀裂と石筍が点在する空間に出る。天井と地面を繋ぐ石柱の合間、足場の木板はあちこちにまるで浮島のように置いてあり、奥に進むほど湿度が増していく。
「その辺りにあるのは荷重分散用の木板です。それでも歩くときはお気をつけください」
主任が、板の一枚を指し示しながら言う。ガルドも視線の端でそれを見やり、逐一後ろの淡紫を確かめる。
先ほどまであんなに口が回っていた副主任も、いざ遺構内に足を踏み入れれば、一調査員だ。足場や天井の危険を確認しながら、確実に歩を進めていった。
やがて遺構の奥の方、安全確認が済んでいる範囲ギリギリの場所で、一同が足を止めた。
主任が腰に提げていたカンテラを手に取り、前方へ掲げる。
照らされた先には、側壁が薄く剥がれて落ちたような形跡……大岩ではなく、まるで平たく切り出されたような板状片。――その下に、件の機材が下敷きになっていた。
「取り出していただきたい機材はあれです……すみません、依頼になかったものを」
「……ああ」
低く答え、ガルドがその場で立ち止まったまま、しゃがみ込む。わずかに頭をさげて、岩板を覗き込むような姿勢。
外套も、大剣も、狭い遺構内のどこに引っ掛けるかわかったもんじゃなく、先ほどの詰め所に置いてきた。
特に装備品もなく、鎧のような防具もつけないガルドは、黒地のシャツ一枚。それでもその背中は大きく逞しく、……つい、団員たちもその動きを目で追う。
「い、一度、我々でも岩板を抱えてみようとしたんですが、……周りが崩れそうで」
「んん……だな」
岩が剥がれ落ちた壁の、足元にかすかに走る亀裂。変に岩板を傾けて、それで底が抜けて一網打尽――なんてことにもなりかねない。
立ち上がったガルドが、傍らにいたルシアンに向き直る。
「……見れるか」
「うん?うん」
問われ、にこりと頷いたルシアンが、――じ、とその岩肌を見つめた。
足下から、壁面、天井へと魔力を巡らせ……感知魔法を張る。静かで何の気配もないそれは、ただただ、ぴたりと動きを止めたようにしか見えず。
「……どうしたんだ……?」
「機材取れねぇか、やっぱり……」
ひそひそと、背後から団員たちが囁く声が聞こえてくる。主任も資料局の職員と顔を見合わせるばかりで、副主任は首を傾げていた。
――が。
「……補助の木板を二枚、ここから渡そう。奥には傾けない方がいいね」
「ん」
「持ち上げるなら、岩の右側を持って左にずらせば大丈夫そう。右の地面は乗ったら踏み抜くよ」
「わかった」
交わされた言葉はそれだけで、――ぽかん、とする団員たちに、赤い瞳が振り返った。
……見つめ合い……数拍……。
「……。おい、板」
「あっ!?はい!」
肩を跳ねさせ、慌てて気持ち早歩きで引き返していく団員たち。
機材が救出されたのは、それからわずか数分後のことだった。
――ぴちょん、と天井のつらら石から、滴下水が地面を打っている。
調査団は、遺構の壁面や地層の断面が見えている箇所を調べ、交わす声も潜めながら静かに作業を続けている。
洞窟内に外光はなく、各自が携えるランタンやカンテラの光を頼りに、足元を慎重に繰っていた。
「この箱、向こうか」
「あっ、はいッ」
「ガルドさん、それ、こちらにお願いします」
細かな機材の入った箱を脇に抱えたガルドに、団員が手を上げて声をかける。当初の遠慮や萎縮のようなものはもうなく、ただ、静かな信頼の目だ。
「この台座も外まで運んでいただけますか?」
「ああ。……持ってくるもんは」
「いえ!ありがとうございますっ」
頷きで以て返事をし、箱に変わって何がしかの台座を抱えたガルドが、視線だけでルシアンを確認する。
主任と同行しているルシアンは、何もせずに静かに立っていた。――が、どうやら薄く感知魔法を張っているよう。
やがて、先の通路を覗き込む団員に、緩く眼差しを向ける。
「そちら、その先左奥に空間があります。天井も脆い。荒く踏むと抜けてしまいそうです」
「えっ!」
ルシアンに声をかけられた団員が、慌てて足を止め、周囲を確認する。
壁伝いにカンテラを巡らせれば、確かに言われた場所に小さな空間があった。……少し足を踏み込むと、みし、と地面が軋む音もする。
「ほ、ほんとだ……!助かりました!」
「いいえ、ご安全に」
ふわりと柔和に微笑むルシアンに、周りの手も一瞬止まりかける――が、これはガルドに睨まれ、しれっと作業を再開していった。
(…………)
護衛、ため息をひとつ。
とりあえず、あの調査団の主任の横にいる分には、まぁ……少々目を離してもよさそうではあるが。
片眉をしかめたガルドが、何十キロもあろうかという台座を、まるで手荷物のように小脇に抱え、……他の団員たちがようやく足場を選んで歩いている場所を、重心を崩さず無音で渡っていく。
それを、団員たちや職員が視界の端で見送って。
「……あれを"補助員"と呼んでいいのか……?」
誰かの声が、ぽそりと石室に溶ける。
重たい機材も黙々と運び、大きな身体を無言で運ぶ足捌きと。
「ルシアンさんっ、あそこの石筍からサンプル取れませんかね!」
「あの周辺は踏んだら下層に真っ逆さまですね」
「真っ逆さまかー!」
遠巻きの副主任を微笑みで捌き、壁の内側を"見る"目と。
あまりに自然で邪魔をしないふたりのその振る舞いは、補助員というより自分たちの一員ですらある気がしてきて。
けれどふとした瞬間に、ぱちりとそのふたりの視線が合う瞬間もあり、……だからといって会話をするでもなく、すぐにそれぞれの持ち場へと戻り。
「…………」
「…………」
……互いの居場所を確認しているんだろうか、と団員たちが思うも、本人たちに直接それを確認をするのもはばかられる。
そして何より、そんな無言の連携が、場に穏やかな"信頼"を与えていた。
それはもはや、調査団の誰よりも安心できるふたりとして、確実に現場に溶け込んでいった。
――【ふたつの柱】




