【調査団の詰め所では】
ロワビア台地の調査団詰め所。
依頼を出した調査団員たち……なかでも調査団の主任は、愕然としていた。
現場の危険が見れて、指示を待たずとも状況を把握できて、少々力のありそうな冒険者が依頼を引き受けてくれればいいと思っていた。
最低限、自分の身を自分で守る荷運びでも来てくれればいいとすら、思っていた。――そのくらいの、ささやかな期待。
だが現れたのは、ひと睨みでそこらの魔獣がしっぽを巻いて逃げ出しそうな巨躯の男と、柔和で中性的な魅力を携えながらも、どこか頭の切れそうな青年。
「主任!こちらガルドさんとルシアンさんです!」
「おっ、おお……」
駆け寄ってきた副主任に、主任と呼ばれた壮年の男が、かろうじて頷く。資料局の職員は逃げるように団員たちの方へ向かっており、今日の作業工程の確認に入っているようだった。
「ガルドさんには機材の救出をお願いしておりまして!ルシアンさんはですね、これがまたなんとも遺構の貴重性であるとか地層の形成プロセスを十二分に理解してくださっング」
ばす、と主任の手のひらがその口を塞ぎ、そのまま慌てて、ふたりにぺこりと頭を下げた。
「失礼しました!悪い奴ではないんです、専門の分野のことになるとどうも歯車がおかしくなってしまう!」
「んんんぐむむ!」
「黙りなさい!ご助力いただけるんだ、静かにお連れするようにと言っただろう!」
抑え込まれた手のひらの下で、副主任がコクコクと頷く。――頷いてはいるものの、理解しているかは不明だ。ガルドが小さく鼻を鳴らし、ルシアンもそちらを見てかすかに笑みを浮かべた。
そのまま、主任がふたりを詰め所の木机へと案内する。椅子などはなく、机の上に簡易的な遺跡の図面が乗っているだけ。紙の端に石ころで重しがしてあり、吹き込んだ風で飛ばされないように押さえられていた。
「現場の状況のみ、共有させていただきたい。危険区域がこのエリア。踏み込むごとに足元が割れるもんで、もう調査団も諦めました」
主任が指さした辺りを、ガルドが覗き込み、頷く。ルシアンもその隣で紙面に目線を落とし、静かにそれを見つめていた。
「お二方には前に立つよりも、崩落危険個所の確認と……可能であれば予測、それと申し訳ないが、機材の救出を頼みたい」
「データがまだ取り出せてないんです!せめてあれだけでも引っ張りだせれば成果としムグッ」
「遺構そのものには触れないでください。それ以外は、必要に応じてこちらからお願いをします」
――なるほど、とガルドの視線がそちらへ向く。
この副主任の熱量のせいで、現場はどれほど荒れているのか……と身構えていたが、こっちはこっちできちんと制御役がいるらしい。
何より、自分たちを見ても変に委縮せずに、依頼内容を正確に伝えてくる。
隣を見れば、ルシアンはすっかりと図面に目を落とし、やんわりと目を細めている。
また、資料局の職員と段取りの確認を行っていた調査団の団員たちも、詰め所で机を覗き込む二人の冒険者を、どこか遠巻きに見ていた。
陽に焼けた肌と、威圧的な赤い眼差し。幅広の大剣を背負い、けれどそれを抜かずとも、空気が引き締まるような巨躯の戦士。
その赤い視線の先で、主任の話に静かに頷きを返しながら、何やらひとつひとつ確認をとる、柔和な笑みの青年。
ふたりともひどく静かであるのに、存在感は異様なほどで、しかも"あの"副主任に呑まれていない……。
……それを目の当たりにした団員たちの間に、ひそかな動揺と、微妙な期待が入り混じる。
「……なあ、あの兄ちゃんのほう……文官か何かか……?」
「いや、でも……冒険者だろ……?」
「つーか、あのでけぇほう……何も言わねぇのが逆に怖いな……」
「…………」
職員が、小さくため息をつく。ともかく、今日が無事に終わってくれればいい……そんな、些細な願いを胸に抱えて、朝を少し過ぎた空を見上げていた。
依頼書にあった、第三調査区画。そのエリアは、ロワビア台地の中でも特に風雨にさらされ、極めて滑らかな岩肌が陽光を跳ね返していた。
まるで磨いたかのような壁面のその一角に、かすかに暗闇が覗いている。半ば崩れたか……埋もれたようにも見える開口部。上部には浸食してきた石灰岩が庇のように張り出しており、けれど元々は四角く整えられていたのであろう、縁の気配もあった。
「入り口は一応、木材で枠を組んでいるんですが、なにぶん補強できる岩質じゃありません。崩落を遅らせるための緊急措置程度です」
主任が見上げながら言う隣で、ガルドもそれを見上げる。入り口とみられる開口部の左右に太い木材が立てられており、上には横木が渡されている。縄と楔で固定――はしてあるものの、脆い石壁には打ち込めないために、添えるような斜めの材が支えとなっているようだ。
砂礫に足を取られぬようにか、足元には木板が敷いてあった。
「……入り口せめぇな」
「はは……中はもう少し、天井高があります」
低く落としたガルドの声に、主任がその巨躯を見上げた。……入り口は、もうガルドの頭が当たりそうな高さ。
大きな図体が身を屈めて中へ入り、その後ろをルシアンが。壁面、天井、足元――銀の瞳が、それらを静かになぞっていく。
内部は石灰岩の侵食で洞窟化しており、人工的な壁面や床石、石積みの一部が白い沈殿層に覆われていた。神殿――というよりは、石室のような場所。
この遺構が何なのかは……自分たちの与り知るところではない。一歩ずつ足元を見ながら進むガルドに、ルシアンが静かについて行った。
――【調査団の詰め所では】




