【こちらロワビア台地行き】
レストロワの北門は、そこから繋がる街道を往けば、北の鉱山地帯へと行きつく。
鉱山夫や、鉱石・石材を安く仕入れたい職人、依頼を受けた冒険者や運び屋なども足繁く通うことから、レストロワより北側へ向かうこの門からは、多くの乗合馬車も出ていた。
人でごった返す馬車の転回場で、ルシアンとガルドが緩く頭を巡らせる。
転回場では、それぞれの馬車を繰る御者が、大声で行先を知らせている。
商人や運び屋、運輸ギルドの職員たちが呼び合うような声も飛び、朝の北門前の喧騒は、街中とはまた一味空気が違っていた。
「第二鉱区ー!!第二鉱区行き出るよー!」
「こちら山越えセグビア行きー!!お急ぎくださーい!」
「石切り場ー!石切り場ー!定員あと二名ー!」
――きょろ、とルシアンの視線も、そこを渡る。
自分たちが乗る馬車は……という視線ではなく、ただただ物珍しそうに、北門前の"朝"を楽しんでいるような眼差しだった。
車輪の軋み、人々のざわざわとした気配。馬のいななきと、荷曳き魔獣が鼻を鳴らす音。
帳簿を覗き込む商人たちと、馬車内の乗員を数える御者の手つき。
一台、また一台と、転回場を滑り出していく大きな幌馬車や、それを護衛する騎馬の冒険者。
「……おい」
背後から落ちた護衛の低い声に、はた、とルシアンが首を向き直る。
ガルドは転回場の隅にいた小さな馬車を顎で示しており、つられるようにルシアンもそちらへ視線をやれば、馬車の横っ腹に学術院調査団のマークが入っていた。
「あれじゃねぇか」
「ん、かもしれないね」
顔を見合わせたふたりが、そちらへ歩を進める。見るに、何やら制服と作業着に身を包んだ男たちが、手元の資料を覗き込んでいるようだった。
「失礼、こちらロワビア台地行きの馬車でしょうか」
柔和な声に、男たちが弾かれるように顔を上げる。
一人は調査団のマークが入った作業着。もう一人は、どうやらレストロワの街の職員のようだ。歩み寄ってきた優雅な男と巨躯の冒険者に、――少々面食らっている。
「っあ、はい、間違いありません……」
「――あ、依頼を受けてくださった冒険者さんでしょうか!」
トッ、と一歩踏み出してきたのは、調査団の男の方。頷くルシアンとガルドを交互に見て、嬉しそうに顔を綻ばせている。
「いやぁ!いやぁ本当に助かります!崩落の危険があってなかなか調査が捗らなくて!安全が確認されている範囲と安全が見込める範囲しか調査ができず、けれどそれでは調査にもならず!ささ、どうぞ!!」
よほど困り果てていたのか、今にも抱きついてきそうなほどの笑顔と口の回り。そのまま手で示した馬車は空で、中を見たガルドがわずかに眉をしかめた。
「……他の調査団の奴らは」
「団員たちは、一足先に向かっております!調査が進むかもしれないとなると色々と準備も必要で、あ、そうだ機材!昨日機材がひとつ岩の下敷きになっちゃって!それなんとかできませんか!」
まくし立てるような団員に、街の職員が小さく頭を抱えているのが見えた。こちらは"資料局"の腕章をつけており、学術院の調査団と連携して遺跡の調査にあたっていたらしかった。
「……副主任殿、まずは現地へ行っていただかないと、機材も助け出せませんよ」
「あっ!?そうですよね!?すみません、では!では急ぎ!すぐに!」
北門の賑わいに負けないほどの、喧騒――。
可笑しそうに肩を揺らすルシアンの横で、ガルドもまた、小さく眉間を押さえていた。
石灰岩の白が陽に照らされ、道なき道にまだらな陰影を落としていた。
細かく砕けた岩肌が、靴の下でぱりりと音を立てる。
馬車は台地の少し前で足を止め、そこで一行が降車をする。ここから先は、少々路面が不安定だった。
「そもそも調査団が一度に入ったのもよくなかったのかもしれません!人数が増えると、どうしても足音や機材の移動がありますから……ただ、少人数では機材が運べませんし、記録も取れませんし、測量もできませんし、壁面保護もできませんし!」
もう、何をどうしても口の止まらない調査団副主任の男に先導され、各々険しい地形を進む。
ガルドはそんな悪路でも慣れた足取りで、何も言わず、ルシアンが歩きやすいよう足場を確認しながら歩を進める。ルシアンと資料局の職員もまた、静かにその大きな背を追っていた。
「石筍もサンプルを取りたいんですが、これがまた足下の不安定な場所にありまして、でも遺構に重なるように形成されていて、いやもうなにをどうしてもサンプルが欲しいんですよね!」
「石筍の沈殿層を見れば、相対的に遺構の年代的な手がかりになりますね」
「そう!なんです!!」
思わず口を挟んだルシアンに、先頭を歩いていた副主任が身体ごと振り返り、ガルドに身体ごと押し返される。
問答無用のガルドの制止も、口の止まらない副主任も、ついそこへ燃料を投じてしまうルシアンも、諦めたような職員も……すでに馬車の中で一通りの悶着を起こしてきていた。
ふと、遠くから秋風が吹き抜け、石灰の粒子がかすかに舞う。
副主任の声が、白岩の台地に響く。白く霞むような光景の中、護衛の大きな背はどこまでも頼もしく、そして静かだ。
「……あの……」
足並みを乱すことなく、ルシアンの横合いを歩いていた職員の男が、思い出したかのように小さく漏らした。
声はルシアンに、視線は前方を歩く巨躯に。ちらり、とそのまま淡紫へ目線を流せば、穏やかに自分を見る銀の瞳と目が合った。
一瞬だけ、びくりと肩を揺らし――、いや、呼んだのは自分なのだから、そりゃあ反応があって当然なのだが、……でも……もしかしてうちの顔役と面談された方々ですか、なんて不躾なことを聞ける空気じゃないことに……今さら気がつく……。
「……どうなさいました?」
「い、いいえ……失礼しました……」
はて、と首を傾げるルシアンと、きゅう、と胃のあたりを押さえる職員。
それきり、もう何も言えない。足元の砂礫を踏む音と、風に揺れる衣擦れと、副主任の止まらない報告だけが、ロワビア台地に一行の訪れを告げていた。
――【こちらロワビア台地行き】




