↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
白岩台地と竜の湖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/115

【やってらんねぇ仕事】


――翌朝、ガルドはまたも、着替えの物音で目を覚ました。

ぼやぼやと目を開けて視線をやれば、……視界の端、こちらに背を向けて身支度をする後ろ姿が見える。

雇用主は今まさに寝間着の上衣を脱いだあたりで……く、とガルドが目を閉じる。


んん――いや、だい、大丈夫だ、着替え自体は、もう、何度か見た。

さすがに一部始終を正面喰らっては見ていないが、肩、だの……背中だので動揺しないくらいにはなっている……。


ほんの少しの精神統一ののち、再びまぶたを持ち上げたガルドが……進捗を確認する。

上衣は済み。下も済み。後ろからパッと見も済み。問題ない。



のそりと起き上がり、背と首を伸ばす。肩甲骨のあたりから、パキ、と小気味のいい音が鳴った。

昨日の風呂は、自分の希望で先に入らせてもらった。ああ、そうだとも。ルシアンの後に入るから、余計な煩悩が働くのだ。

この雇用主が、風呂の後先を気にしないたちで本当に良かったと、――昨夜は思った。

こちらの物音に気が付いたのか、ルシアンが肩越しにわずかばかり振り返る。


「あ、おはようガルド、ごめんちょっと……」

「ん……」


ベッドから足を下ろしながら顔を向ければ、こちらに向き直ったルシアンは、まさに腰装備の編み上げの最中。

前面、みぞおちから股上まであるレースアップの紐が、何やら途中でこんがらがっていた。

びく、とガルドの肩が、揺れる。


「なっ……んだ、えれぇことなってんな」

「うん……そろそろ紐新しくしなきゃかな」


それは、カーニャに作ってもらったばかりの新しい装備ではなく、ルシアンがもともと持っていた方の装備。

困ったように笑いながら、紐の塊を持ったままのルシアンが歩み寄ってくる。

これはもしや……とガルドが手を差し出せば、大人しくこちらの膝の間に収まる身体。――油断すれば頬が緩みそうで、きつく奥歯を噛んだ。


「ここがね、絡まってしまって……解けないんだ」

「何でこうなんだよ……慣れてんじゃねぇのかお前」

「私が慣れてても紐は古くなるよ」


むす、と不本意そうな言い訳が降ってきて、つい口角が上がる。

そうだな、お前は悪くないな、の言葉は――飲み込んだ。それこそなんだか睨まれそうな気がして。


目の前の胸元からは、深い緑の香りが漂う。手元には、ぬくもりの気配が。

頭上からは、銀の視線も感じた。ついで、柔らかな声。


「……ほどけそうかい……?」


――ほどけなくていい……。

ガルド、喉の奥で小さく唸るように、本音……いや、息を漏らした。


「……待っとけ」


かろうじて答えれば、思ったよりも声が掠れていたのがわかった。上ずりそうなのを、堪えていたせいもある。

慌てて咳払いを一つ。肩にぐっと力を入れ、目の前の編み紐へ集中する。


古くなった紐はところどころが柔らかくほつれており、結び目が固く締まっていた。

繊維と面が絡み合い、解けにくいが……それでも指先を器用に使い、爪の先で押し、緩め、引き出していく。


(……こういうパターンもあるわけか)


なるほどな、と……無哭、今後のパターンに刻む。ほんの少しだけ、この面倒な装備に感謝をして。

そうして一部の結び目が解ければ、腰装備の布地が少しだけ緩み、大元の塊もまた、わずかに緩んだ。

一体何をどうしてこうなったのか、しかしやがて絡まりが解けた紐を、――まぁ、手放すのも惜しいわけで。


「……もう、このままやるぞ」

「あ、うん、ありがとう」


低く言えば、静かに頷いた気配とともに、ルシアンが姿勢を正す。

左右の穴に、それぞれ紐を通し、一段ずつ引き締める。久々に補助をしているような気もするが……加減は、この手が覚えていた。

また一段引き締めれば、背中から腹部にかけて、その細身の身体がきゅっと揺れるのがわかる。

……力を込めすぎないよう、注意しながらも、緩みのないように仕上げる。慣れたものだった。


結び終え、締め付けを確認するために脇腹に両手を這わせる――ふりで、……一拍の間だけそのまま手を置いて。


(……平然としやがる)


警戒をするでもなく、きょとんとする顔を見せられるたびに、何かが積もっていく。

こっちは何とも思ってないわけじゃねぇぞと、そう言ってやろうかとすら思うほど。


――だが、それを言ったら負けの気がした。


「……もうこんがらがんなよ」


手を引き、ぽん、と軽く腰の横を叩いてから、ベッドの上掛けを直すようにして背を向ける。


「助かったよ、ありがとうガルド」

「おう」


答える声は、背中越し。

顔を向けないのは、もう緩んでしまっているため。


――やってらんねぇ……などという悪態も、この顔を見られればすべてがパァだ。


せめてものため息を、誰にも聞かれないように、胸の中でだけ吐いた。






――【やってらんねぇ仕事】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。