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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
雇用主、うきうき

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【調査だなんだどころじゃねぇ】


腹ごしらえをしたその後は、風も少し冷えてきたため、そのまま宿へと帰る運びになった。


宿カルネティアの玄関先の衛兵は、とっくにふたりの顔を覚えており、小さく視線を交わして扉を引いて待っている。

受付カウンターの従業員も、早い戻りのふたりに驚くでもなく、静かに部屋の鍵を取り出している。


「お帰りなさいませ。鍵を」

「ありがとうございます。夕食は宿でとりたいのですが、部屋に持ってきていただけますか」

「かしこまりました」


ルシアンの後ろで、ガルドがその応酬を眺める。やりとりはシンプルで、無駄口もない。かといって冷たいわけでもなく、控えめな笑みと、不躾ではない視線と頷き。

会話を終えて過不足のない一礼をする間際、従業員の視線がほんの一瞬だけ、ガルドに流れる。

ガルド自身、よく"睨んでいる"と怖がられる顔だという自覚こそあれど、――この宿の従業員が、そのように揺れる様はまだ見たことがない。


(……お高ェ宿の矜持ってか……)


……など、そんな適当なことを考えながら、階段を上がっていく雇用主の背中を追う。

どこか軽い足取りの後ろ姿。――飯は宿で。恐らく、先ほどギルド書庫で借りてきた本でも読みこむつもりか。……これはもう、今日は出ない流れだ。


「……湖ってのは……」

「うん?」

「……観光地ってことは、他の連中もいそうだな」


小さくあくびをしつつ、先ほどの話の続きなどをしてみる。コキリと首を鳴らす。やや、まぶたが重い。


朝から散歩をして、何やら慣れない種類の注目を浴びて、昼飯を食って。

宿に戻ってくれば、建物の中も暖かくて、もう警戒をする必要もない。

そりゃあ、眠気も来る。


肩越しに眠たげな護衛を見やりながら、ルシアンが部屋の鍵を回す。


「うん、そうみたい。夜は人が集まるって」

「浮かれた連中が集まるってわけだな」

「ふふ、そこに混ざるよ、私たちも」


優しげな笑い声とともに部屋に入れば、室内は昼下がりの穏やかな空間で。


それに続いて部屋に入り、ガルドは――眉間にギュッと皺を寄せ、目を細める。

まったくもってこの男は、なんというか、自分が何を言っているのかわかっているのか。


しかし言っても詮無いこと。当の本人は、もうすでに外套や革鞄を片付け、優雅に窓辺のソファに座り、すっかりと読書の姿勢に移っているのだから……、もはや諦めて肩を落とす。


ガルドも重たい外套を脱ぎ、部屋の隅のスタンドにひっかける。ポーチの留め具を外し、ブーツを脱いで、深く息をついた。


(……楽しそうで何よりだな、ったく)


小さく鼻を鳴らして、ガルドも壁際の椅子にどかりと腰を下ろした。

丸テーブルに肘を預け、身体を斜めに傾ける。室内と、ルシアンのいるソファが全て視界に入る位置。……しかし、うとうとと微睡(まどろ)むにもちょうどいい陽気。


鼻先に、薄く、木と花の香り。

先ほど街中で感じた似たような香りより、ささやかなのに、いつもの匂い。ソファに差し込む陽光と相まって、空気をたゆたうように漂い、呼吸に紛れ、皮膚に残るようだった。


(…………)


静かに目を閉じ、深呼吸をひとつ。紙を繰る乾いた音が、優しく部屋に溶ける。戦場でも何でもないのに、もう戦う意思すら残っていない気持ちになる。


秋の午後の静かな部屋で、行くところもすることもなくて、けれどもどこか、満たされた時間だった。






――《石灰岩地帯 小規模遺跡調査補助依頼》

【依頼内容】

北の丘より北西に広がる石灰岩の台地にて発見された、小規模遺跡の調査補助をお願いします。

当遺跡は崩落の危険があるため、調査団員単独での作業が困難となっております。

調査補助員として現地での機材運搬、遺構内の安全確認、簡易的な記録作業等に従事していただきます。


【調査地】

ロワビア台地 第三調査区画


【報酬】

銀貨三十枚


【注意事項】

・遺跡は石灰岩の自然浸食により脆くなっており、天井崩落や落石の恐れがあります。慎重な行動を心掛けてください。

・周辺の地面には多数の亀裂や石筍(せきじゅん)が存在するため、足元の確認を怠らぬようお願いします。


【備考】

・調査団員の指示に従い、必要に応じて簡易的な土砂撤去や光源の設置作業を行っていただきます。

・魔獣との交戦は想定していませんが、緊急時は護身用武具の使用許可が出ています。




――夜、壁際の丸テーブルにて、……運ばれた夕餉を食べながら、ふたりは卓の上に依頼書を広げていた。

あくまで調査メインではなく、機材運搬や安全確認、簡単な記録作業の依頼。紙面に視線を落としていたルシアンが、そのまま正面のガルドを向いた。


「この内容なら、早く終わりそうかな?」

「んん……まぁ、行き帰りで馬車に乗りゃあ、夜には帰れんじゃねぇか」


かちりと小さくナイフを鳴らしながら、ガルドもぶっきらぼうに答える。羊肉の香草焼きから外された骨が、皿の隅に雑にまとめられていた。

赤い瞳が、視線の端で依頼書の文面を睨んだまま、パンをちぎる。皿の端の肉汁に軽く浸して口へ運び、やがて唸るように低く息をついた。


「……地面、割れっかもしんねぇな。気をつけろよ」

「うん、わかった」


石灰岩地帯、自然侵食、遺構崩落の可能性。

どれも戦闘ありきではないが、油断してもよい材料には決してならない。


ルシアンのほうがよほど軽やかな様子で、羊肉を味わいながら依頼文を読み進めており、それが逆にガルドの警戒心を煽る。


「……まぁ、おめぇはドジ踏まねぇだろうが」

「……ううん……苔で滑った前科があるからなぁ……」


妙に真面目なトーンで返された声に、ガルドがくつ、とひとつ肩を揺らす。自覚があるなら大変結構。……いや、だがその件には、"直後に思わず抱えた結果、腰をわし掴んだ"という軽く笑えない結末がついてくる、んだった……。


肉の最後の一切れを口に運びながら、ガルドが視界の端でルシアンを見やる。ルシアンは何食わぬ顔で、――というよりも、さながら"明日気をつけなきゃね"なんて顔で、皿に残ったソースを丁寧にパンで拭っている。

その指先には、食事中とは思えぬほどの所作の美しさがある。


(…………)


――お前、そういうとこだぞ、という頭と。


まぁ、そんときゃまた抱えればいいか、という頭と。


だって核揺れても死ぬわけじゃねぇんだもんな、という頭がごねごねとなって。



食事を済ませたガルドが、ぎち、と椅子の背に身体を預ける。ならば、常に支えられる場所にいてもらわなきゃ困るな、なんて、都合のいい……いや、護衛として当然の帰結。


「……明日は、近くにいろよ。いいな」


食卓越しにそう告げれば、依頼書から顔を上げたルシアンが、ふっと笑って頷いた。


その素直すぎる頷きが、嬉しいような、……困るような。

どちらともつかない熱を引き連れて、ガルドは水を飲む振りをして、皿の上を睨みつけていた。






――【調査だなんだどころじゃねぇ】

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