【それはデー……】
結局その日の昼食は、旅宿通りの屋台を流しながら、気になったものを買ってみようかということになった。
通りには様々な屋台が立ち並び、焼物や小麦を練って蒸したもの、果物、温めた地酒、果ては菓子だけが並ぶ店まで、品揃えは数え切れたものじゃない。
しばし目移りをして、どうにも決めかねて、――ルシアンが隣の男を見上げる。こういう時は、鼻の利く護衛に頼るに限った。
「……文句言うなよ」
「ふふ、うん」
もはやお決まりの誓約を交わし、無造作に歩き出すガルドの背を、ルシアンが追う。
後ろをついてくる足音を耳にしながら、ガルドも時折立ち止まり、首を巡らせ、くん、と鼻を鳴らす。
山獣の内臓を使ったスープ……試してみてもよさそうだ。鉄板で焼いた卵を、チーズと一緒にパンに挟んだもの。これは恐らく外れもない。
山羊の串肉も一本。香辛料がよく効いていそうで、ルシアンにはちと辛いか。
手早くそれらを買いあげ、次々と後ろの男に手渡していく。どうせあとから果実水やら何やらも買うのだろうから、自分の担当はとにかく"飯"だ。
そのまま屋台脇の木のベンチに腰かければ、わずかに通りの喧騒から切り離された心地があった。装飾がされたアイアンの背もたれは、ガルドの身体でぎしりとかすかに鳴る。……小さな匙で、木椀から山獣のスープを掬い、それぞれに一口。
「……独特な味だ」
「んん……香草と香辛料で臭みを消しているんだね」
総評としては好き嫌いが分かれそうな味、といったところだったが、ふたりの口にはあった。
風もなく、秋の陽射しの下。屋台の呼び込みの声と、街路の隅をなでる落ち葉。
スープの具材を一口食べ、ふと思い出したように、ルシアンが隣に座るガルドに向き直る。
「ん、そうだ、書庫でね、竜の湖っていう場所の情報を見たよ。北側の森の中にあるって」
「…………」
――ガルドの顔に、あからさまに嫌そうな表情が張り付く。
「……"竜"にはあんまりいい思い出がねぇな」
「ふふ、そうだね。でも、そこは地名だけみたいだよ」
「へぇ……」
じり、と片眉を吊り上げつつ、ガルドが串肉をひとかけら食いちぎった。
隣を睨むような眼差しは、言ってみろ、という顔である。
「湖の底がね、地脈の支流の出口になってて、魔力が流れて来るみたいでね」
「……地脈も魔力もいい思い出がねぇな」
「ん、っふふ、でね、セレスにあった西の泉みたいに、湖が不規則に光るんだって。夜は綺麗みたいだよ」
警戒心丸出しの護衛と、それがなんともおかしくて、機嫌がいい魔術師。
黙らせるかのようにガルドが串肉を差し出せば、ルシアンも黙ってかぶりつく。
「……危険度は」
「ううん……」
ルシアンが肉を飲み下すのを待って、ガルドも具材を挟んだパンを食べる。
――というか今、こいつ俺の手から食べなかったか、と……はたとガルドが気づくが時すでに遅い。
ルシアンも何も疑問を抱いていないし、自分もまるで無意識だった。
「……ん、……危険とかはないと思うよ。街の観光地になってるみたい」
「観光地?」
「うん。明日の遺跡調査の依頼が早く終わったら、行ってみないかい?」
串の残りをかじりながら、ガルドは隣に視線を送る。
観光地、という響きにどこか引っかかりを覚えながらも、ルシアンの声音は終始柔らかい。
誘い文句というよりは、何気ない会話の延長だった。が、……それはデー……、……いや、いや違う、やめよう。
「……まぁ、道が荒れてなけりゃな」
かろうじて声色を保ち、短く答え、ガルドが木椀の底をさらうようにスープを飲み干す。一方のルシアンも、パンを両手で包むように持ちながら、満足げに口を動かしていた。
それを横目で見つつ、ガルドの思考が再び、ついさっきのアレに遡る。
空になった木椀に、串を入れて……、……いくら互いに無意識だったとはいえ、口にしていた串を差し出して――それを、なんの躊躇もなく食われた……。
(……何やってんだ俺は……)
いや、だが、あいつも平然としてたし、別に深い意味は……いや……。
否定しようとすればするほど、思考がどんどん余計なほうへ滑っていく。
咳払い混じりに立ち上がり、ルシアンの傍らに置かれていた空の木椀を手に取る。それを自分のものと重ね、先ほどの屋台へ戻る。
串の柄はゴミに放り、屋台の脇の返却棚へ。
「ごっそさん」
「あい、ありがとさん!」
店主が笑って見送るのに、軽く顎を引いて返す。眉間の皺は深い。
再びベンチへと戻れば、ルシアンも食事を終わらせて立ち上がっていた。こちらもゴミをまとめて、手近な屑籠に片づけている。
そのまま、街の賑わいに紛れるように、自然と並ぶ。
「……湖、な」
ひとりごとのように呟き、けれどそれきり、ガルドはもう何も言えない。何を口にするべきか。言いたいことは山ほどあるが、言えたためしがない。
ただ、隣にいるこの男が、明日も明後日も、当たり前のようにそこにいて、当たり前のように自分の串肉にかじりついてくるのなら――それはそれで、悪くはないのかもしれなかった。
――【それはデー……】




