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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
交易都市のお目通り

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【護衛、もやもや】


宿カルネティア、浴室――。


ルシアンたちが取った部屋の風呂は、白を基調とした明るい造りになっていた。

浴槽は作りつけられているもので、恐らくあの大柄な護衛でも十分に足を伸ばせる広さ。

洗い場も広く、洗髪用、洗体用の石鹸も複数ある。これは香りが違うようだった。


それらに目をやったルシアンが、ひとつずつ手に取り、香りを確かめる。

甘い花の香り。これはちょっとキツそう。

澄んだシトラスの香り。個人的には、悪くはない。


だが結局、ごく普通の石鹸の香りに落ち着いた。



身体と髪を洗い、旅の疲れを落とす。

ゆっくりと浴槽に身を沈めれば、冷えた身体がじんわりとほぐれた。


「…………」



気づけば、今日が、この旅の百一日目だった。

ある街のギルドで出会い、ここまで旅をしてきて、季節は夏から冬に差し掛かろうとしている。

夕食の席で、柄にもなく少々感傷的になってしまったが、彼は茶化したりすることもなく。



ぱしゃ、と手のひらが湯面をなぞる。

湯気に満たされた浴室は、外の秋風も感じられないほどに暖かい。


(……ふふ、さすがに日数までは言えなかったね……私でも引くよ)


顔を上げれば、壁の上部に空けられた小窓から、小さく星空が見えた。


――横に長い北大陸、その南部を、ほぼ東端から西端へと横断してきた。決して、短くはない旅。

大陸の北部には何があるんだろうか。どんな街があって、どんな景色があって、彼はそのうちのいくつの地を踏んできたのか。


……かつてセレフィーネで、もう二度と、こちらから契約の終わりを告げないと言ったことを、彼は覚えているのだろうか。



(……。……どこまでついてきてくれるんだろうね)


安くはない護衛契約金は、支払っている。

けれど自分でも、面倒な旅路を歩いている自覚はある。


馬車も使わない。馬もない。楽な街道よりも、見たい景色があればそちらへ舵を切る。

魔獣の始末などは全て押し付けて、野営の世話も、この身の護衛も、全て任せて。

冒険者たちが恐れる"無哭"が、今や自分の世話係だ。



――それは本当に、護衛契約の範囲なのだろうか。



……ぽた、と髪の先から、雫が湯面に落ちる。

理解不能なほどに、丁寧に、"彼"という存在を差し出され続けているかのように感じる。



『……暇だった。って言やぁ、信じるか』


「…………」


(……"暇つぶし"に飽きたら……彼は去るのかな)


ひとつ……窓から見える星に笑みを向け、ルシアンはざばりと湯から身を引き上げた。



脱衣所、宿に備え付けの寝間着を羽織る。肌触りもよく、肩からストンと落ちる生地。

髪を軽く拭き、布地の室内履きをはく。客室は暖かく、この程度の軽装でも問題なさそうだった。




部屋へ戻れば、ガルドは壁のそばにある椅子に腰かけて、解体用の短剣の手入れをしていた。

ちらりとこちらに視線投げて、赤い瞳はまたすぐ手元に戻る。


「ガルド、お風呂冷める前にどうぞ」

「……ああ、……入ってくる」



神妙すぎるほどに低い返事をして、短剣を静かに鞘へと戻す護衛。それを、スタンドにかけてある剣帯の背面へ戻す動きも、どこかゆっくりだ。


手荷物の中から着替えを取り出し、……手にまとめる。


「脱衣所に洗濯用のかごがあったよ」

「ん、……ああ」


背中にかかる柔らかな声に、声だけで返事をして、――無哭、風呂へ……。気持ちは断頭台へ向かう罪人。何故ならすでにルシアンが入った風呂だからだ。


(……。おか、おかしくはねぇ)


……そう、自分に言い聞かせながら、脱衣所へと入り、後ろ手に扉を閉める。そうだ、何もおかしくはない。

今まで泊まってきた宿の風呂だって、そうだったじゃないか。

ずっと順番だった。他の冒険者が入って、ルシアンが入って、自分が入る。他の客が入って、自分が入って、ルシアンが入る。


カドゥルに立ち寄る前の、あの山間の村だってそうだった。

村の連中が急遽作り付けてくれた風呂に、自分とアレとで交互に入った。そうだ、別にこれが初めてではない。全然初めてではない。

だのにどうして、こんなにも緊張する……。


ガルドが棚に着替えを置けば、膝に洗濯用のかごがぶつかった。おっと、と見下ろす。

これはあとあと宿の従業員に渡すもので、確か宿についている魔術師だかが、"きよら"やらなにやらで洗濯――、……すでにルシアンの服が入っている……。


「…………」


――武骨な手が、そっとかごを端に寄せる。何故か見れない。

上着を脱ぎ、腰のベルトを外す。袖を抜くたび、思考が妙に静かになっていく。

手早く服を脱ぎ、……一瞬迷ってからそのかごの……中に、自分の服を突っ込んで……。


み、えなくなればまぁ、いいと、……次々に服を入れる。埋まった。よし。見えねぇ。よし。



もう一枚扉を開けて、浴室へと踏み入る。


中は白く清潔な空間で、床にも淡い白のタイルが敷かれていた。

思った以上に広く、整っていて――そして、あからさまに"さっきまで誰かが使っていた"気配に満ちている。舌打ちをひとつ。


壁際の小さな棚に石けんがいくつか並んでいて、……ああ、なんか混じったような複雑な匂いはコレか、と眉を寄せる。

そこへ手を伸ばしかけ、……一番匂いがまともそうなやつに使った痕跡が見えて、手が止まる。



(…………)



――な、ならば花の香りかと思ったが、なにをどうやっても自分の匂いじゃない。

いいいや、柑橘だ。柑橘にしよう。ちょっと人生において選んだことのない匂いだが、今の精神状態でアレと同じ石けんは使えない。死んでも使えない。使ったら死ぬ。


歴戦の戦士、かつてない消去法で生存の道を叩きだす。

なおたかが石けん。ただの石けん。でも肌に直接触れるもの。無理なものは無理。


「……、くそ……」


低く吐き出して、ガルドはもう、さっさと身体と頭を洗った。

ごたごた考えるから面倒なんだ。旅の間洗えなかった身体を洗う。さっぱりする。それが今の最優先事項。絶対そう。


そのままの勢いで、乱暴に湯船につかる。とぷん、と揺れた湯面は、……落ち着いていくたびに、わずかに思考も落ち着かせた。

肩を沈める。足は十分に伸ばせる。

静かに、心を持っていかれるようだった。



(……風呂あがったら、聞いてみるか)



――核が揺れても、お前は死なねぇのか。


(……いい、よな……?護衛だろ、俺……)



ガルドが、眉間に深く皺を寄せる。それに縋るには、もうとっくにおぼつかない足下。

けれどそれに縋る他なくて、……それを考えていないと、さっきまで確かにここに彼がいたという事実が、じわじわと脳の端から浸食してきそうで。


「…………」



目を閉じれば、その姿がすぐに浮かんでくる気がして、ガルドは慌てて湯から立ち上がった。


音も、気配も、体温さえもすぐそばにある気がする。

まずい。……い、イロイロとまずい。


――風呂を上がって身体を拭く間も、心臓の音だけが、やけにうるさかった。






――【護衛、もやもや】

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