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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
交易都市のお目通り

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【それがこの街を守る】

応接室の扉が静かに閉じられた、瞬間――。


それまで緊張で凍っていた空気が一気に解け落ちるように、ラスタールはどさりと応接のソファに沈み込んだ。

顔には疲労が張り付き、その隣では気配を消していた主任書記官の女性が、優雅に紅茶などを飲んでいる。


「……いやはや、冒険者ギルドはすごい人材をお持ちだ」

「……恐縮です。ですが、彼らは私どもでも、ちょっと……」

「ああ、そう見える!」


困ったように答えた女性に、ラスタールも肩を揺らす。

対面には、一切手の付けられなかった紅茶のカップ。すっかりと冷め、湯気などはない。

口にしていた紅茶をかち、と受け皿に戻し、主任書記官が腹の奥からため息をついた。



「……かの軍都クレストンのスタンビートで、南門を防衛したのもあの方です」

「なんだと」

「ヴァルクレッサも、一晩で十体を討伐したとか……」

「十体!そりゃすごい!ははっ、は……」


ラスタールは笑ったが、零れた笑いは乾いていて、その後はもう何も言葉が出てこなかった。

今目の前で、ふたりを見て思った。恐らくその功績は、"無哭"だけのものではない。


あの銀の瞳、確かに微笑んでいた。だが――まるで、自分の存在ごと消し飛ばされるのではないかと、本能が警鐘を鳴らした。


「……ただの旅人ではないだろうな」

「……ルシアンさんのことを言っているのであれば、それを探るのは冒険者ギルドの禁忌となります」


冗談めかして、にこ、と目を細める女性に、ラスタールも苦笑いを返す。そんな恐ろしいこと、頼まれてもしたくない。


「……正直わたくしも、ルシアンさんを直接拝見したのは初めてで」

「ああ……あれは……」

「――ああして、両者とも、他を圧する存在感です。それが、"隣に立っている"のです」

「……は、」


ラスタールが顔を手で覆いながら笑う……だがそれきり。観念の笑いだ。


「わたくしも身に沁みました。あれは決して、干渉せず、詮索せず。ただ、"並んで歩く"その姿を、街の者に見せるだけでいい」


冷めた紅茶を見つめる主任書記官の声は、上品でありながら、どこか釘を刺すような響きを持っていた。

ラスタールも、ゆっくりと頷く。


ああ、いいじゃないか。こちらから何もせずとも、"並んで歩く"だけで、抑止となる。ならば街の観光を楽しんでくれるだけでいい。幸い、この街には飯も物も、舶来品も山のようにある。

――だからせめて、それらが、このレストロワが、彼らを繋ぎ留めてくれればいい。



「……しばらくこの街は安全だなぁ」



楽観的なラスタールのその呟きは、……もはや、せめてもの現実逃避だった。






一方、扉を抜けた廊下。

静けさに満ちたギルドの奥、その廊下を、ギルドホールへ向かって歩くルシアンの足取りは……変わらず静かで、柔らかい。


だがその背に立つガルドには、言葉にならない熱があった。


あの場の全てを支配し、制して、それでも柔和に笑ってみせたその背。

その"格"……のようなものは、今までも散々見せられてきた。だが今回は明確に、一つの意思が滲んでいた。


――『これは私のものだぞ』、と。


だからこそ、何も口を出さなかった。

ガルド自身、その舞台を、鑑賞していたかったのかもしれない。



「……街の、北は」


ぼそりと漏らしたその声に、ルシアンがわずかに、肩越しに目を向ける。その瞳は、もう仮面ではなかった。

気配の鋭さはもうとっくに引いていて、ほんの少し――安心の色が宿っている。


「……北は、職人工房通りだ。南は運輸通りだが、民家が多い。……すんだろ、散歩」


それだけを言い、ガルドはその隣を歩く。

まだざわめくギルドホールを通り、正面の大扉を抜け、二つの影は西部広場へ。

護衛からの散歩のお誘いに、しばし黙ったままだったルシアンも、ひとつ楽しげに笑う。


「うん。ついでに夕食のお店も探しちゃおうか。夜は何が食べたい?」


午後の陽が斜めに差し込む西部広場。

大通りには、まだ行き交う人影が多く、秋の空気がほんのりと肌を撫でていく。

わずかに肩を傾けて覗き込んでくる笑顔は、確かに今も隣にある。それが確かに彼が選んだ立ち位置であるという事実に、ガルドはほんの少し、顎を引くしかない。


「……つって、はしゃいで離れんなよ、ただでさえ人多いんだ」


精一杯の照れ隠しは、護衛としての言い訳で縁取られていく。けれど心の底で、護衛としてだけではない誇らしさが、ゆっくりと滲んでくる。



「ふふ、頼りにしてるよ」


笑う声は、もう何の防壁も意味をなさず、柔らかく耳に届く。


その言葉を受けてしまえば、もう後戻りなどできない。戻るつもりもない。


――ああ、歩幅が合ってきた。


それは、隣にいるのが、当たり前になってきた証拠。

街の喧騒の中、ただ静かに、ふたりの足音だけが揃っていた。






――【それがこの街を守る】

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