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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
交易都市のお目通り

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【無哭殿、ご指名です】


ギルドの重たい扉を引けば、昼下がりの穏やかなざわめきが再び迎えてくれた。


受付前の冒険者たちがちらりと目を向けるが、ふたりの姿を確認してすぐに視線を逸らす。

早くも、静かに、確実に……"無哭と無紋"の存在は、この街でも根付き始めているようだった。


素材買取カウンターに足先を向ければ、窓口には先ほどの職員の姿が。

既に台帳を開いて待機しており、歩み寄ってくるルシアンらの姿を見るなり、立ち上がって軽く頭を下げた。


「お待たせいたしました。査定、すべて終了しております」


そう告げながら手渡してきたのは、査定額がのった紙。ふたりが覗き込めば、それぞれの素材の品質が良かったのか、相場よりもやや高めな値段設定。特に白焔リザードの素材は珍重されるため、こちらの査定額もかなりのものだった。


「火核と鱗甲は組合と職人ギルドのほうへ回します。残りは商業ギルドへ卸し、都度需要に応じて差配となる予定です。……以上でよろしければ、こちらにサインを」


こくり、とひとつ頷き、ルシアンが静かにガルドを見上げる。素材の良し悪しはわかれど、その査定相場については、ルシアンはまだそこまで明るくない。ここでガルドが頷けば、"過不足なし"といった具合。……これも、旅の中で自然と定まった、静かな決まりだった。


しかしガルドの視線は、紙面にはあれど……どこかここにあらずといった様子だった。表情は苦い。

査定人が小さく肩を揺らす。――まさか、納得いただけなかっただろうか。できる限り頑張って、商業ギルドで値段交渉という名の戦いを繰り広げてきた。

だが白焔が超貴重な魔獣で、その火核なんてレアなんてもんじゃないというのも確か。正直ここに関しては、商業ギルドの書記官と一緒に頭を抱えて唸ってきた……のに、"無哭"のお眼鏡には叶わないというのか……!


「……ガルド?」

「ん、ああ」


ルシアンに呼ばれ、ぴくりとガルドが隣を振り返る。振り返った先の視線の置き場が"腰"に行きかけて、――即逸らす。骨盤のあたり。……魔力核の上。

あの一瞬の引き寄せが、"意図的でない"ことは隣の魔術師も理解してくれてはいるだろうが、それでも……。

先ほどから、それだけがガルドの脳内を巡っていた。


「なんだ……ああ、査定な、それでいい」

「うん……?」


不思議そうに首を傾げたルシアンが、カウンターに置かれた書類にサインをひとつ。査定人は肩の力が抜けたように胸を撫でおろしており、報酬袋を取りにすぐに奥へと踵を返す。


ペンを置いたルシアンが、そっと視線を上げる。

その銀の瞳には、ただいつも通りの微笑が浮かんでいるだけ。昼食で腹が膨れて、ほんのわずかに緩んだ笑みがあるだけだ。


まるで命からがらといった様相で報酬袋を差し出した査定人に、訝しげに眉根を寄せたガルドがそれを受け取る。また一つ深く息を吐き、静かに中身を確認したのち、袋を腰のポーチへと収めた。



「街を散策してみようか」

「ああ――」


「――あ、あのっ、」


素材買取のカウンターから踵を返しかけたふたりに、……鋭く声をかけたのは、受付近くにいた書記官風の職員だった。


――ぴた、と一瞬だけギルドホールが止まる。外套を揺らすこともせず、柔和な微笑みで以てして振り返ったルシアンの後ろで、護衛がひどく険しい顔をしている。


「……、はい。我々でしょうか?」

「す、すみません、あの、ガルドさん、に……」


今にも消え入りそうな書記官の声に、ガルドは数ミリ眉を吊りあげた。ルシアンの柔和な表情は、揺るがない。


「彼が何か」

「…………」


優雅ささえあるルシアンの声に、低く睨むガルドの視線に、ギルド内の空気がひやりと落ちていく。

受付嬢が、カウンター内の職員が、じわりと背を伸ばす。肩を引く。まるで咎められているかのような……、……いつかベルミード支部からの通達にあった『無哭と魔術師には触れるな』というあの一文――。それが、今再び脳裏に突きつけられているかのような。


けれど、引くに引けない、事情もあった。



「……その、高ランクの冒険者が……街に滞在中は、その、非常時協力規定を、と……この街の顔役が申しておりまして…」

「…………」


――にこり、と微笑むルシアンの顔は、完全に仮面であった。その下にほのかに混じるのは、拒絶の色。

一歩踏み出そうとしたガルドが、その横顔を見てしまい……口角に、苛立ちよりも先に、ほんの少しの愉悦が浮かんでしまう。


「もっ、もちろん、ガルドさんはルシアンさんとご契約を結んでらっしゃるのは、職員全員がきちんと把握しております!ですが、その、お目通りをしていただく決まり……なの、です……」


書記官の語尾は、もはや泣きそうなほどに細かった。

無哭は怖い。今まで何人の職員が睨まれてきたか。こちらに寄り添ってくれることもない。緊急の討伐依頼などの案件を打診すれば、特大の舌打ちとともに乱雑に依頼書をもぎ取っていくような男だ。

だから、それが護衛業に納まったと聞いて、どこの支部でも"まさか"といった風潮だった。あれの手綱を握れる奴なんて、いるわけがないと。



それが、今、目の前で微笑んでいる。



剣もなく、睨みもなく、ただ微笑んでいる。

何よりあの"無哭"が、微動だにせず黙してその後ろに立っているのが、全ての答えに見えて。



ギルドホールの空気は凍り付いていた。冒険者たちが噂をする声すら聞こえてこない。併設の食堂ですら、冷や水を打ったように徐々に静まり返っていく。

そんな中、ルシアンはしばらく黙っていたが、周囲の張りつめた静寂を断ち切るように、ガルドへ目を向けた。


「まだこの街の美味しいものを全然食べきれていないし、これを断って居心地が悪くなっても困るね、ガルド」

「…………」


見上げてきた銀を、ガルドがじっと見つめ返す。

受けろ、ではない。喧嘩をするぞ、でもない。ならば見てみようか、といった具合か。


まるで散歩にでも誘うかのような口調が、どこをとっても"ルシアン"だった。


「……ああ、わかった」


低く返したガルドの声に、ホールが息を吹き返した感覚があった。ざわめきが戻った、というよりは、呼吸の糸がまた繋がった感覚。ガルドがひとつ、肩を回す。

面倒は面倒だが、ルシアンの意図はわかる。ギルドとの関係性も、この街での立ち位置も、旅の安寧も、必要以上に波風は立てたくないという判断だ。


ただこの柔和な魔術師が、自分の意志では絶対に行かない場所を選んだ、ということも、よくわかっていた。


――だからガルドは、あえて従う。歩み出す足は、ルシアンより半歩先を行く。


「……どこ行きゃいい」

「は、はい、あの、実は、もういらっしゃってまして……!」


臓腑に落ちる無哭の威圧に、書記官はなんとか舌を回して、廊下奥の応接室を手で示す。

そちらに視線を向けたガルドが、ちら、と隣の肩先に目をやって、ひとつため息をついた。


「――案内しろ。長引くようなら、話すまでもねぇ」

「っ、はい!」


鋭く声を上げた書記官が、足をもつれさせるようにして先導を始める。

ルシアンとガルドも一瞬だけ顔を見合わせ、けれども顔色ひとつ変えずに部屋へと向かう。

周囲の冒険者たちはもはや言葉も発せず、ただその背中を見送るだけ。


そこに在るだけであらゆるを圧倒する"無哭"。

その隣で、柔らかくも底の見えない微笑みを浮かべる、"無紋"。


このふたりが、この街の権力者と会うことを選ぶ――ただそれだけで、あらぬ憶測が飛び交う。


ふたりはただ、美味しいご飯のために会うだけ……かもしれないというのに。






――【無哭殿、ご指名です】

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