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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
次の街まで

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【静かな晩に】


他に宿泊客もなく、宿の夜は静かに更けていった。


入浴ののちに供されたメロの料理の腕はなかなかのもので、普段からよく手伝っているのだろうということが伺えた。


人も少ないからと皆で食卓を囲んだ後は、食堂の薪ストーブの前でしばしの団らん。

ルシアンがメロに旅の話をして聞かせ、元商人だったらしいロサも、ガルドと各地の地理や新しい街道の話などをしていた。


やがてロサが見聞きした"綺麗な場所"、"不思議な場所"の話になり、ルシアンが「ほう」「それで」「なるほど」などと食いつき。

それに顔をしかめるガルドを見て、メロが肩を揺らして笑う。


――そんな、穏やかな秋の夜だった。






「では、おやすみなさい」

「はい、ごゆっくり!」



メロとそんな言葉を交わし、ふたりが食堂を後にする。

客室へ歩く淡紫の後ろ姿は、先ほどの団らんの名残があり、穏やかに見える。


「いい宿だね」


後ろの護衛を振り返るでもなく、ぽそりとそう呟いた背中は、笑っているような声だった。

肩にかかったストールも、緩やかに揺れる背中も、夜の廊下を照らす灯りが、そこに落とす柔らかな影も、……すぐ目の前にあるが、手は伸ばさない。


「……ああ」


短く返しつつ、その背を見る。

たった今まで団らんの中にいたというのに、あの肩にはまた、旅の気配が戻っている。


一歩踏み出し、並んで歩きながら、隣に視線を落とす。不思議そうに見上げてきたルシアンも、何気ない様子で歩を進めていた。


「……んで、聞いた場所、全部行く気か」

「ふふ」


肯定とも否定ともとれない笑みに、ガルドが緩く肩をすくめた。もちろん、本当に問いただしているわけではない。行くと言われれば行くし、見たいと言われれば見せるだけだ。


何よりも、今はただ、肌寒い秋の夜を感じている。




部屋へ戻ると、窓越しに月の光が差していた。

小ぶりな窓から見える夜空には、澄んだ星が散らばっている。


先に立ち寄ったあの湖でもこの星空は見えていたはずなのに、なぜ記憶に薄いのか――と、ガルドがふと思ったが……、そうか、隣の男を見ていたのだと腑に落ちてしまって、喉の奥でため息を殺した。


ルシアンが、背中にかけていたストールを外す。

柔らかな布地が静かに椅子の背にかけられ、寝間着の裾を整えながら、緩やかにベッドへ近づく。


ガルドはその間に、部屋のランタンを抑えた。

灯りの加減が柔らかくなると、部屋はぐっと静まり返り、秋の夜の温度が際立ってくる。



(……、そういや、あの明け方、……)


――『あのね、いつか私の』と、……何を言おうとしていたのか。


水の魔獣に断ち切られた言葉は、そういえばどこへ行ってしまったのか。


大事なことだったのかもしれない。何でもないことだったのかもしれない。

私の魔術の。私の旅の。私の故郷の。私の、素性の。

枝葉は無数で、けれど何かは言おうと……、


(……してたん、だろうが)



恐らくもうとっくに忘れているのだろうその続きは、結局聞けないままだ。


だからガルドは、黙って自分のベッドにもぐりこむ。


いつかその続きが零れたら、すぐに拾いに行けるように。






ふとルシアンが目覚めたのは、恐らく未明の頃だった。

夜も明けていない。フクロウも鳴いていない。風は静まっていて、けれども夜の気配は遠ざかり始めていて。


毛布を肩まで引き上げる。

隣のベッドでは、ガルドが寝入っていて、緩く肩が上下している。


「……さむ」


声に出たかどうかの、息のような呟き。"なだめて"をしようかとも思ったが、結局その場しのぎだ。

薄暗い部屋の中、視線を巡らせれば、向こうの棚に護衛のシャツが置かれている。恐らく、明日の着替えなのだろうが……、またあれを借りようか、などと、ベッドの中、ぼんやりとした頭がゆっくり思考する。


けれど、今起き上がって、寒い室温の中、あの棚までアレを取りに行って着るのか。

着てしまえば温かいだろうが、体温がないシャツはきっと冷えている――、そこまで思い至って、そのゆるりとした思考のまま、隣を見た。


介抱のために添い寝をしてきたガルドの体温は、温かかったな、――と。


「…………」


かすかに寝台を軋ませ、毛布を纏ったままルシアンが起き上がる。

隣のベッドの脇に立ち、そうして見下ろす、体温の高い護衛。



(……混ぜてもらおう)


――うん、と一つ頷いて、眠い目を瞬かせながら、その隣に潜り込んだ。

ガルドはわずかに身じろぎをして、しかし目覚めることはせず、そのまま眠りの続きに落ちる。


ルシアンも、そのぬくもりに身を寄せて、再び眠りについた。






――【静かな晩に】

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