【回り道と提案】
数日後、ルシアンとガルドは次の街へと続く街道を歩いていた。
トグ森の薬草群には、わずかだが復活の兆しが見え始めた。
学者たちはまだ原因の究明に奔走していたが、安堵の息を漏らす薬師たちや商人たちが、街の空気を少し穏やかにしていた。
街北西の山岳地帯からは、"赤い雪"が降らなくなった。
半ば遺棄されていた観測所は近々始末の手が入るらしいが、それがいつになるかはまだ未定。国の研究機関も他に優先事項があるらしく、どうやら後回しになりそうだった。
カドゥル周辺から姿を消していた魔獣群も、冒険者や商隊、街道の警備にあたる衛兵隊の証言から、また徐々に姿を現すようになっているらしい。
こちらは嬉しい"回復"ではないものの、元の生態系が戻ってきているという観点、そしてそれを討伐することで生計を立てている冒険者連中からすれば、――胸を撫でおろすというのが現実だった。
――そんなざわめきが、街の喧騒の中に漂っていたが。
まぁ――ふたりにはやはり、知ったことではなかった。
「…………」
「…………」
街道を進んでいく二つの影は、揺らぐことはなく。
後ろを振り返りもしないし、振り返ってももう、裾野の街は輪郭すら見えない。
けれどもカドゥルの街の、あの宿屋の女将は、「いつでも帰っておいで」と笑った。
秋の風が吹く中、街道を登る。
カドゥルの西門を出て、トグ森の外縁を通り、西へ。山や高原を越え、六日程をかけて歩けば、次の街だ。
山越えの道は、しかしながら整備された街道があり、荒れた道のりではない。
峠を越えた先には大きくひらけた高原があり、そこから見渡すこのヨルグ地方西部は、さぞ絶景だろう。
今は秋口。高原を渡る西寄りの風が、この旅路を迎えてくれるのだ。
砂利を踏みしめながら、ガルドが隣をわずかに見下ろす。
柔らかな髪に風を受けているルシアンは――、もうすっかり"旅の顔"だ。
数日前の魔力枯渇による体調不良の名残などどこにもなく、いつものように優雅に、それでいて静かで、まるで水を泳ぐ魚のような足取りであった。
――添い寝……、を、したことに関しては、あれから一切話題に上がっていない。隣の淡紫が気にしている様子すらない。きっとまた、"助けてもらったね"、などと思っているのだろうと……護衛は前を向き直る。
(……まぁ、話題に出されてもな……)
あれは応急処置だった。お前が冷え切っていたから。季節柄、夜は冷えたから。気が付いているような反応はあったから。
夜を通して考えていた言い訳は……、使われずに済むならそれでいい。別に一つも嘘を言ってなどいないが、言えばどこかからボロが出そうで。
そんな胸中はおくびにも出さず、街道脇を眺めながら歩を進めていたガルドが、――ふと目に入った細い山道に歩幅を緩める。
そういえば、この地方は、何年か前に通ったことがあったか。
「……、……」
「……ガルド?どうかしたかい?」
「んん……」
小さく唸りを返しながら、赤い瞳がルシアンを見やった。一拍の間を開け、……今歩いてきた街道を振り返る。
「……昔……、この辺り通ったが、その頃はこの街道なかったな」
「ふぅん……?まだ新しい道なんだね」
同じく後ろを振り返ったルシアンも、ガルドに合わせて立ち止まる。
峠を降りてきた風が、ゆら、と二人分の外套を揺らした。
「…………」
「…………」
「……、……このまま、峠越えれば、高原に出る」
「うん」
また、行く先へ振り向きながらも、ガルドの視線は隣の男の肩先にかかっていて、どこか、柔らかい。
「峠に向かわねぇで、そこの山道入っていっても、次の街には行ける」
「……山道?」
くい、とガルドが顎で示した先に、ルシアンの瞳が向いた。街道脇、雑木林を縫うように、半ば獣道にすらなりかけている山道がみえる。
そのまま視線を巡らせれば、街道沿いにある山へと登っていく道にも見えた。
「何かあるのかい?」
「……コルグ湖っていう……湖は、ある」
ぶっきらぼうなまでに低い呟きに、――ルシアンが、瞬きをひとつ。
だがすぐに目尻に笑みが浮かび、その足取りは自然と細い山道へと向いた。ガルドもまた、そちらへ足先を向ける。
「どんな湖なんだい?」
「……風がねぇ日は、鏡面みたいに凪いだ気がする」
「ふふ、いいね」
木立の隙間に溶けていく、柔らかく笑う声と、どこか満足そうなぼやき。
「回り道だから、……多分二日くらい道程が増えるぞ」
「うん」
「……ちっと道中、魔獣も出るかもな」
「それは……君の出番だね?」
こちらを見ないままの返事に、ガルドの口元だけがわずかに緩む。陽の光が葉の隙間から零れ落ち、淡紫がかかる頬を柔らかく照らしている。
急ぐ旅路でもない。天候が崩れそうな気配もない。高原は――またの機会にでも来ればいい。
遠回りを選んだ足並みは、不思議と揃っていた。
――【回り道と提案】




