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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
カドゥルの赤い雪

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【魔力回復薬】


――いつもと変わらず、静かな夜だった。


ルシアンを抱えたままに、宿屋の自室へ、巨大な影を揺らしてガルドが入る。

その横では女将が扉を開けながら、


「まったくあんたがついていながら!」


と、ガルドを一喝していた。

それを受けたガルドもまた、バツの悪そうな顔をして、けれど両腕に抱いていたルシアンを、ゆっくりと、ベッドへ下ろす。


「……悪かった……」

「連れ帰っただけ立派だ!ったく!」



……何故、女将に謝らなければならないのか……。そう思いつつも、謝罪は何故か口をついていた。

ガルドの肩越しにルシアンを見下ろした彼女は、鋭くひとつだけ息を吐いた後、――ベシ、とガルドの肩に喝を入れる。


「……いてぇ」

「あんたも無茶したんじゃないだろうね!」

「るせぇ、……毛布足してくれ」

「まったくもう!」


ぱたぱたと部屋を出ていく足音を背に、ガルドがベッドの上掛けを引き寄せる。

ぴく、と眉が振れてわずかにまぶたを上げたルシアンは、……その喧騒が聞こえていたようだった。――ふ、と口元に、笑みが宿る。


「……ふふ、……君が、叱られてるね……」

「おう……おめぇは明日だ。俺と女将からな」

「ええ……」


えーじゃねぇ、と、低く声が落ちる。こんな時でも軽口で茶を濁そうとする雇用主については……、ガルドはもう諦めた。


「……着替えは。どうする」

「……ちょっとまだ、動けないから……明日でいいや……」

「…………」


外套や剣帯を外しながら渋面で覗き込む護衛に、ルシアンは笑いながら、軽く手を上げる。

――大丈夫、の仕草だった。


「魔力は、戻ってきてるから……明日の昼には、治るよ」

「……そっかよ……」


がちゃ、と大剣を、壁に立てかける音。ついで、ガルドがポーチから、……使う予定のなかった魔力回復薬を出す。ベルミードで、念のためと買っておいたもの。

ガルドの持ち物から予想外のものが出てきて――ルシアンが、心底微妙な顔をした。


「なん、なんで持ってるんだい……それ……ひどい味なんだよ……?」

「バカが。言ってる場合か」


渋々……、といった形で、ルシアンが手を伸ばしてくる。

渡す際に触れた指先は、氷のように冷たかった。……ギュッ、と、またガルドの眉間に皺が寄る。


水の入ったグラスを渡せば、ルシアンも黙って薬を服用し――、にが、という味の感想は、その表情が何よりも雄弁で。


部屋の扉を叩く音にガルドが答えれば、女将が厚手の毛布を持って入ってくる。

ガルドに毛布を手渡し、ルシアンの傍らにある空になった薬包紙を見て、頷きをひとつ。


「ちゃんと休むんだよ。なんかあったら来な」


最後に落とされた言葉はそれだけで、けれどどこか優しかった。



ばさり、ルシアンの上に、毛布が足される。


「……おい、外套だけ外すぞ」

「んん……」


伸びたガルドの手が、その首元の金具を外した。するりと布を引き抜いて、軽く整えたのちに椅子の背にかける。

もう一度、傍らへ寄る。……意識はあれど、やはり少々鈍い。

先ほど触れた、冷えた指先の温度が、手に残る。



「……つめてぇのは、……魔力枯渇のせいか」

「ん……そう、だね」


返ってきた声は、どうにもか細かった。

安全な宿の中、回復薬を服用し、……うとうとと、その意識が遠のいていく。


「…………暖めりゃ、少しは楽か」

「……ん……」


そう答える瞳は、もう閉じられている。

呼吸は、消えそうなほどに小さい。


「……、くそ」


――がし、とひとつ頭をかいて、横たわるルシアンの隣に、ガルドがゆっくりと身を沈めた。

何も言わず、背中から抱きかかえる。細身の体は、全身が冷えていた。


上掛け布団と、先ほどかけた毛布を手繰り寄せ、ルシアンごとまとめて腕の中に入れる。


(……怒られる筋合いはねーぞ)


そんな文句が脳裏をかすめるが、……言葉にはしなかった。


背中から腕を回し、肩を包む。ぴくりと、ルシアンの身体が反応する。

意識は朦朧としているはずなのに、この接触だけは届いているようで。


「……ガ、……ド……」


曖昧に漏れた声が、喉の奥で震えて……ほんの一瞬、ガルドの胸に刃を突き立てたようだった。――けれど。


「……湯たんぽじゃねぇぞ」

「……ふ……」


笑みがこぼれたような気配に、ガルドもそれ以上は何も言わず、ただ、じっとその背を預かった。


……大丈夫だ、連れ帰った。

薬も飲ませた。毛布もかけた。会話もできる。

明日の昼には治ると言った。



――『君に、叱られるか』


……ああ、全くその通りだな、と……目を閉じる。

後戻りができない場所まで、相手が何なのか黙っていたこともそうだ。

こうして己の限界を超えてまで、それを助けたこともそう。

ぶっ倒れて、"あとは任せた"のように笑ったことも、そう。



「……。……好き勝手しやがる」



低く掠れた声は、ルシアンには届かない。

届いてもきっと、小さく笑うだけ。


それでも、ガルドは抱きしめる手に、少しだけ力を込めた。

冷えた背を、胸の温度で包み込むように。


夜の帳の中、風の音が、遠く低く、唸りながら通り過ぎていった気がした。






――【魔力回復薬】

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