表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
カドゥルの赤い雪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/52

【帰還の腕】


山を背に、山道を下り、穏やかな風の音すら遠のく中。


――ガルドは、一言も発さずに、歩き続けていた。

その足取りは、戦場でのそれよりも慎重で、なにより丁寧で。


腕の中に抱えた存在が、――重い。

体温も、重みも、息遣いも、ずっと共にいたはずなのに、遠い。

……こうして運ぶのは、ベルミードで魔力核が封鎖された時以来、か。


ふとした振動に、首元でルシアンが呻いたような気がして、足を少し緩める。


「……大丈夫か」


ゆっくりと抱え直しつつ、囁くように、けれど声は震えないように、そう聞いた。

わずかに持ち上がった手が、ガルドの胸元に一度だけ触れ……はく、と、何事か呟いている。

耳を近づけるように顔を寄せれば、ふ、と一粒だけ、笑みが聞こえた。


「……こ、かつ……し……」


スッと血の気が引いた気がした。こかつ……枯渇――魔力の、ことか。

笑いながら、何を言っているのか、と。


しかし、ルシアンの体温が、手のひらに伝わる。もう一度胸に抱え直し、力ない上体を引き寄せる。再びその目が閉じられたのは、一瞬意識が浮上しただけだったか。



(……くそ、大剣がなけりゃ……)


――背負えたか。魔力核のある関係上、肩で担ぐのも雑に抱えるのも避けたい。

しかしながら、いくら軽いルシアン相手でも、脱力した人間一人を抱えての下山は負荷が高い。――だが、


(……いや、背負ったら様子が見れねぇ……)


少しの変化も見逃したくはない。ましてや魔力枯渇など、戦士であるガルドには事の重大さがいまいち掴めない。少なくとも、こうしてほぼ失神に近い形で意識をなくすほどだ。

……苛立ちも、焦りも、悲壮もない。ただただ、一瞬たりとも目を離したくない。――怖いだけかもしれなかった。




日は天を回り、峡谷を背に、ガルドはゆるりと立ち止まる。

細く息を吐く。ここからまた斜面を下り、カドゥル北の街道に出て、街へ戻る。

行きはルシアンも歩いていたから、行軍速度自体が遅かった。ガルド一人の足なら、急がずとも夜には街へ着ける。――大丈夫だ。


斜面脇の岩の段差に、ほんの少し腰を下ろす。ルシアンはそのまま自分の脚に座らせ、両腕を少し休める。背も上腕も熱いが、……、まぁ、まだいける。

そのまま、首元の表情を軽く覗き込んだ。

――息はしている。変な汗も、もうかいていない。だが顔色はまだ悪いか。……体温も低い。


(……呼んでみるか……、いや……)


無理に意識を引っ張るのは、違うか……。

さわさわと、森を渡ってきた風が、頭上を通り過ぎていった。

見送らなかったが、あの竜はどこぞへ帰ったのだろうか。これでトグ森の薬草は、また息を吹き返すのだろうか。


それを確かめるつもりなど、毛頭ないが。




淡い旅装の裾を正し、腿の下に手を差し込む。高い位置で上体を抱え、また胸に重みを預かる。

ガルドが再び立ち上がれば、その動きに驚いたのか、草むらに小動物が飛び込んでいった。


「……行くぞ」


呼びかけに返事などないが、ガルドもそれきり黙って歩き出した。抱える腕をわずかに引き寄せただけ。


山道、風がざわりと(こずえ)を揺らしていく。

木漏れ日は、何事もなかったかのようにちらちらと降っている。

ガルドの視線は前を向いていて、耳は懐の気配に向いていて、頭は――コイツが起きたらなんて叱ろうか、と考えていた。


まだ街の輪郭は見えない。

けれど宿まで、あと少し。もうすぐ。すぐだ。



護衛はただただ、それをしっかりと腕に抱き、前へ進み続けていた。






――【帰還の腕】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ