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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
カドゥルの赤い雪

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【風嵐の中心】


目的の地点が近づくにつれ、あれほどに吹き荒れていた風は、治まっていった。

それはまるでここが嵐の中心であるかのようで、遠く背後に渦巻く気流の唸りだけが、こちらに呼び掛けてきているかに思えた。



「……ガルド、歩きながらで、いいから、……聞いてくれるかい」


山道を登るガルドの背後から、そんな声がする。わずかに振り返れば、弱い笑みが見える。声音に、疲労の色もちらついた。


「……なんだ」

「うん……まず、悪い可能性から、教えるよ。あの山間に、何らかの……歪みがあって、そこへ制限なく、魔力が垂れ流しになって、いるか――」


……ふつふつと途切れる言葉は、浅く呼吸を繰り返しているためのものだった。足を止めかけたガルドが、けれど歩みを止めないルシアンに、それをやめる。


「……もしくは、何者かが特殊な機械を……用いて、魔力を吸収、濃縮させて、なにかに利用、しようとしている可能性……」


――コイツは、こんな時でもわかりやすく噛み砕いてくれている、と……ガルドはすぐに理解した。

は、は、とルシアンの呼吸が乱れる。瞬きが多い。微笑みは薄く、明らかに平常ではない。

魔力に疎いガルドでさえ、この一帯の魔力の濃さに悪酔いしかけている。魔術師にはことさらだろう。


それでも、山道を進む足取りは、揺らぐことはなく。


そこまでして見に行く価値のあるものなのか、と……ガルドも制する言葉が出てこない。


「次は、いい可能性……、……いや、さっきのよりは多少マシって、だけだけれども――、たとえば何らかの、魔獣がいて、それが魔力を吸い取っている可能性」


――ぴくり、ガルドが立ち止まり、後ろを振り返る。

討伐か、と言うような視線に、ルシアンはやんわりと笑って首を振った。


「魔獣が魔力を、蓄えるのは、……ひどく消耗してしまった時なんだ。病気とか、大怪我とか、そういうもので……それなら簡単、こちらから魔力を、流して、"整えて"あげればいい」

「…………」


……理解し難いのに、理解できてしまう。睨むように目を細めたガルドの隣に、息を切らしたルシアンが追いついた。

顔色が悪い。冷や汗をかいている。だがやはり、どこか端然としている。背筋を伸ばし、山の一点を見つめる銀の眼差し。


「そもそもね、地脈から流れ出る魔力は、……言わば全開の水門。調節もなにもあったもんじゃない。……だからいつまで経っても、治らないし、苦しむ」

「……ああ」

「でも、彼らには、それ以外に(すべ)がないから、そうするしかない」


再び一歩を踏み出したルシアンにつられ、ガルドもまた顔を前に向ける。

今度は、並んで。確実に、進む。


「……学者か研究者の次は、魔獣の医者か」


零れたガルドの小言に、横合いから小さく笑うような音がした。

まだ、"倒せ"と言われた方が、よほど気が楽だった。だが魔力を流して、調節して、整えて……など、何をどうしても、ガルドの出る幕じゃない。


「こちらから……魔力を流せば、相手の魔力に合わせて、流す量、や、……速さで、体内の魔力のめぐりを、正常に戻してあげられる……。……残る問題は──」


言葉が切れ、一拍。

浅く繰り返される息は、苦しそうだった。

銀の瞳が、ガルドを見上げ、困ったように――そして観念したように、笑う。



「助けを求めて、この規模の魔力災害を起こすなんて、竜種くらいしか……心当たりがないことだね」



ざく――と靴音を鳴らして、今度こそ、ガルドが立ち止まった。

風は吹いていないのに、喉奥から息が漏れた。それに気づいたルシアンも、その場に立ち止まる。



"竜"。



魔獣ではなく、魔物の枠におさめきれず、存在そのものが環境となる。

人の敵ではなく、味方でもなく、ただ彼らの世界を生きるだけの存在。


人間など、脅威とすら思っていない、悠然の種族。


――そこへ。


「……行くってか」

「…………」


にこり――、と笑う顔に、逡巡は見られなかった。

だからガルドも、表情は崩さない。眉間の皺が、ほんのわずかに深まっただけ。


魔術師が、再び山道を歩き出す。

それを見て、ガルドも静かに歩を再開した。


小石を踏みしめる音だけが、あたりに響く。

周囲に生き物の気配はない。魔獣はもちろんのこと、動物も、鳥も、虫さえもいない。


ただ、遠く渦巻く風の唸りと、――目の前で途切れ途切れになる、彼の息遣い。


それが、現実だった。



魔力が濃く、淀んでいる。ガルドですら、頭が痛む。

音が遠く、耳鳴りのような不快感。胃の底から、じわじわと気持ちが悪い。重たい油を、無理やり飲まされている感覚。

これに輪をかけて不調を感じているであろうルシアンが、それでも進んでいくのなら。



――『"吸ってるやつ"なんていたら、とんでもないよ』


「……とんでもねぇやつが、"吸ってた"な」



低く落ちたガルドの軽口に、ルシアンの肩が一度だけ、柔らかく揺れた。

その背に、緩く手を添える。く、と押し上げれば、わずかに振り返った横顔に笑みが見えた。


覚悟はとっくにできている。

どんな相手だろうと、この男の隣にあると決めたのだから。






――【風嵐の中心】

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