【ここでは必要のないもの】
汗と泥を洗い流し、さっぱりとしたガルドが村長の家の戸をくぐれば、場はがやがやと賑わっていた。
村人たちが集い、各々に食事を持ち寄り、並べられた机の上に、湯気の立つ料理が並んでいる。
狩猟で得た獣肉や、山菜、家畜のヤギからとれた乳で作ったチーズなどが、その食卓を彩っていた。
……ぐるりと、赤い視線が広間を見渡し、奥の方で止まる。子どもたちに囲まれたルシアンが、何やら微笑んで話をしていた。
「ああ、ガルドの旦那、お疲れさまです!」
「ん、おう」
すぐ腰元から、共に今日の復旧作業に当たっていた男が、声をかけてくる。
あっちあっちと場の奥の方に通され、用意された席はルシアンのすぐ近く。
「お疲れさま、ガルド」
「……ああ」
のそりと腰かけつつ、短く、それだけ、言葉を交わした。ルシアンを囲んでいた子どもたちが、ガルドを見てぴたりと固まる。
物珍しい、外の人間。大きな大剣を担いでいた冒険者。
穏やかで笑みの絶えぬルシアンと違い、でかい。ごつい。強そう。ちょっとだけ怖い。
じっと見上げてくる子。恥ずかしがって母親の影に隠れる子。ルシアンの後ろから覗き込んでくる子。
ガルドを見る子どもたちの反応は様々だったが、その瞳の輝きから、歓迎されていることだけはわかった。
「ふふ、怖くないですよ」
おずおずとする子どもたちにルシアンがそう笑えば、ガルドも小さく片眉を上げて返事とした。
「なぁに、おっかなくても優しい方だって、昼間みんな見てましたもんなぁ!」
ひとりの若者がそう言えば、周囲からは笑い声が上がる。
「杭打ち、すげぇ速さだったぜぇ!」
「腕、すっごい太いし!」
「ほんと、岩なんか軽々抱えてよう!」
現場でその様を見てきた男衆が口々に語る様子に、ルシアンの肩に寄りかかっていた小さな子が、わずかに口をあけて……ぽつり。
「おっちゃん……つよいの?」
"おっちゃん"……とやや眉尻が上がったガルドに、咄嗟に笑みを耐えながら、ルシアンが柔らかく頷いた。
続けて、子どもの視線の先にいたガルドが、ただ一言だけ。
「ああ」
――それだけで、子どもらの表情がぱあっと晴れた。
「ほ、ほんと!?」
「岩!岩ほんとに持った!?」
「すっげぇ!」
瞬く間に広がる無邪気な声に、ガルドは渋い顔をしながらも肩をすくめる。じわじわと距離を詰めてくる小さな村人たちを、けれど邪険にしないのは、この護衛の性分でもある。
「おじちゃん力持ち!?」
「おい、飯だろ、騒ぐな」
「つよい魔獣にもかてる!?」
勢いの収まらない子どもたちを、母親たちの声がなだめていく。それでも小さな口が止まらないのは、やはり赤い瞳がどこか穏やかなせいだろう。
ゴトリ、湯気の立つひときわ大きな器が、机の上に置かれる。
「さあさ、食べてくださいな!これ、ウサギのスープです!」
「あったかいうちにどうぞ!」
村の女たちが明るい声音で食事を並べていく。木の皿や素焼きの椀に盛られる料理。香ばしい香りが、すでに腹に沁みた。
「秋で山の恵みが豊富な時期でよかったわぁ!」
「ルシアンさんにも、もっとチーズを持ってきますね!」
――大人数で囲む食卓。
同業の冒険者たちでもなければ、年嵩の者から赤ん坊まで区別もなく集い……"無哭"としてのガルドを知り得ない人々。そんな慣れない賑やかさに包まれ、やや居心地が悪そうなガルドが、横目でちらりと隣を見る。
温かな食事とこの空間を前に、小さな子どもに肩を引かれたその表情には、変わらず穏やかな笑みが宿っていた。
――【ここでは必要のないもの】




