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ルシアンの物見遊山 Ⅱ【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
ガルドと村娘の三日間騒動

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3/6

【名もなき、その村、山間に】


日が傾き、山に夕暮れが近づく頃には、村の生活道にはひとまずの道筋が見え始めていた。

土砂の除去は八割がた終わり、仮の通路も小さな荷車が通れるほどに整った。橋の基礎部分も、明日の再建に向けて整地と杭打ちが完了している。


「……ひとまず、今日はここまでだな」

「ありがとうございました……!」


誰からともなく、自然と起こった礼の声。それを背に、ガルドがひとつ首を回し、泥のついた肩を軽くたたいた。

その仕草ひとつにさえ、どこか安心を覚えたのだろう――村の若者たちは、疲れた顔を(ほころ)ばせながら、互いの背を叩き合い、集落への帰路へと向かっていく。その最中(さなか)



「あ、お疲れさまです!」


道の向こうから駆けてきたのは、村の広場に集っていた娘たちのうちの一人だった。

冷たい井戸水を汲んできたのか、桶と布を一緒に抱えている。


「あ、あの、これ、どうぞ……!」


桶を差し出す手はもじ、としていたが、村の男衆にそのねぎらいは一切向かない。清々しいほどの分かりやすさに、男たちが顔を見合わせて肩をすくめた。

ガルドが小さく頷いてその桶を受け取れば、娘はぱっと頬を赤らめてぺこりと頭を下げる。


「……あいつは?」


布に水を含ませ、くしゃ、と片手で絞りつつ、ガルドがそう呟く。ひやりとしたその布で腕から首筋を拭えば、しみ込んだ汗と土埃が流れ落ち、肌に夕風が触れて心地よい。

娘も、ガルドが言う"あいつ"にすぐに見当がついたのか、村への道を歩きながら、にこ、と口角を緩めた。


「はい!さっきまで集会所でおばあちゃんたちと話してましたよ!でも今は……あ、ほら、あそこです!」


歩を進めながらに娘が指さしたのは、集落の中央から少し離れた丘の上の小道。

そこに、柔らかな外套を羽織った淡紫の男が、夕暮れの風を抱きながら立っていた。


穏やかな眼差しで集落を見下ろし、山の稜線に沈む太陽に目を細めている。

その隣には、集落の年長者らしき白髪の男が寄り添い、なにやら静かに語らっている様子だった。



(――あっちは、あっちで……)


……視線を逸らし、水桶の中に手を浸せば、手のひらに水の冷たさがじわりと広がる。

そうか、俺は無意識のうちに、村に残った奴らの対応を、あれに任せていたのか、と――誰に指摘されたわけでもなくそれに気づいて、ガルドの肩が緩く落ちた。


「……こっちは、こっちでやるだけだ」


呟くように、足元に落とすように吐き出した声。

その背に、暮れていく斜面の影が、淡く滲んでいた。




「夕食前に、お湯、用意してありますのでどうぞ!」


広場まで戻り、村の娘に案内されれば、集会所の裏手に湯桶が(しつら)えられていた。

臨時で幕と湯が張られ、湯気が上がっている。ガルドもそちらへ首だけをむけて一瞥し、静かに頷いた。


「……助かる。あいつはもう入ったのか」


"あいつ"ばっかりね、といった具合に、娘がやや苦笑し……そのまま小さく首を振った。


「ルシアンさんにもお勧めしましたが、ガルドさんが入られた後にすると仰ってました」

「……んな律儀な……」


再度丘の上に目を向ければ、夕陽に照らされた姿がふわりと揺れる。

が、すぐにガルドの視線に気づいてこちらを向き、かすかに笑ったような気配がした。


「夕食は村長の家にご準備してますので、汗を流したらいらっしゃってください!大したおもてなしもできませんが、せめて、ごゆっくり!」


ぺこり、と勢い良く頭を下げ、娘が走り去っていった。




「たくましい方ですな」


丘の上、わずかに腰を曲げ、その様子を見ていた村長が、隣で佇むルシアンにそう呟いた。

それを受けたルシアンもひとつ頷き、最後に山並みに目を向けてから集落への道を下る。


狩猟と、畑の収穫と、山の恵み。それだけで自給自足をする、小さな集落。

飾らない暮らし。のびのびとした数頭の家畜たち。

話せば子どもたちは明るく素直で、若い女たちも大切にこの村を守っていた。


「いい村ですね」


忖度(そんたく)のないルシアンの言葉に、村長もまた自慢げにひとつ頷いたが……、ふと足を止めて、そのまましばし村を見下ろす。

小さな灯がひとつ、またひとつと家々に灯り始めている。屋根からは煙がのぼり、夕餉の香りが漂ってきていた。


「……数日前、崩れた道を前に、正直、もう駄目かと思っていたのです。外との行き来が絶たれれば、畑も山も、すぐには回らない。わしらだけでは、どうにもならんかった……」


淡々と語る声音に滲むのは、抑えていた不安と、それを手放せた安堵。ルシアンが軽く頷きながら歩を進めれば、村長もその背に続く。


「だからこそ、お二方がいらっしゃって、……本当に神様かと思いましたわい」

「それはまた大袈裟ですねぇ……神様なら、もう少し優しげな眼をしているでしょう」


誰のことを指したのか、ルシアンの言葉に村長はくつくつと笑みを漏らし、肩を揺らした。道の先、夕餉が支度されている家を手のひらで指し示す。


「大したおもてなしもできませんが、今夜は山菜と獣のスープがございます。塩加減が気に入ってもらえれば良いのですが」

「……大変な時に、お心遣いをありがとうございます」

「いえとんでもない」


ふたりが向かうその先には、灯のともった一軒家。立派とは言えないが、手入れの行き届いた板壁に、炊事の香りが窓から漏れている。

柔らかな笑み、安堵の声、家から零れる人の気配。



それらをどこか、耳の端に引っ掛けながら……、集会所裏手の幕の陰では、急ごしらえの湯桶の脇でガルドが身体の泥を洗っていた。

張られた湯はほどよく熱く、疲れた皮膚に心地よい。


「……後から入るなんざ、気ぃ遣いやがって」


低く零しながら、手拭いを肩にかける。


水面に映る夕空が、静かに揺れていた。






――【名もなき、その村、山間に】

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