【山の暮らしを繋げるために】
突然の外からの旅人に、集落の村人達は総じて驚いたような表情を浮かべていた。
山の生活道が断たれたこの非常事態に、わざわざ訪れた客人……ということにもギョッとするが、双眸鋭い巨躯の戦士と、柔和で中性的な男という奇妙な取り合わせにも眉が寄る。
子どもたちは遠巻きに母親の後ろに隠れ、けれども興味深そうにしていた。
そうしてにわかに硬直する村人たちが状況を飲み込むよりも先に、道案内をしてきた先ほどの男が、急ぎ村長のもとへ駆け寄った。
簡単に事情を説明すれば、やっとのこと、村人たちの目にも希望が宿る。
「復旧を……!?ああ、ありがたい……!!」
「ご滞在には村の集会所をお使いください!ご不便をおかけしますが……!」
ガルドが小さく顎を引き、ルシアンも微笑みを返した。
ふたりが旅の荷を集会所に置いた後は、再度村の広場へ。
動ける男衆が集い、手道具を持ち、ガルドを含めた輪になる。
「ひとまず地盤は平気らしい。今日は応急処置だ。マーキングと除草と整地」
端的なガルドの指示に、男衆が神妙に頷く。
口調は粗野でぶっきらぼうだが、場数の豊富であろう、ギルドの冒険者。それだけで、その発言には説得力があった。
何より、旅の外套を脱いだ、シャツ一枚のその肉体が物語る。
……村人たちから頭ひとつ出た体躯。分厚い身体、デカい背中、太い腕。
袖をまくった前腕には古傷が走り、なんというかもう、"歴戦の戦士"そのもの。それもまた、その説得力に拍車をかけていた。
「整地のあと、余力がありゃあ杭打ちと転圧もしてぇが、無理はすんな。斜面の測定は俺がやる」
「は、はい!」
ハッと男衆が弾けるような返事をして、ガルドが眉を片方だけ吊り上げる。――ちゃんと聞いてたかお前ら、と赤い眼差しが輪の中を巡る。
……ん、汚しちゃ敵わんな、と……左手首の革の腕輪をそうっと外し、懐にしまったりなどしていれば。
「そうだ、流された橋の西側は、ほんの少し地盤が緩んでるから気を付けてね」
村人と何やら話をしていたルシアンが、遠巻きからそう付け足して笑った。
視線だけでそれに頷き、ガルドが再び、男衆を向き直る。
「……だ、そうだ。あれが言うなら違ぇねぇから、気ィつけろよ」
「はい……!」
「あと、俺よりお前らのほうがこの土地に詳しいんだ。何かあれば遠慮しねぇで言え」
最後、付け加えられたそれは命令のようでいて、不器用ながらにどこか歩み寄るよう気配があった。一瞬だけぽかんとした男衆が、……きゅっと口を引き結んで何度も頷く。
「……じゃ、行ってくる」
「うん、気を付けて」
にこりと笑みを湛えたままのルシアンを一瞥して、ガルドは現場へと引き返していった。
すぐさま男衆が後を追い、村の広場にはほんのりと静けさが残る。
「……怖い、方かと……思いましたが……」
呆気、というような表情で、老人や子ども、母親たちが、大きなその背を見送っていた。……とりわけ、村の若い娘たちの視線が、熱い。
山間の小さな集落、村の男たちはみな家族のようなもので、たまに外から来る旅人の珍しさ……ともなれば、仕方のないことか。――どこか面白そうに頬を緩めるルシアンに、控えていた娘が一人、おずおずと声をかけてきた。
「あの、……何とお礼を申し上げたらよいか……」
「いえ、大変でしたね」
ふわりと細まった銀色の笑みに、場の空気が和らいだ。
娘たちの年の頃は十七から二十を少し越えたあたりか、薄布の腰巻に腕をまくった作業着の、自然なままの姿。
そのまま寄り合った村人たちから、一言、また一言と、山間での暮らしや、崩落の夜のこと、村で抱えていた不安について語られる。
それはとりとめもまとまりもない寄合のぼやきだったが、ルシアンはただ微笑を絶やさず、ゆっくりと頷くだけ。
その様子に、年寄りや女たちの声が徐々に柔らかくなっていく。
――気づけば村の広場には、小さな笑い声と子どもたちの姿がいくつも集まり始めていた。
一方、崩落現場では、男たちの影が地を踏んでいた。
「そこ踏むな、崩れる。こっち回れ」
「はい!ガルドさん!」
巨躯の戦士が、山の縁を慎重に測りながら、背後に指示を飛ばしていく。
最初は緊張していた村の男たちも、いつしかその声に即座に反応し、土を払い、根を引き、斜面の補正に奔走している。
陽の高いうちから始まった応急作業は、土埃と汗の匂いにまみれながらも、着実に進んでいるようだった。
倒れかけた木を切り倒し、斜面の土を均し、石を拾っては端に寄せる。
崩れた箇所の縁を白灰で印し、再度崩れぬよう、土嚢を仮に積む。
ガルドは持ち前の体躯と力で、斧を振るい、杭を打ち、土を固めていく。
言葉は少ないが動きは明快で、村の若者たちも、次第に肩を並べるようになっていった。
「ガルドの旦那、杭の位置、こっちでいいですか」
「ああ、もうちょい手前。斜面が締まりきってねぇ」
「は、はい!」
その返事を受けながらガルドは、……時おり頭をもたげて、すんと鼻などを鳴らしてみる。――水の混じらない、土の匂い。
ルシアンの感知ほどではないが、この野性並みの嗅覚は、時にひどく役に立つ。
「……土は落ち着いてる。これ以上の崩落は起きなさそうだな」
それを聞いた男衆もまた互いに顔を見合わせ、驚きながらも安堵の表情を見せた。土砂の撤去にも力がこもる。
「明日は橋脚と足場の再建だな。流された丸太の残り、使えそうなのは何本だ」
「えっと、三本は形が残ってて、あとは……」
若者が答えるそばから、ガルドがそれを聞き取り、次の段取りを頭の中で組み立てていく。
その眼差しはまるで職人のように鋭く、泥だらけの手袋を腰にぶら下げたその姿は、普段の戦士然とした姿とはまた違う頼もしさに満ちていた。
――【山の暮らしを繋げるために】




