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ルシアンの物見遊山 Ⅱ【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
ガルドと村娘の三日間騒動

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1/7

【次の街への、その前に】


それは、あと二日ほどで次の街カドゥルへと到着するという、その街道の途中だった。



峠の手前、山道の分岐路。

素朴な仕事着を身に着けた男が、半ば風化している案内杭の脇に立ち、その先の道を呆然と眺めていた。

ルシアンがガルドと淡く顔を見合わせて歩を進めれば、ふたりに気づいた男はハッとした顔で振り返った。


「あ、旅の方、おふたりはカドゥルへ……?」

「……ええ、そうですね」


柔和な笑みでルシアンが応対すれば、その男はほっとしたように小さく頷く。そうしてゆるりと、分岐路の左側――街道の先を手で示した。


「ああ、でしたらいいんです。カドゥルは街道をこのままあちらへ」

「そちらの道は?」


男が背にした右側の細道に、銀の瞳が流れる。隣の護衛も、特に警戒をするではないが、すん、と鼻をひとつ鳴らしてそちらに視線を向けていた。

山間へ分け入るその小路(こみち)は、カドゥル行きの街道よりも細く、山の奥へ入っていくような細い道。……ぽり、と顎をかいた男が、困ったように笑って薄暗い林の奥を見やった。


「こちらは山間(さんかん)集落への道なんですが、土砂崩れがありまして……危険ですんで、通行止めを」

「……お前は集落のもんか」

「あっ、はい」


低く落とされたガルドの声に、小さな頷きがまたひとつ。


「集落にはたまに外の行商人が来るんで、注意喚起の札を立てに出てきたとこで」


ガルドが首を傾ければ、なるほど確かに、男の後ろにある案内杭に注意文が書かれた布が貼り付けられていた。――"山崩れ、通行不可"。

……とはいえ、集落ならば人の営みもあるだろう。


話を聞けば、十世帯ほどが寄り添う小さな集落で……ここ最近の雨と落雷による土砂崩れで、岩と泥が崩れ落ち、街道と繋がる唯一の生活道を飲み込んだとのことだった。


「馬も荷車も通せねぇ、人一人通るのがやっとで……」


はは、と力無げに男が笑う。村の、若い衆のようだった。

男が眺める右側の山道には、やはり人の気配がない。雨でぬかるんだ土と、斜面から崩れた岩が所々に転がっており、道の体を成していない箇所もあった。


本来であれば、近隣都市……つまりはカドゥルの冒険者ギルドや役所に補修の依頼を出しに行き、それを請け負うような外部の手が入る。

……が、長雨の後はこういった山崩れの被害が多く、それに回される人員も限られている。


――つまりは、より緊急度の高い現場が優先され、後回しにされてしまった、という具合だった。


「明日になったら、村の爺さん連中がまた崩れた道を見に行くって言ってんです。……あんなの、若いのでも足取られるのに……」


緩く眉根を寄せたガルドが、一歩だけ道に踏み入れる。……ざっ、と泥が跳ね、崩れた石がぐらつく。

土留(どど)めも何もない斜面。斜度はそこそこだが、万一転べばすぐに転がり落ちそうだった。


「……生活道ってのは、どこまでだ」


道の向こうを眺めたままぼそりと呟かれた声に、男が小さく目を見張り……少しだけ、希望の混じった声で返す。


「か、川を越えた先です。木橋がかかってたんですが、流されて……。そこを渡れば、村の畑と、山の水場へ行ける道が繋がってて……」


集落と外をつなぐ、唯一の道。そこが絶たれたというのは、集落にとっても当然死活問題で。

語る男の口調は切実だったが、助けを乞うでも、救援を求めるでもない。ただ、事情を知らずに進もうとする旅人への、せめてもの警告だった。


そして、ふたりには、それだけで十分だった。


ガルドが振り返れば、ルシアンが微笑みを浮かべたまま頷き、同じく視線を道の先へと向ける。

交わす言葉はないが、ふたりは静かに街道を逸れ、崩れた山道の先へと歩を進めていった。






崩落地は、思った以上にひどい有様だった。


道の一部が斜面ごと崩落し、地層がむき出しになっている。

川にかかっていたのであろう細い丸太橋は押し流され、かろうじて残った岩場の縁には、崩れかけの木々が斜めに伸びていた。


そのはるか先、山間を巻くようにして、数軒の屋根が見える。――干しかご、板塀、煙の上がる竈、古びた造りの、けれど人の気配のある家々。

小さな生活の痕跡が、静かに、確かにそこにあった。


「……いいか」

「うん、いいよ」


視線も向けずに低く呟いたガルドに、ルシアンもそれだけを返した。

その後ろでは男が、状況を飲み込み切れぬままに、ふたりを見つめている。


ルシアンが一歩前へ進み、――感知魔法を広げる。


ガルドも黙り、それを見つめる。薄く何かが広がる気配と、数秒の静寂。

草と土の香り。木々の根張り。

粘土質の地層。岩石層。土砂崩れの範囲。

地下を流れる水脈。崖から山道、山道から谷までの地盤。


「崩れたのは表層だけだね。地盤は、ちゃんと残ってるよ」

「そうか。復旧に手を出せる村の男手は、何人いる」


肩越しに向けられた赤い眼差しと、その低い問いかけに、不安そうだった男の顔が今度こそパッと晴れた。


「おっ、俺の他に、あと四人は動けます!道具は村のものが……、あっ、ただそんな上等なもんじゃなくて……!」


(せき)を切ったように、男が言葉を返す。けれどそれは訴えではなく、純然たる報告。まっすぐな応答だった。

ガルドが頷く。


「道具、借りる。なんとかなる。だが崩れた箇所の確認と、通路確保が先だ」

「は、はい!道具、村のほうにあります!あの、もしよければ、うちに寄っていただければ……っ!」

「ああ。案内頼む」


ガルドが先を促すように軽く顎をしゃくれば、男は慌てたようにその崩れた道を先導し始めた。男が渡ってきたのか、緩い土の上に木板が数枚、足場のように置かれている。

大柄の身体が、それをぐいと踏みしめながら、わずかに後ろに視線を流す。

――黙って手を差し出せば、自然と添えられる、手。


「……スッ転がんなよ」

「うん、ありがとう」


ふっと柔らかな笑みが落ち、崩れた現場を通り、集落へ。


山風に、斜面の上から小石が転がった。

その音をひとつ後ろに残して、ふたりの旅路は、ひと時の寄り道を始めた。






――【次の街への、その前に】

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