【枯れた薬草】
カドゥルの西門を出て、しばし南下。街道を外れた先にあるトグ森は、薬草の採取地ということもあり、人の手がよく入った森だった。
敷設こそされていないものの、日常的に薬師や錬金術師の出入りがあったのか、よく踏み均された道がある。木々はほどよく間引かれており、森の中は明るく風もよく通る。
木立の奥の方に木柵が建てられており、"保護区につき立ち入り禁止"といった注意書きも見えた。
周辺に、やはり魔獣等の気配はなく、森の生き物たちの息遣いがささやかに聞こえてくる程度。
「……もしかして、ギルドに調査依頼とかあったかな」
ふと思い立ったのか、ぽつりと囁くようにしながら、ルシアンが隣の護衛を見上げた。薬草の森で、枯れる薬草。……ガルドがほんのわずかに眉をしかめて、ついで肩をすくめる。
「……仮にあったとして」
「うん」
「もし解決しようもんなら、さすがに目ェつけられるぞ」
それは――そうだねと、……ルシアンが顎を引く。
この森から取れる薬草は、カドゥルの大きな資源の一つ。噂話を聞いただけでも、薬師たちは事態の解消に向けて東奔西走しているようだし、近隣の都市から物資の援助を受けているようでもある。
表面上は、街は落ち着いている。けれども、これがこのまま続けば、近い未来にガタが来る。
……深く係わる気は、ない。
銀の瞳が森の先へと向く。歩幅を合わせてガルドも進む。
"調査中・採取を禁ず"の真新しい看板が現れ、――その先から、少しだけ景色が変わった。
下草と落ち葉を湛えた地面は、雨が降れば、さぞぬかるんだことだろう。
午後のシンとした森の中、さくさくと乾いた落ち葉を踏む音が二つ、響いていた。
ガルドの先導の下、ルシアンが周囲を見回す。
薬草、木の実、樹木。
森の植生の中でも、とりわけ魔力を多く含む品種が、軒並み枯れて落ち込んでいる。
手近にあった萎びた薬草を1本摘み取り、ルシアンがそれを指先でくるりと回した。
「葉裏にある紫の筋が消えているね。この森への魔力の供給が途絶えているのかもしれない。土と水だけで生きられる品種の植物たちには影響は無いけれど……」
草を踏みながら隣に来たガルドが、同じようにそれを覗き込む。くたりと力なく落ちた薬草。
赤い瞳が、視線を上げる。水分が抜けて落果した木の実。干からびて樹皮が浮いた木。
どれもこれも、魔力素材としてよく採取依頼のある品種だった。
「……魔力、っつのは」
ちち……と小鳥の鳴く音が、木立の間を小さく渡る。短く落ちたガルドの声に、ルシアンも緩く視線を投げた。
「んな……ほいほい、あちこち滲んでるもんなのか」
「……、……今までだと、セレス西の泉、星花の盆地と、セレフィーネ近海、アウルグレイ前の泉、星見の湯、星屑の湖と、エダの森だね」
「……そりゃ多いのか」
ぎゅ、と眉根に皺が寄った護衛に、ルシアンは眉を下げて笑いながら首を振った。
「ふふ、私たちがそういった場所にばかり行っているだけだよ」
なるほど、とでもいうかのように、ガルドがひとつ頷く。
――よう旅をしてきたもんだ、とも、頭の隅の方で思った。
「規模の大小はあれど、魔力が豊富な地は多くはないよ。ただし希少というわけでもない。大抵は、地脈や支流に近いか、一時的に自然発生したか。本当はもっと豊富にあって、私たち人間が気づかないだけかもしれない」
再び歩き出しながら、ルシアンの視線がどことも無い周囲を見回している。その眼差しはまるで、目に見えない手がかりを追っているかのようで。
「……ここは、あれか、……支流……の、出口だかってやつ」
「……ううん……」
ぽつぽつと記憶を辿りながらのガルドの問いに、ルシアンもまた、低く唸りを返した。靴先が、今にもひび割れそうなほどにカラになった落ち葉に、触れる。
その瞳が、足元、その落ち葉よりもずっと奥深くを……見つめる。
「ここは支流の出口というよりかは、地脈が地上付近を流れているようだね。支流の出口よりも、安定して魔力に満たされているはず……」
「…………」
「エダの森とは分岐が違う……なのにあちらもこちらも魔力が途絶えているのは何故か……仮に魔力そのものが枯れたとあれば、この程度では済まない……、とすれば、どこか別の場所へ流れているのか……」
口の中で転がすように呟きながら、ルシアンが一歩踏み出す。外套が、揺れる。
ガルドがその横顔を見やれば、口元にあてがわれた手。――思考に落ちている。
ため息を、一つ。
「……前見て歩けよ」
それだけを言い、当然のようにその背に追従する。
トレントの死骸がある山道へは、この森を抜ける必要があった。
「被害の様相からみて半月か……いや、ひと月は前からこの状態にある……?」
「……聞こえてねぇな、こりゃ」
半分呆れたようにぼやかれた護衛の声に、森の小動物が草むらへ飛び込んでいった。
かさ、かさと足元の落ち葉が鳴る。緩やかなルシアンの歩幅に合わせつつ、足元の根や起伏にさりげなく目を配る。
時折、腕を伸ばして枝を避け、茂みを押しのける。
風はなく、森は静かだ。けれど、魔力が抜けた植物たちが、まるで森ごと息をひそめているかのようにも感じられる。
道なき道を踏み進みながら、横合いから聞こえてくるルシアンの呟きに耳を傾ける。断片的な言葉、見たことのある現象と照合するような単語。
だがその内容の半分以上は、ガルドには理解できない。
それでも、ガルドは止めなかった。好奇の色に満ちた目を――止める理由が、なかった。
枯れた薬草。干からびた木の実。
地脈があるはずの土地で、それらが魔力を失っているという異常。
明確な"障害"がいるならまだしも、目に見えないことなどガルドにはわからない。……から、今はただ、隣の思考を守るだけだ。
やがて、森の奥にうっすらと陽の差す斜面が見えてきた。
乾いた音を残しながら、落ち葉の傾斜を登る。
「……この先、右だ」
ガルドが指差したのは、山道へと続く細い獣道だった。
風に押されて、わずかに枯れ枝が揺れる。そちらに顔を向けたルシアンもまた、小さく頷く。
「……んで?魔力が別に流れてる、ってんなら、どこか"吸ってるやつ"がいるってことか?」
低く投げられたその問いは、半ば願望のようなものだったかもしれない。
対象がいるならば、自分の出る幕だ。そしてそれが、一番手っ取り早い。
「ううん、わからないね」
返ってきたあっけらかんとした声に、ややガルドの肩が下がる。やれやれと諦めの滲む眼差しは、ルシアンを一瞥しただけだった。
「それに……ふふ、"吸ってるやつ"なんていたら、とんでもないよ」
「……そんなもんか」
柔らかに笑うふたりの背に、風がふっと当たった。
枯れた葉が、ひとつ、舞い落ちた。
――【枯れた薬草】




