表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
カドゥルの赤い雪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/49

【枯れた薬草】


カドゥルの西門を出て、しばし南下。街道を外れた先にあるトグ森は、薬草の採取地ということもあり、人の手がよく入った森だった。

敷設こそされていないものの、日常的に薬師や錬金術師の出入りがあったのか、よく踏み均された道がある。木々はほどよく間引かれており、森の中は明るく風もよく通る。

木立の奥の方に木柵が建てられており、"保護区につき立ち入り禁止"といった注意書きも見えた。


周辺に、やはり魔獣等の気配はなく、森の生き物たちの息遣いがささやかに聞こえてくる程度。


「……もしかして、ギルドに調査依頼とかあったかな」


ふと思い立ったのか、ぽつりと囁くようにしながら、ルシアンが隣の護衛を見上げた。薬草の森で、枯れる薬草。……ガルドがほんのわずかに眉をしかめて、ついで肩をすくめる。


「……仮にあったとして」

「うん」

「もし解決しようもんなら、さすがに目ェつけられるぞ」


それは――そうだねと、……ルシアンが顎を引く。

この森から取れる薬草は、カドゥルの大きな資源の一つ。噂話を聞いただけでも、薬師たちは事態の解消に向けて東奔西走しているようだし、近隣の都市から物資の援助を受けているようでもある。

表面上は、街は落ち着いている。けれども、これがこのまま続けば、近い未来にガタが来る。


……深く係わる気は、ない。



銀の瞳が森の先へと向く。歩幅を合わせてガルドも進む。

"調査中・採取を禁ず"の真新しい看板が現れ、――その先から、少しだけ景色が変わった。




下草と落ち葉を湛えた地面は、雨が降れば、さぞぬかるんだことだろう。

午後のシンとした森の中、さくさくと乾いた落ち葉を踏む音が二つ、響いていた。


ガルドの先導の下、ルシアンが周囲を見回す。

薬草、木の実、樹木。

森の植生の中でも、とりわけ魔力を多く含む品種が、軒並み枯れて落ち込んでいる。


手近にあった萎びた薬草を1本摘み取り、ルシアンがそれを指先でくるりと回した。


「葉裏にある紫の筋が消えているね。この森への魔力の供給が途絶えているのかもしれない。土と水だけで生きられる品種の植物たちには影響は無いけれど……」


草を踏みながら隣に来たガルドが、同じようにそれを覗き込む。くたりと力なく落ちた薬草。

赤い瞳が、視線を上げる。水分が抜けて落果した木の実。干からびて樹皮が浮いた木。

どれもこれも、魔力素材としてよく採取依頼のある品種だった。


「……魔力、っつのは」


ちち……と小鳥の鳴く音が、木立の間を小さく渡る。短く落ちたガルドの声に、ルシアンも緩く視線を投げた。


「んな……ほいほい、あちこち滲んでるもんなのか」

「……、……今までだと、セレス西の泉、星花の盆地と、セレフィーネ近海、アウルグレイ前の泉、星見の湯、星屑の湖と、エダの森だね」

「……そりゃ多いのか」


ぎゅ、と眉根に皺が寄った護衛に、ルシアンは眉を下げて笑いながら首を振った。


「ふふ、私たちがそういった場所にばかり行っているだけだよ」


なるほど、とでもいうかのように、ガルドがひとつ頷く。

――よう旅をしてきたもんだ、とも、頭の隅の方で思った。


「規模の大小はあれど、魔力が豊富な地は多くはないよ。ただし希少というわけでもない。大抵は、地脈や支流に近いか、一時的に自然発生したか。本当はもっと豊富にあって、私たち人間が気づかないだけかもしれない」


再び歩き出しながら、ルシアンの視線がどことも無い周囲を見回している。その眼差しはまるで、目に見えない手がかりを追っているかのようで。


「……ここは、あれか、……支流……の、出口だかってやつ」

「……ううん……」


ぽつぽつと記憶を辿りながらのガルドの問いに、ルシアンもまた、低く唸りを返した。靴先が、今にもひび割れそうなほどにカラになった落ち葉に、触れる。

その瞳が、足元、その落ち葉よりもずっと奥深くを……見つめる。


「ここは支流の出口というよりかは、地脈が地上付近を流れているようだね。支流の出口よりも、安定して魔力に満たされているはず……」

「…………」

「エダの森とは分岐が違う……なのにあちらもこちらも魔力が途絶えているのは何故か……仮に魔力そのものが枯れたとあれば、この程度では済まない……、とすれば、どこか別の場所へ流れているのか……」


口の中で転がすように呟きながら、ルシアンが一歩踏み出す。外套が、揺れる。

ガルドがその横顔を見やれば、口元にあてがわれた手。――思考に落ちている。

ため息を、一つ。


「……前見て歩けよ」


それだけを言い、当然のようにその背に追従する。

トレントの死骸がある山道へは、この森を抜ける必要があった。


「被害の様相からみて半月か……いや、ひと月は前からこの状態にある……?」

「……聞こえてねぇな、こりゃ」


半分呆れたようにぼやかれた護衛の声に、森の小動物が草むらへ飛び込んでいった。

かさ、かさと足元の落ち葉が鳴る。緩やかなルシアンの歩幅に合わせつつ、足元の根や起伏にさりげなく目を配る。

時折、腕を伸ばして枝を避け、茂みを押しのける。


風はなく、森は静かだ。けれど、魔力が抜けた植物たちが、まるで森ごと息をひそめているかのようにも感じられる。


道なき道を踏み進みながら、横合いから聞こえてくるルシアンの呟きに耳を傾ける。断片的な言葉、見たことのある現象と照合するような単語。

だがその内容の半分以上は、ガルドには理解できない。


それでも、ガルドは止めなかった。好奇の色に満ちた目を――止める理由が、なかった。


枯れた薬草。干からびた木の実。

地脈があるはずの土地で、それらが魔力を失っているという異常。

明確な"障害"がいるならまだしも、目に見えないことなどガルドにはわからない。……から、今はただ、隣の思考を守るだけだ。


やがて、森の奥にうっすらと陽の差す斜面が見えてきた。

乾いた音を残しながら、落ち葉の傾斜を登る。


「……この先、右だ」


ガルドが指差したのは、山道へと続く細い獣道だった。

風に押されて、わずかに枯れ枝が揺れる。そちらに顔を向けたルシアンもまた、小さく頷く。


「……んで?魔力が別に流れてる、ってんなら、どこか"吸ってるやつ"がいるってことか?」


低く投げられたその問いは、半ば願望のようなものだったかもしれない。

対象がいるならば、自分の出る幕だ。そしてそれが、一番手っ取り早い。


「ううん、わからないね」


返ってきたあっけらかんとした声に、ややガルドの肩が下がる。やれやれと諦めの滲む眼差しは、ルシアンを一瞥しただけだった。


「それに……ふふ、"吸ってるやつ"なんていたら、とんでもないよ」

「……そんなもんか」


柔らかに笑うふたりの背に、風がふっと当たった。

枯れた葉が、ひとつ、舞い落ちた。






――【枯れた薬草】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ