【ギルド食堂の視線】
冒険者ギルドは、基本的にどの支部でも内部構造が似通っている。
入り口大扉を開けばギルドホール。ホール奥には受付カウンター。その右手にはギルド併設の食堂兼酒場。
多少の規模や造りの違いはあれど、それは大体どの拠点においても変わらない。
――そこで、昼飯を食べてみたい、と。
雇用主から軽やかな声色で提案されたそれに二つ返事で了承したことを、ガルドは後悔していた。
冒険者ギルドの食堂。――とくれば、当然周りは冒険者だらけ。
ちらちらとこちらへ視線を向ける者もあれば、熱心に手元の依頼書を覗き込む者たちもいる。
騒がしく食事をする者たちもいれば、飯を食いながら次の道程の確認をする者もいる。
今日の仕事は終わったのか、昼から酒盛りをする者もちらほら。
そんな喧騒の中でも、ルシアンは相変わらず、優雅に食事をとっていた。
注文した肉の盛り合わせ、蒸かした芋、温野菜やスープなどを丁寧な所作で切り分け――冒険者連中の視線があるというのに、普段通り、何を気にするでもなく、食べきれない分をガルドに押し付けてくる。
「えっ……」
「……な、あれ」
「うん……」
……周囲から、驚きともなんともとれない小さな声が上がる。
ガルドの斜向かいの席では、若い冒険者が肘で仲間を小突きながら、こそこそと何かを囁いている。
さらに別の卓では、すでに昼酒で顔を赤くした男たちが、指先でこちらの皿を示していた。
「今……分けたわよね?あの魔術師、無哭に……」
「いや飯の分け合いは別にするだろ……」
「ちげぇって、無哭にそんなんできねぇだろ……」
さわり、ひそり。
聞こえるか聞こえないかの声量で、そんな言葉が食堂のあちこちを走り抜けていく。
一見不躾なそれは――だがまぁ、仕方のないことでもあった。
気に入った依頼しか受けないという"無哭のガルド"。人嫌いで他者と慣れ合わず、依頼人が権力者だろうと貴族だろうと関係なし。よほど高い金を積めば動くが、それにより手駒にできるわけではない、まさに一匹狼の戦士。
その無哭が唯一そばに置いているという魔術師。素性も知れず、常に柔和に微笑み、けれど誰も寄せ付けず。あの無哭の隣にあっても眉一つ動かさず、その場の空気を凪いでいく。
まったくどうして、謎だらけの二人組。いつも一緒にいて、依頼だけを受けてギルドから去っていくらしい。
他の冒険者と係わりあうこともせず、どんな関係性なのかも憶測の域を出ない、そんなふたりが。
今、ギルドの食堂で、向かい合って飯を食っているのだから。
魔術師が無哭に脅されて、旅に同伴しているという噂もある。
雇用主と護衛だという噂もある。
男女のような、親密な仲だという噂もある。
獣が仕える主を見つけたという噂もある。
だがそのどれ一つとして真相は定かではなく、当然本人たちからは語られない。誰も聞けない。
まるでその一角だけが切り取られたかのように、空気が違っていた。
「どうしたんだい、怖い顔をして」
ぽつりと落ちたルシアンの笑みに、ガルドが視線を向け、いつものように渋面をする。食堂内にひと回し、睨みでも投げようかというところ、だったが……、……すぐにやめた。
どうせ、囁かれる不躾な声は、この柔和な笑みを揺らがせることもできない。
そして――そう考えただけで、胸の内に確かな余裕を感じてしまうのもまた、現実で。
護衛の手元には、多めに盛られた肉の皿と、まだ湯気の立つスープ。
向かいの席には、「多かった?」の眼差しで小首を傾げる魔術師。
ただ静かに笑んでいるその瞳は、ひそひそと重ねられる囁きなど、まるで聞く価値もないかのようで。
「……あの無も――魔術師といると、無哭静かなんだよなぁ……」
「魔術師のほうが、手綱握ってるって話もあったよな……」
「いや逆に、無哭に"飼われてる"んじゃね?」
それらはどれも真実から遠く、どれもそれなりに近そうで。
しかし結局のところ、誰も彼らを知らないのだ。
視線がまた集まる。誰も近づこうとはしないがしかし、目を逸らすには惜しい光景。
昼の陽に照らされた窓辺、淡々と食事をするだけの時間に、誰も割って入ることができない。
ふ、とルシアンが頬を緩めれば、ガルドはまた諦めたように肩を落とし。
「……無哭、負けてんじゃね?」
――誰かがぽつりと呟いた声は、誰にも拾われずに消えた。
――【ギルド食堂の視線】




