表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
名もない者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/42

【そこまで】


そんな中――ガルドが書庫の様子を見に行ったのは、昼前のこと。


二階の廊下を進む途中から耳に届いていた、人のざわめき。

普段は静かなはずの奥の書庫から、かすかな騒がしさが漏れている。



(――まぁ、……だろうな)


特に驚くでもない。食堂で暇をつぶしていた最中も、囁かれる噂は耳に入っていた。

無哭の仲間が書庫にいるだの、無紋に本を紹介してもらっただの。


ごつりと木の床を鳴らし、書庫に足を踏み入れた瞬間、職員ではない面々の視線が一斉にこちらに流れる。

気圧されて目を逸らす者、気まずそうに本を戻す者、普段本など読まなさそうな者まで。


その視線をものともせず、奥のカウンターを見やれば――ああ、いた。淡紫の魔術師が、書物の山に囲まれながら、楽しげに仕事をしている。


本来なら職員がやるのであろう帳簿整理を引き受け、利用者の質問にも的確に答え、時折、古文書のほこりを柔らかい刷毛で払っている。

欠損部分を見つけては記録をし、ギルドの標準書式で整然としたリストも作っている。


「……いややりすぎだろ……」


まるきり生き生きと働いている雇用主に小さくぼやいて、ガルドは壁際に寄りかかった。

ふとこちらを向いた銀の視線と、一瞬だけ目が合う。


――にこりと、いつもの笑み。

だからといって手を止めるでもなく、眼差しはすぐに手元に戻っていく。そこへ寄る人波は、入れ代わり立ち代わり。


「あの、すみません、個体技能論の序説を探しているんですが――」

「アストリオ氏の論文でしょうか。七番棚の下段にありますよ」


「あー、失礼、種族ごとの補助魔法の適用差は、どの文献が詳しいだろうか」

「はい、種族生態学の分類棚に各種族ごとの目録がございます」


すぐに戻る声、すぐに返される答え。

少しでも長く会話ができれば――と練られたであろう利用者の質問が、軽やかにいなされていく。去る背中たちは、少々肩が下がっているようにも見える。



(…………)


あの柔らかさの下に、どれだけ詰め込んでいるのだろう。ガルドは、肩を壁に預けたまま、腕を組んだ。

ここまで徹底して隙がない姿を見ると、いっそ可笑しくなってくる。


(……そいつ服どろぼうだぞ)


……ガルドの眉が片方上がる。ゆっくりと息を吐いたのは、口角を引き締めるため。

この場所で、あの魔術師は、誰よりも"無害"で、"有能"で、そして、"遠い"。


今朝は護衛の服に埋もれていたのに。


「…………」


ひとの服を手をかけるアレは、無害どころじゃないし、有能でもないし、何より……近い……。

――ガルドは、一人静かに、……あの服明日も置いとこうと……、……そう、思った。




さて、人が集えば噂話も集うもので。


カウンターに腰かけ、すらすらとペンを滑らせるルシアンの前には、やはり冒険者の姿があった。


「すみません、トレントが枯れた前例資料をさがしているんですが」

「魔獣図鑑はありますが、お求めの資料は記載がありませんでした」


「あの、種類問わず薬草が枯れる場合の研究書は……?」

「書棚はあちらですが、先ほど他の方が借りられてしまいましたね」


「トレントが結晶化することってあるんですか?」

「はい、魔獣図鑑はあちら、二番棚です。が、結晶化の項目はなかったかと」


「気象天候に関する文献を……赤い雪に関して調べたくて……」

「赤い雪、ですか……文献は入り口近くの書棚にありますよ」


それらは全て、違う人物からの質問だったが――同じようなことを聞いてくる利用者が、この他にも何名もいた。

ルシアンもその都度丁寧に受け答えこそしていたものの、いつのころからか、その柔和な笑みの底に、ふつふつと好奇の色が湧き始める。


――まずい、とガルドは思った。

枯れた薬草、トレント、赤い雪。ひっかかってしまいそうだ、あの琴線に。


壁にある時計を見れば、もうすぐ昼を回る。

書庫の整理は、素人目に見ても終わりかけている。

職員も、満足げな顔をしている。ならば、もう用はないだろう。



「おい、仕舞いだ」


低くガルドが呼びかければ、今もまたルシアンに声をかけようとしていた冒険者が、小さく肩を揺らして一歩後ずさった。

顔を上げ、書庫の奥からこちらを振り返ったルシアンも、一拍の間をおいて頷き、軽やかに腰を上げる。


帳簿を伏せ、手袋を外し。

椅子を引く音も優雅に、微笑を崩さぬまま、職員に小さく会釈をする。

手早く整頓された机まわり、使い終えた書類の束。

置きっぱなしの物はひとつもない。職員が感無量といった様子で、過不足なく一礼をしている。


す、とルシアンが一歩踏み出せば、書庫の空気がわずかに張る。書庫整理の臨時係員の顔はもうない。

今は、ただ、無哭の相棒。無哭の仲間の魔術師。――"無紋"。


「迎え、ありがとうね」

「…………」


ガルドの面前に歩み寄った表情は穏やかだが、確かに、目元にわずかな"物足りなさ"が残っていた。

護衛の眉間に皺が寄る。そのまま並んで廊下を歩き出す。名残惜しそうに見送る冒険者たちと、書庫職員を……ふたりが振り返ることはない。



――あれ以上、滞在させていたら……。ガルドが隣の淡紫を、目の端で見下ろす。

赤い雪、トレントの結晶化、枯れる薬草。八方から集まる声に、手を止めずにいられるはずがない。


そして、興味を持ってしまったルシアンは、歯止めが利かなくなる。



「ガルド」

「ん」


――呼ばれ、どきりと肩を揺らせば、ルシアンは何事もないように階段の手すりに手をかけるだけで。


「私、ギルドの食堂を使ったことがないんだ。食べてみたいな」

「……ああ。いいが、食いで重視の野郎飯だぞ」

「ふふ、いいね」


階段を降りる動きに合わせて、淡紫が規則的に揺れる。

それを追いながら、ガルドも肩をわずかに落とした。


(……ギリギリ、だな)


気づかれぬほどの、ため息をひとつ。……昼食へと向かうその歩調は、どこか張り詰めたものだった。






――【そこまで】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ