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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
護衛、大忙し

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19/30

【頼れる護衛】


カドゥルの北門から北東方面、森までの野道を歩きながら、ルシアンはガルドの後ろを追従していた。

巨躯の護衛が周囲に警戒を張ってはいるが、魔獣の姿は少なく、野生動物がちらほらと姿を見せる程度。

近辺に不穏な気配などもなく、背に吹く秋の風が一陣、緩やかにふたりの外套を揺らしていく。



「この先、細い川渡るぞ」

「……うん」


肩越しの視線に応えるルシアンの歩みは、どこか重かった。


昨夜(ゆうべ)は、ああは言ったものの、……正直なところ、迷いがうまれてしまった。この先へ行くことに。


美しく綺麗なものは……何としてでも見たい。

けれど"万が一"があれば――、ルシアンにとっての"見せなくていいもの"を、この護衛の男に見せてしまうような気も、する。

きっと、行きたくないと言えば、彼は何も聞かず、何も立ち入らず、すぐにでも街へ引き返す。


「…………」


だが果たしていつまでそれに甘んじていいのだろうかという、小さな本音。


――じわり、わずかに振り返る。街の影は、もう見えない。

風は涼しく、木々は心地よさそうにざわめいている。けれどその静けさの中で、自分の足音だけが妙に浮いて聞こえる気がする。


前を歩くガルドの足取りは、ひとつも変わらず力強く、不安も迷いもない者のそれ。

ルシアンが黙っていても、何も言わずとも――彼は進む。

それが、余計に苦しかった。



(……どうしようね、去られたら)


行きついたそれは、弱音ではない。

ただ、旅に必要のなかった部分に、彼を巻き込んで、自ら踏み込もうとしていることに気づいてしまっただけだ。

けれど、いつかの夜、彼が言ったのだ。

「好き勝手しろ」「ついてく」と。

――そして、いつか思い出す景色の中にはもう、あの背中もきっとある。


(……うん)


ふと、ルシアンの表情が緩む。

迷いが、ほんのわずか和らいだ気がした。


前方を歩いていたガルドが、ふと立ち止まり……後ろを振り返ることなく、低く言う。


「……川、渡ったら、森だ」


声色は、まるで、背後の揺らぎに気づいていたかのように――しかしその背中が、変わらずまっすぐに前を向いていて、ルシアンは静かに顔を上げた。

同じく立ち止まり、――返事は、出てこない。


だが、やがて。


「……ねぇ、ガルド」


ゆらり、銀糸の外套を揺らしながら、巨躯の隣に並び立つ。視線は向こうの川に。遠景に、うっすらと森の輪郭が見えている。

赤い瞳が、黙して見下ろしてくる気配を感じる。どうした、と、その視線だけが返事になった。


「……――私はね、君の……"無哭"の過去を、わざわざ掘り返すつもりもないし、同時に私の過去も、わざわざ伝える必要はないと思っている」

「……ああ」


さくり、どちらともなく野道を踏み出す、巨躯の戦士と、優雅な魔術師。

相容れぬように見えて、それでも不思議と足並みはそろっていた。


「あの森に危険なことはない。迷った人も、結局は無事に出てきている。もし迷っても、少しの間、森に囚われるだけ。……でも、」


穏やかな声音と、恐れも心配もない笑顔。けれど、少しの躊躇だけがあった。


「万が一のことがあれば……なんというか、ガルドに、お前なんなんだって思われるかもしれないし、まぁお前だからなって呆れられるかもしれない。――そんな私を、君に見せるのが、少し怖い」

「…………」


……じわり、ガルドの視線が、また隣に落ちる。……"万が一"――それは恐らく、囚われてしまう未来のことか。

歩みは止まらないが、「今さらかな」と笑うその顔は、ほんの少しだけ、遠かった。

――だから。


ガルドは、返事をしなかった。


ただ……ルシアンのその言葉を、黙って最後まで聞いていた。

目を伏せるでもなく、軽く笑うでもなく……真正面から、そのかすかな躊躇いごと、受け止めるように。


ただ……決して見逃すことのないように。

沈黙のまま、その護衛は進む。気持ち、半歩だけ隣へ寄りながら。


「……今さらだな」


ひとつだけ落とした言葉は、思いのほか穏やかだった。からかいも、文句も、探りも、呆れも、何もない。それ以上何かを足すこともなかったが、それ以上を言うつもりもない。


ルシアンが、わずかに瞠目(どうもく)する。並ぶ肩がほんの少し、緊張から緩む。



それきり、まるで何もなかったかのように、二つの影は、森へと差しかかっていた。

――ほう、と森の外縁をひとつ眺めたルシアンが、隣の護衛を見上げて視線を交わし――やがていつもの笑みを浮かべて、また静かに歩を進めた。


森が、ふたりを包む。

昼の光を帯びた、柔らかな緑の中へ。






――【頼れる護衛】

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