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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
護衛、大忙し

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18/27

【木の実と軽口】


そのまま街の散策をし、夕食は宿の食堂で済ませ、――その、夜。


ガルドが入浴を終えて部屋へ戻ると、先に寝る支度をしていたルシアンが、ベッドに腰かけて手帳を広げていた。

秋の気配で夜はもう肌寒く、寝間着の上に薄手のストールを羽織っている。


その妙に整った男が、戻ってきたガルドをちらりと見て、微笑む。


「宿のお風呂、熱かったね。のぼせてしまうかと思ったよ」

「……ああ。湯冷めすんなよ……」


ぶっきらぼうに言い、護衛はそれとなく目を逸らした。

――今日は、"別室"という逃げ場がない。……それを選んだのは間違いなく自分なのだがしかし、……別室であれば、「じゃあな」と部屋を出て、それで"護衛"が終了だ。だからこそ、わからない。


(……なんの顔して……いりゃいいんだ……?)


もうひとつのベッドに腰かけるのも変な気がして、……テーブルの脇にある椅子に身を落ち着ける。


ベッド。ルシアン。窓。カンテラ。どうにも視線が定まらない。

旅装の荷物。たたまれた腰装備。――には、さすがにもう、少ししか動揺しない。

壁際の棚の上、露店で買った、薄緑の小粒の果物。


「……それ、痛むの早ぇぞ」


ぼそり、自然と口に出ていた。目線だけで、その果実を見ている。

手帳に視線を落としていたルシアンも顔を上げて、同じく棚上のそれを見とめ、にわかに目を丸めた。


「おや、そうなのかい?じゃあ食べてしまわないとね」


立ち上がる仕草に、きし、とベッドが鳴る。

静かな足音が部屋の中を渡り、果物を手に取り、ガルドの座るテーブルへ。小さく椅子を引き、正面に腰かける。


「クラヤの実だっけ。君、食べたことあるのかい?」

「ん、……ああ、……熟すと酸っぺぇ」

「ふふ、露店の店主さんもそう言ってたよ」


ころりと、ガルドの前にもその実が置かれる。一粒手に取り、鼻先に持っていく。背の高い木に生る木の実で、やや硬めの殻に覆われていて香りはない。

けれど、指先に力をこめればピシ、とひびが入り、間から覗いた果肉は白く艶やかだ。


「……店主さん、硬いからナイフで切れって言っていたよ……?」

「…………」


呟いたルシアンに、ふん、と小さくガルドが鼻を鳴らす。そう言われても、割れてしまうのだから仕方ない。

殻を割った実をルシアンに渡せば、じゃあこっちもというように、おかわりの実が手渡される。

ぱきり、ぴしり、指先でいくつか割っていくその正面で、果肉を一口含んで、なるほど、というように頷く淡紫。


「うん……かなり酸味が強いけど、美味しいね」

「……っとになんでも食うなおめぇは」


ぼやきながら、ガルドもそれを一口。

西にある大陸のほうに原生する、このクラヤの実。久々に食べたそれは、……やはり酸っぱい。ガルドには、一粒で充分だった。

最後の実を割って、目の前の男に渡す。


「……木の根は、薬に使われるらしい」

「へぇ……」



部屋を、空気がゆっくりと流れていく。風呂の熱も徐々に冷め、外の通りを歩く酔いどれの、機嫌のよさそうな鼻歌が聞こえた。



……てめぇから……逃げて、ここに座ったんだが、と……ガルドが正面の男の、手元を見つめる。

大して力のなさそうな指先で、クラヤの実のひびを、く、と開くような動き。……割り方が甘かったのか、まだ硬そうだ。


「…………」


――ガルドが手を差し出せば、黙って渡される木の実。

手を引っ込めることもなく、そのまま指先に力を入れれば、ぱきり、と軽やかに割れる音。

……当然のように、引き取られていく、実。



(……餌付け……)


思わず浮かんだ構図に眉根が寄ったのは、緩みそうな頬を(こら)えるためだった。

ありがとうだとか、すまないねだとか、そういった断りがあるわけでもない。求めてもいない。

けれど向けられる笑顔が、それらすべてを内包している気がして、もう負けだ。負け。


「うん、気に入った。また食べたいね」

「……そっかよ」


ぎい、と背もたれに身体を預けて、ガルドは何とかそれだけを返す。

腕を組むことはしない。変に視線を逸らすでもない。だって、こいつがこちらの間合いと視界に入ってきたのだ。だからといって、何をするでもないが。


「……んなら、坊ちゃんには殻割ってやんねぇとな」

「あ、ふふ、非力だってバカにしてるでしょう」

「んなこたねぇ」


柔らかな笑い声に、ガルドがやれやれと言った具合に肩をすくめた。秋の夜気と混ざり、じわじわと実感が染みてくるような感覚。護衛でもないが、「じゃあな」もない、そんな感覚。

心をかき乱される気がするのに、どこよりも胸中が凪ぐ気もする。


逃げ場のない同室の夜――だったはずが、それは意外なほどに、自然とこの身に馴染んでいった。



「そうだ、例の森、明日行ってみないかい」


――は?と、ガルドの赤い瞳が、はっきりとルシアンに向いた。霧散した微睡(まどろ)み。……本気か、という確認と、本気だろうな、という諦観の色が、同時に浮かぶ。

そんな護衛を見て、ルシアンの口元に、また笑みが灯った。


「大丈夫。地図が狂う、声が消える、方角も狂う、そして旅人が消える。それが本当なら心当たりがあるよ。そして、恐らく君の剣は必要ない」

「……、……危険はねぇってか」

「恐らく、ね」


頷きながらふわりと(ほころ)んだ笑みは、夜の空気に溶けるようだった。

木の椅子から腰を上げ、肩にかけていたストールを軽くたたみ、椅子の背にかける。穏やかな足音がベッドへと向かい、掛け布団をめくり、そこへ身体を滑らせながら。


「……行けば、"美しいもの"が、見られるかもね」


……最後に、おやすみ、と小さく笑ったルシアンは、そのままベッドに横になった。



しばし――ガルドはそのまま、その掛け布団のふくらみを眺めていた。

剣が必要ない、と、いえど――迷ったらどうする。森が狂ったら。声が聞こえなくなったら。


(……心当たり……)


それがあるというのならば、本当なのだろう。現に、守護獣やら、朝を讃える神殿やら、あいつの見る世界は本当に広い。ガルドが、細く息を吐く。


部屋には、(ほの)かなカンテラの明かりだけが残る。

ルシアンの寝息は浅く、静かで、呼吸のたびに上掛けの布がわずかに上下していた。


――ぎしり、椅子を鳴らして腰を上げる。眠る淡紫の、隣のベッドへ。

同室の起因となった"広いベッド"は、……まぁ、確かに、足を十分に伸ばせるサイズではあるが。


(……明日、森)


ばさりと上掛けをかけ、壁のほうを向く。脳内で呟いた言葉は、呪文だ。


(……寝る。寝ろ。俺……)


なぜなら正体の見通せない森から、この雇用主を無事に連れて帰らなければならない。

――のに、処理しなければいけない現実が、多すぎて。かすかに咳ばらいをひとつ。ぐ、と目を閉じれば。


(…………寝息が聞こえる……)



――同室は、やはり早まったのかもしれなかった……。






――【木の実と軽口】

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