【護衛業は混乱中につき】
ぎ、と宿の扉を軋ませて通りへ出れば、ルシアンは街路樹のそばで、陽の光をまとって静かに立っていた。
大柄な背を揺らして歩み寄るガルドを見て、その眼差しがゆるりと笑う。
「女将さん、なんだって?」
「……スリに気をつけろとよ」
ぼそり、それっぽいでまかせとともに、どちらともなく、歩き出す。
「……あと、飯屋は胡椒焼きがうめぇそうだ」
「胡椒……辛そうだね」
隣を、軽やかな足音がついて来る。声色は、楽しげだ。
――この魔術師が何者なのか、だなんて、ガルドはこの旅の中で何度も考えた。……けれど、明かされない。
ならば、いつか明かされるその時まで、隣にい続ければいいのだと……横合いを見下ろせば、相も変わらずにこりと微笑む顔が見上げてきて、ガルドは緩く肩を落とすほかなかった。
商店街の裏通り、女将に紹介された料理屋は、……なるほど、納得のいく店構えをしていた。
濃い色合いの板壁は、焦がされたように木目が浮かび上がっている。外まで香るスパイスの香り、程よく混みあった店内。
従業員の所作もはつらつとしており、冒険者や商人の姿も多くあった。
厚切りの肉に香辛料がきらめき、澄んだ肉汁が溢れるかのよう。
窓際のテーブル席へかけたふたりも、適当に料理を数点注文する。女将のおすすめも。
「……てめぇ、また俺が食う前提で量頼みやがったな」
「ふふ、バレたね」
そんないつものやりとりののち、椅子に背を預けたガルドがひたりと店内を見渡す。
――こうしてルシアンとともに旅を始めて、……冒険者として単独で活動をしていた頃よりも、ひとつの街に滞在する時間がぐんと増えた。
今までであれば、街での用事は冒険者ギルドと酒場のみ。なんなら飯も酒も、ギルドに併設の食堂兼酒場で事足りてしまう。
分厚い外套。幅広の大剣。黒い髪と赤い目を以てして、それがギルドにいれば、当然まとわりつく"無哭"の名。
……それが、どうだ。
外套を脱ぎ、大剣も宿に置いてきた。ツレにはこの優雅な優男。この店の冒険者共の誰もが、自分を"無哭"だと気づいていない。――ふん、と小さく鼻を鳴らす。
腕を組み、視線を窓の外に投げる。
――先の山間の村でも、そうだった。自分を"無哭"として見ない人々。もう十年以上も、冒険者としての自分に付随するその符丁が、最近どうにも遠い。
「今日は暖かいね。あとで商店街を散策しようか」
正面からの笑み交じりの声に、片眉を上げて顔を向ける。
ああ、と頷こうとして、――は、と小さくガルドの口角が緩んだ。
「……大体おめぇのせいだな」
「ええ?」
身に覚えのない突然の責任転嫁に、ルシアンの肩が小さく振れる。その銀の眼差しが、記憶を探るようにしばし宙を彷徨ったが、何やら責任を押し付けられる覚えはなかった。
首を傾げれば淡紫の髪がふわりと揺れたが、護衛はちょいと肩をすくめて、また窓の外へ視線を投げるだけ。
「……機嫌よさそうだね?」
「……肉が食えるからな」
ああ、と納得したように瞬いたルシアンの前に、注文していた料理が運ばれてくる。ガルドの前にも同じものが並べられ、椅子の背もたれから身体を起こした。
「さっさと食って、散策だな」
「ふふ、うん」
ルシアンはいつもの通り、自分が食べきれる量を取り分けて、残りを皿ごとガルドへ押しやっていた。
肉を一切れ口へ運び、その豊潤さに「うん……」としばし目を閉じる。
……恍惚。珍しい表情だった。
指先で皿を受け取りかけていたガルドも、思わずそれにびくりと肩を揺らす。
そうしてはたと、店内に視線を向ければ――そんなルシアンを見ていたのは、当然自分だけではなかった。
水を飲むふりをして、メニューを覗き込むふりをして、隣の奴と肩を寄せ、何やら話し込むふりをして……周囲の客たちも、ちらちらとそれをみている。
――それはそうだ、こんな幸せそうな顔をしていてはな、とガルドがぎちりと睨みを飛ばす。
「ふふ、ダメだよ、ガルド」
ふと、その睨みに気づいたルシアンが、楽しげに笑った。
店内の利用客に、鋭い威嚇を飛ばす護衛。――自分が火種だとは、つゆほども思っていなさそうだった。
"待て"がかかった護衛も、最後にもう一巡だけ店内を回し見て鼻を鳴らし、改めて押し付けられた肉の皿を受け取、る……。
「……、……お前、」
「うん?」
「…………」
そもそも、こういった不躾な視線の対処として、自分のような強面がいるだけで助かると、……旅の一番最初に、言っていた気がする。
…………。
……万が一にも、そんなものより、共に食事をすることを、こんな時間を、――この雇い主が、楽しんでいるのだと、……仮定、してもよいものか。……ガルドはそれきり、黙って肉を噛み切った。
ルシアンも、ひとつだけ首を傾げたっきり、もう何も聞いてこない。視線をなぞるまつ毛が長い。
頬に残る赤みは、スパイスか、陽射しか、店内の炭の熱か。
飲みかけの水を、ガルドは一息に呷った。
喉を鳴らす音だけが、妙に耳に残った。
――【護衛業は混乱中につき】




