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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
護衛、大忙し

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16/26

【護衛業は混乱中につき】


ぎ、と宿の扉を軋ませて通りへ出れば、ルシアンは街路樹のそばで、陽の光をまとって静かに立っていた。

大柄な背を揺らして歩み寄るガルドを見て、その眼差しがゆるりと笑う。


「女将さん、なんだって?」

「……スリに気をつけろとよ」


ぼそり、それっぽいでまかせとともに、どちらともなく、歩き出す。


「……あと、飯屋は胡椒焼きがうめぇそうだ」

「胡椒……辛そうだね」


隣を、軽やかな足音がついて来る。声色は、楽しげだ。


――この魔術師が何者なのか、だなんて、ガルドはこの旅の中で何度も考えた。……けれど、明かされない。


ならば、いつか明かされるその時まで、隣にい続ければいいのだと……横合いを見下ろせば、相も変わらずにこりと微笑む顔が見上げてきて、ガルドは緩く肩を落とすほかなかった。




商店街の裏通り、女将に紹介された料理屋は、……なるほど、納得のいく店構えをしていた。


濃い色合いの板壁は、焦がされたように木目が浮かび上がっている。外まで香るスパイスの香り、程よく混みあった店内。

従業員の所作もはつらつとしており、冒険者や商人の姿も多くあった。

厚切りの肉に香辛料がきらめき、澄んだ肉汁が溢れるかのよう。


窓際のテーブル席へかけたふたりも、適当に料理を数点注文する。女将のおすすめも。


「……てめぇ、また俺が食う前提で量頼みやがったな」

「ふふ、バレたね」


そんないつものやりとりののち、椅子に背を預けたガルドがひたりと店内を見渡す。


――こうしてルシアンとともに旅を始めて、……冒険者として単独で活動をしていた頃よりも、ひとつの街に滞在する時間がぐんと増えた。

今までであれば、街での用事は冒険者ギルドと酒場のみ。なんなら飯も酒も、ギルドに併設の食堂兼酒場で事足りてしまう。

分厚い外套。幅広の大剣。黒い髪と赤い目を以てして、それがギルドにいれば、当然まとわりつく"無哭(むこく)"の名。


……それが、どうだ。

外套を脱ぎ、大剣も宿に置いてきた。ツレにはこの優雅な優男。この店の冒険者共の誰もが、自分を"無哭"だと気づいていない。――ふん、と小さく鼻を鳴らす。


腕を組み、視線を窓の外に投げる。

――先の山間の村でも、そうだった。自分を"無哭"として見ない人々。もう十年以上も、冒険者としての自分に付随するその符丁が、最近どうにも遠い。


「今日は暖かいね。あとで商店街を散策しようか」


正面からの笑み交じりの声に、片眉を上げて顔を向ける。

ああ、と頷こうとして、――は、と小さくガルドの口角が緩んだ。


「……大体おめぇのせいだな」

「ええ?」


身に覚えのない突然の責任転嫁に、ルシアンの肩が小さく振れる。その銀の眼差しが、記憶を探るようにしばし宙を彷徨ったが、何やら責任を押し付けられる覚えはなかった。

首を傾げれば淡紫の髪がふわりと揺れたが、護衛はちょいと肩をすくめて、また窓の外へ視線を投げるだけ。


「……機嫌よさそうだね?」

「……肉が食えるからな」


ああ、と納得したように瞬いたルシアンの前に、注文していた料理が運ばれてくる。ガルドの前にも同じものが並べられ、椅子の背もたれから身体を起こした。


「さっさと食って、散策だな」

「ふふ、うん」






ルシアンはいつもの通り、自分が食べきれる量を取り分けて、残りを皿ごとガルドへ押しやっていた。

肉を一切れ口へ運び、その豊潤さに「うん……」としばし目を閉じる。

……恍惚。珍しい表情だった。


指先で皿を受け取りかけていたガルドも、思わずそれにびくりと肩を揺らす。

そうしてはたと、店内に視線を向ければ――そんなルシアンを見ていたのは、当然自分だけではなかった。

水を飲むふりをして、メニューを覗き込むふりをして、隣の奴と肩を寄せ、何やら話し込むふりをして……周囲の客たちも、ちらちらとそれをみている。

――それはそうだ、こんな幸せそうな顔をしていてはな、とガルドがぎちりと睨みを飛ばす。



「ふふ、ダメだよ、ガルド」


ふと、その睨みに気づいたルシアンが、楽しげに笑った。

店内の利用客に、鋭い威嚇を飛ばす護衛。――自分が火種だとは、つゆほども思っていなさそうだった。


"待て"がかかった護衛も、最後にもう一巡だけ店内を回し見て鼻を鳴らし、改めて押し付けられた肉の皿を受け取、る……。


「……、……お前、」

「うん?」

「…………」


そもそも、こういった不躾な視線の対処として、自分のような強面がいるだけで助かると、……旅の一番最初に、言っていた気がする。


…………。


……万が一にも、そんなものより、共に食事をすることを、こんな時間を、――この雇い主が、楽しんでいるのだと、……仮定、してもよいものか。……ガルドはそれきり、黙って肉を噛み切った。



ルシアンも、ひとつだけ首を傾げたっきり、もう何も聞いてこない。視線をなぞるまつ毛が長い。

頬に残る赤みは、スパイスか、陽射しか、店内の炭の熱か。


飲みかけの水を、ガルドは一息に(あお)った。

喉を鳴らす音だけが、妙に耳に残った。






――【護衛業は混乱中につき】

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