【山裾の街カドゥル】
整った街の門が近づくにつれ、それにつられるように人の往来も増えていった。
輸送隊の馬車や荷車が南門前に列をなし、身分確認が行われてはいる、が……。
物々しい気配は全くなく、どこか穏やかな空気。
――カドゥルは、山の裾野に大きく湛えられた街だった。
見回り兵こそ多いが、人々の表情は明るく、穏やかな活気もある。
南門の検問を抜けて、街の中へと足を踏み入れたルシアンとガルドは、肩を並べ、ひとまず石畳の大通りを歩いていた。
そのまま通り沿いに進んでいけば、見知った石造りの建物、冒険者ギルドが見えてくる。その前には街案内の看板があり、ふたりで覗き込めば、ギルド印章のある宿屋はギルドの前にひとつ、街の商店が立ち並ぶ先にもうひとつあるようだった。
――ふむ、とルシアンが、地図上のその二軒を見比べる。
「ギルドの近くだと活動しやすそうだけど、商店の先のほうは静かかもしれないね。ガルドはどちらがいい?」
看板から顔を上げ、銀の眼差しが隣の護衛を見上げた。
ちらと視界の端でそれを受けたガルドも、……わずかに見回りの兵に視線を流しつつ、小さく肩をすくめる。
「……別にどっちでも構やしねぇ。宿っつったってどうせ寝るだけだろ」
そうぼやきつつも――、街中央の騒がしさや人の多さを見ているのか、その鋭い眼光は無意識に周囲を観察していく。
ちらちらと自分に向く冒険者らの視線も感じ……小さな舌打ちを飲んだ。
「……向こう、静かな方でいいんじゃねぇか。こっちは騒がしそうだ」
「ふふ、そうだね」
ルシアンもまた、そう答えながら――ギルド前の宿ではなく、商店街の方向へ顔を向ける。
合図もなく、どちらともなく歩き出す二つの影。警戒は怠らないが、護衛の肩はわずかに緩く落ちている。
ここまでの街道の整備具合や、街中の見回りの頻度から、滞在の安全性は悪くないと判断したらしかった。
並び歩く表情こそ素気ないが、けれどしっかりと、同行する姿勢がそこにはあった。
目的の宿は商店街を抜けた奥にあり、小さな植木に控えめに咲いた黄色い花が、宿の窓辺を飾っていた。
正面玄関の濃い木の扉を開けると、中は年季が入っていながらもよく手入れがされており、清潔さがみてとれる。
帳場にいた恰幅のいい女性が、ぱ、と笑って顔を上げた、ものの……。
「いらっしゃ……まぁ、すまないが、うちは貴族様をお泊めできるような宿じゃございませんよ」
――ルシアンを見てそう言い、やや困ったように頬に手を当てる。
とはいえ、よくあること。ルシアンもその扱いに動じることなく、柔和な微笑みで以てして答えた。
「貴族様だなんてよしてください、私は一介の冒険者です。ほら、怖い顔の仲間もおります」
決まり文句のようにそれを述べ、後ろの男を手で示す。
女将に目を向けられ、ガルドもやれやれと言った具合で片方の眉を吊り上げる。この扱いもまた久しかったが、まぁいつものことだった。
しばし腰に手を当てていた女将が、……ひとつ頷く。
「……そうかい?んじゃ、お客様だ!貴族じゃない冒険者様は、どんなお部屋をお望みだい」
からかうような声音だったがしかし、女将はもうそれ以上、何も聞いては来なかった。たとえ思うところがあろうとも、世の中何もかもを暴くばかりが全てではない。
台帳をカウンターの上に広げ、部屋や料金についてルシアンとあれやこれややり取りをしていく。
ガルドはその後ろで腕を組み――少々、所在なさげにしていた。
いつもは街に着いたら、ルシアンが宿をとってきてくれる。思えば、こうして宿のチェックインに同行するのは、これが初めてだったかもしれない。
うろ、と視線が宿の中を巡る。帳場と食堂が繋がっているらしく、仕切られた壁の向こうに丸い卓がいくつか並んでいるのが見えた。色が揃えられた椅子も、卓のそばに行儀よく並んで――
「んで、そこのでっかいのと一緒のお部屋がいいかね?」
――唐突に向けられた女将からの声に、反射的に振り返ったガルドは言葉を探せなかった。
というよりは、脳が、理解を……なんだって……?
見れば、はた、とルシアンもガルドを振り返り、なんともきょとん、とした表情をしている。
「――彼ですか?そういえば意見を聞いたことはありませんでしたね。いつも私のほうで、勝手に部屋を二つとっていましたから」
「なんだ、そうなのかい。旦那みたいなでっかい人でも眠れるベッドが、今日開いてるよ。二人部屋だがね」
「なるほど」
ルシアンと女将、二人の視線が、もう一度ガルドを見やる。
完全に、決定権を委ねるような眼差し。――どっちがいい?といった具合だった。
「…………」
は?と問う言葉すら、出てこない。赤い眼差しは、ルシアンに。
"意見を聞いたことがなかった"ってそりゃあ、……言えば通ったのか?同じ部屋でいいと?どの……どの立場で?
……というか俺に部屋割りを委ねるということは、お前は俺と一緒でもいいのか、と……聞けない問いを、ガルドは飲み込んだ。
静かに、ルシアンと、女将を見比べる。
二人部屋、という言葉が……やけに妙に……耳に残る……。
「…………どっ、ちでもいい」
ぽそりと呟いた声は、わずかに掠れていた。
が、咳ばらいをひとつ。そのままルシアンに向き直り、いつもの調子で言葉を継いだ。
「……荷をまとめたりだとか、旅の打ち合わせだなんだがあるんなら、……一緒のが、面倒もねぇだろ」
「うん、そうだね」
軽やかに返したルシアンが、にこりと頷いて再び台帳へと視線を落とした。
――通った……と、今の言い訳まがいの理由付けを胸中で反芻して、ガルドがにわかに顎を引く。
まとめる荷。そんなもの、全部自分が持っているのだから、まとめるもクソもない。旅の打ち合わせに面倒があったことも、今まで一度もない。
部屋が別でも、どうせ呼ばれれば行くし、ルシアンがガルドの部屋に来ることだって、あった。
そう、部屋が別でも……、なにも問題がない……なら、いっそ、一緒でも同じだ。多分。
(……いいのか……?)
カウンターの台帳に、ルシアンが細い筆致で事項を書き込んでいく。風呂の予約や、食堂の時間、洗濯の頻度。女将の問いに、手慣れたようにルシアンが答えていくその最中も、ガルドの視線はそっとルシアンを捉え続けていた。
肩越しに振り返ったルシアンの、何か言いたげな笑顔に、またしてもかすかに肩が動く。
――文句があるなら、言うのは今だぞ、なんて……ガルドのそんな無言の視線が、一瞬だけ交わった。
――【山裾の街カドゥル】




