【ガルドと村娘の三日間騒動】
夜も更けた頃、第三陣が、静かにガルドの寝床の戸を滑らせた。
カンテラの薄明かりの中、布団の上で巨躯が寝返りを打っている。
軽装のシャツが、身体にぴたりと沿っている。村の男にはいない、いい身体。
娘の足がそっと、床を踏む。近寄る。眠っていれば整った顔立ち。
(……いける)
そう思った次の瞬間、ぱちりと赤い瞳が開いた。
「おい」
と、低い声。
ギクリと肩を震わせた娘の前に、無造作に起き上がったガルドのがっしりとした腕が伸びる。
抵抗する間もなく、肩ごと持ち上げられ――、
「ひえっ!?」
廊下に、ぽすんと下ろされる。
無言で引き戸が閉められた。
数分後、また別の娘が突入。
今度は正攻法。正面から布団に乗りかかる。
まったく他の女たちは、ちんたらしているからいけないのだ。
素早くガルドの服に手をかける。
が、手をがちりと掴まれる。想像以上に大きな手に、ドキッとしてしまう。
「きゃっ……」
可愛らしく声を上げたものの空しく、即座に腰を両手で持ち上げられ、玄関側へ180度回転。ののち、着地。
――その夜、結局五人が集会所から"搬出"された。
廊下の隅、娘たちに「近くにいて」とお願いされていたルシアンは、最後に運ばれてきた娘がぽすんと置かれるのを見届けて、小さく目を細めた。
声も立てず、静かに五人のそばへと寄る。肩に掛けた薄手のストールがふわりと揺れ、足音はほとんどしない。
運び出された娘たちは、床に座り込んだまま肩を寄せ合っていた。
誰もが布団の中で一度は"確信"を得て、それでも――丁寧に"ご返却"された顔。
唖然。呆然。放心。
中にはちょっと頬を染めている者もいた。
「……ダメでしたか……」
「ダメでした……」
娘たちの誰かが、ぽつりと呟く。
「……でも、悪くなかったかも……」
すると、隣で膝を抱えていた娘も、小さく頷いた。
「なんか、ぎゅってされた……」
「……私も。あんな風に持ち上げられたの初めて……」
「怒られた……?でも怖くなかった……」
戸の向こうでは、もう物音はしない。
ものにはできなかったのに、ちょっとだけ心に残った男の寝息を想像しながら、彼女たちはゆっくりと立ち上がる。
「お邪魔しました……」
ぺこり、とルシアンに頭を下げ、静かな足音が、集会所の外へ。勇敢な娘たちが、それぞれの家へ、少ししおらしく、しかしどこか誇らしげに帰っていく。
それを見届けたルシアンも、一度だけくすりと肩を揺らして、そっと扉を閉めた。
「……おやすみ」
――そう小さく呟けば、ふん、とかすかに鼻を鳴らす音だけが返ってきた。
淡々とした搬出作業を終え、翌朝。
村の広場には、変わらず柔和な笑みをたたえるルシアンと、少々寝不足のガルド。
意気消沈気味ながらも、どこか晴れ晴れとした村の娘たち。それを受け、ガルドに羨望の眼差しを向ける男衆。
何度も礼を言う老人たちと、行かないでと騒ぎ立てる子どもたちという、なんとも混沌とした光景があった。
「ほんとに助かったよ!」
「おふたりならいつでも歓迎するから、また来てくださいよ!」
そんな言葉とともに、保存食と手土産が包まれた荷物を、男衆がガルドに手渡す。
干し肉と乾燥果実、素焼きの壺には甘味のある酒。子どもたちからは、手作りした歪な花輪と、絵の描かれた手紙があった。
「これ、おっちゃんの顔だよ!」
「これね、先生と……ぼく!いっしょに描いたの!」
それらを、ガルドは少しだけ、視線を逸らしながら受け取り。
ルシアンは、どこか嬉しそうに拙いその絵を覗き込んでいた。
やがて簡単に挨拶を済ませ、過不足のない一礼をし、……ルシアンが踵を返す。――名残惜しげな村娘たちの視線から逃れるように、ガルドもその背に続く。
「……。……なんか、さぁ……」
――遠くなった、ルシアンらの背を見送っていた娘の一人が、ぼそりと声を漏らした。
「……気づかないふりしてたけど……ガルドさんがルシアンさんを見る目が……ね……」
「そうね……わかるわ……」
きょとん、とする男衆を蚊帳の外に、娘たちが互いに頷き合った。
「うん、なんかこう……優しいっていうか……ずるいっていうか……」
「たまに、めっちゃ見てたよね。こっちじゃなくて……ルシアンさんのほう」
「そうそう、こっちが頑張ってるときとかも、ちらって……」
そうかぁ?相棒だからだろ?という男衆の声は……取り合う価値もない。
ああ、これだから男ってダメね、と一括りにしたいがしかし、"男ってダメね"の括りに入れられない男たちを、まさにこの目で見てしまった。
「ねぇ、ルシアンさんって、ガルドさんのこと……どう思ってるんだろ」
「……わかんない、けど……」
ぽそぽそと交わされる、うら若き彼女たちの、未練とも探るようなぼやき。
けれどその視線の先、並んで歩いていく背中がすべてを物語っていた。
気づけば、あの威圧的な戦士は、柔らかな歩調に自然と合わせていたし。
あの穏やかな旅人は、時折、振り返っては隣の男の反応を伺っていた。
肩は触れず、言葉も交わさず。
それでも空気が、ふたりでひとつのようだった。
「……あれは……無理よね」
誰かが、ため息混じりにぽつりと漏らす。
納得と、敗北と、少しの羨ましさを孕んで。
それでも不思議と、悔しさはなかった。
――やっぱり、どこかしっくりとかみ合っていたのだろう。
ああして隣り合う、あのふたりの後ろ姿が。
――【ガルドと村娘の三日間騒動】
《旅の記録》
・場所名(通称):山間の集落
・最寄り街:カドゥル
・景観種別:静/暮
・特徴メモ: 街道から外れた道の先に位置する、小さな集落。自給自足と慎ましい暮らし。老若男女、等しくいい笑顔をしていた。
・時期・時間帯:秋
・再訪:可
・個人的メモ:
「土砂崩れで孤立しており、彼はそれを見逃せなかったようだ。戦闘外においても頼りになる人物だとは思っていたが、それが顕著に見れた滞在だった。」
――ルシアンの手帳より




