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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
西端の街ソリ

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【夜明けの侵入者】


翌朝ガルドが目を覚ませば、――腕の中に、ルシアンの体温があった。


「ッ……!?」


思わず、ぎょっと肩を揺らす。昨晩は別々に寝たはずで、一緒に寝るかといったやりとりもなかった……はず。


(……なん、……寒かったのか……?)


わずかに頭を上げて部屋を見やれば、火を細くしていた薪ストーブはしんと静まり返っており、外は薄曇りで室内もひそかに冷えていた。

そうか、寒かったのか、と改めて上掛けをかけなおし、その身体を引き寄せる。

普通の一人用の寝台のため、どうしても密着し、囲い込む形にはなってしまうが。


(……ぬくい)


隙間ができないように毛布でくるめば、肩口に引き寄せた淡紫の髪がゆるりと落ちた。

ついで、背を向けていた身体がわずかに身をよじる。振りむいた顔は……ぽやり、まだ眠さの残る眼差しだった。


「……おはよう、ごめんね……寒かった」

「ん」


低く、短く、返事をする。不服でもなんでもない。……そうでもしなければ、口角が緩みそうだった。

寒さに負けて、ベッドに入ってくる雇用主。ううん、なるほど。事例が溜まっていく。

もしや冬の間はこうして入ってきてくるのでは、といった淡い期待すら生まれる。


鼻先で髪に触れても何も言われない。

胴に腕を回しても、肩を抱えても何も……というか腕の中、彼は再び微睡んでいる。


「…………」


なるほど……。……いやなるほどじゃねぇか……。


しかしながら――朝の支度のためにストーブをつけなければ、という実務と。

いやだが、いやしかし、今のこの体温を手放すのはあまりにも――という思考が、ガルドの中でせめぎ合う。


(出たくねぇ……)


しばらく低く唸ったのちに、ガルドは小さなため息をついた。

動きは最小限に、毛布に冷えた空気を入れぬよう、静かにベッドを出る。床に足を下ろせば、木の肌が足裏にひやりと触れた。



辺境の街の朝は、交易都市に比べるとほんの少し遅い。

夜明けそのものはとうに過ぎているはずなのに、窓の外にはまだ白く薄い靄(もや)が滞っていて、眼下、ギルド前の広場でさえ息を潜めたように眠っている。

窓枠に乾いた北風が当たれば、時折かすかに、かた、と鳴った。隙間風もないのに、外の冷え込みを感じさせるには十分な音だった。


屈み込んでストーブに火を入れる。完全に落ちたかと思われていた火は、燻ったような薪の奥にわずかな熱を残していた。これなら部屋もすぐに暖まるだろう。

しばしそのまま、火が薪を舐め始めるのを眺める。


元来寒さにも暑さにも強いガルドは、この程度の冷えでどうこうということはない。南の方の湿度の高い暑さは苦手だが、北方大陸は夏も乾いた風が吹く土地だった。

膨れたベッドに視線をやる。どうやら寒さが苦手らしい雇用主殿は、この程度の冷えですでに起きてこられない。あいつも南の夏は苦手そうだな、などと思いながら、ガルドがゆるりと立ち上がった。


「……もう起きるのかい……?」


まったりとくぐもって聞こえた声に、ガルドがぴくりと肩を揺らして覗き込めば――すっぽりと毛布に埋まったルシアンが、半ば寝ぼけたような顔で薄く目を開いていた。

ガルドもストーブを一瞥だけして、肩をまわすようにひとつ背を伸ばす。


「ん、……起きる」

「んん……」


低く答えて歩み寄れば、ルシアンの毛布がわずかに持ち上がった。起きる仕草ではなく、呼び込むようなそれは、……、……もう、足が勝手に動く。多分見えない磁場がある。恐らくきっと絶対にある。


(こりゃあ……欲しいのは、俺か……"暖"か……?)


内心の葛藤を誤魔化すように息をつき、寝台を鳴らして、ガルドは再び毛布の中へ身を滑り込ませた。

まるごと抱き込んでやれば、ふぅ、と息をつくような気配。鼻先を柔らかな髪に埋めれば、宿の寝具の匂いがしみ込んでいる。


「……あったけぇか」

「……暖かいね……」


そうか、と、その身体に腕を回す。眠気を纏ったままの呼吸が、毛布の中でぬるく揺れる。


ストーブが、ぱちん、と音を立てれば、それが再び訪れた静寂の合図のようだった。


始まりの遅い初冬の朝。

ならばもう少し、このままでも許されるだろう、と……ガルドはしばし、そのぬくもりを抱いていた。






宿の食堂で朝食をとったあとは、ひとまずソリの街を散策してみることにした。


鍛冶屋や雑貨屋はそれぞれ一軒ずつ。街の住居は、木造の低い建物が多い。

この辺りはどうやら冬季には雪深くなる地域らしく、建物は押しなべて、屋根の傾斜がやや急だった。

素朴で穏やかな気風の街で、食事処や屋台もちらほらと。


旅人や商人の出入りも多く、街の住民にとっても外部の人間は珍しくもない。

ただ、ガルドの風体を見てほんのわずかに身を引き、隣のルシアンを見てそっと肩の力を抜く。

そしてそれ以上、干渉してこないような街であった。


街外れの木工所から、薪を割る音がする。

家々の煙突からは煙が上がり、広場では落ち葉を集めた焚き火の周りで、子どもたちが遊んでいる。

風に乗ってほのかに木と煤の匂いがして、冷えた空気と高い笑い声が陽を押し上げていくようだった。



「……影流れの谷の、蝶だったか」


静かに広場を眺めていたルシアンに、隣からそんな声が降ってきた。

見上げれば、同じように子どもたちを眺めたまま、ガルドがじっとそこにいる。


季節外れの蝶が舞う、この街の近郊にある谷。

レストロワにある宿、カルネティアの従業員が言うには、冬季はそこで蜃気楼が起こり、越冬のために蝶が渡ってくる、というものだった。


「うん。あとでギルドに地図を買いに行こうか」

「ああ」


やり取りは短く、それだけ。

けれどそのまま、互いに何を言うでもなく、しばらく子どもたちの笑い声に耳を澄ませる。風に乗ってきたのか、広場の隅の方でかさりと落ち葉が舞った。


ガルドの肩にかかる外套がわずかに揺れる。

普段は威圧的に映るその姿も、今はただ、穏やかな空気に溶け込んでいた。

ルシアンがちらりと横を見やれば、それに気づいたガルドが、なんだと問いかけるように眉を上げる。ただそれだけの静かな時間だ。


寒さが和らぎ、太陽がようやく街を照らしはじめる。

その光に、ささやかな街の息吹と、煙と笑い声と、淡い霧のような冬の気配が、静かに交ざっていた。






――【夜明けの侵入者】

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