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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
レストロワ収穫祭

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【楽しい夜に】


宴の場は、思いのほか盛り上がった。


無哭は噂ほど恐ろしい人物ではなく……無紋も、想像以上に話しやすい人間であった。


そしてどうやら、"無紋が留まれば無哭も付随するらしい"ことを、皆が肌で感じ取っていく。

それはなによりも、話の合間合間にちらりと隣に流れる赤い眼差しが。

魔術師の様子を窺う眼差しが、……"飽きていないか"、"帰りたがっていないか"、"まだいたいのか"――どう見ても、そういった視線だったからだ。



「……あたしもあんなふうに守ってくれる仲間が欲しいわ……」


ぽつりとそれを漏らしたのは、ぼんやりとふたりを眺めていた魔術師の冒険者だった。

横合いから顔を覗かせたギルドの職員も、その呟きに小さく頷く。こちらは、狩猟祭の実況に拡声魔法を施していた職員だ。


「わかりますよ……ガルドさんはなんかこう……核ごと守ってくれそうっスよね……」

「うおおわかるぜ……」


酒杯を手にしたベテラン組の魔術師も、唸りながらそこへ参加してくる。すっかりと頬を赤くしており、目は半分閉じかけていた。


「やっぱ俺たち魔術師はよォ、前衛と違ってありすぎんだよハンデがよ……」

「そうっスよ……いや魔法は好きなんスけどね?でもこの……腰が!」

「そう……そうよ!魔術と引き換えに弱点ついてんのよ!!」


わっ!と突如、まるで焚き火が燃え盛ったかのように、その一角が熱気を帯びた。

なんだなんだと顔を向けるのは非魔術師たちで、けれども騒ぎに気付いた魔術師たちが、一人また一人と混じっていく。


「おおそうだ!そうだぞ!毎度面倒な装備つけてんだこちとらぁ!!」

「前線に出なくて悪かったわね!!」

「そうよ!出たところで守ってくれんならいくらでも出てやるわよ!」


ガルドの渋面が深まり、ルシアンが小さく肩を震わせて笑う。

職員も、ベテランも、若手の魔術師さえも一塊になって掲げられる酒に、なんだ急に、と斥候や重戦士が怯えたように自分を抱く。


「魔術学院でも、腰装備の蒸れ対策までは教えてくれなかったもんなぁ」

「野営とかまじ拷問!夏は蒸れるわきついわ肌は荒れるわ!」

「でも核が揺れたらもう終わりなんだよなァ……」


「職員さんたちも常に腰装備つけてんの?」

「いやぁ、その時々だなぁ。普段は抑えてるから普通の制服だけど」

「そうなんすよ、一応カルミナルつけてますけどね……でも結局弱点には変わりないですよ……」


耳で流していた会話にぴく、とガルドの片眉が振れて、……赤い瞳がその魔術師たちのほうを向いた。

周囲の魔術師たちが興味深げに覗く中心には、ギルドの書記官らしき職員たち。耳元に、しずく型のピアスが見える。


「職員さんも大変ねぇ……」

「まぁ、ギルド業務で常時魔法使うわけじゃねぇだろうしな」

「学院の教師もそれつけてた奴いたなぁ」


「……なぁ」

「うん?」


――ひそ、と傍らにガルドの声が落ちて、杯を持ったままルシアンが軽く頬を寄せた。

一拍押し黙ったガルドが、けれど目線と顎を以てして、その職員たちのほうを示す。"ありゃなんだ"、である。

ガルドの視線の先、職員の耳に揺れるピアスを見て、ルシアンも小さく"ああ"といった顔をした。


「"カルミナル"だね。魔力核を鎮静化させて、外部の衝撃から魔術師の身体を守るための魔道具だよ。装備中は魔力回路が抑制されて、魔法が使えなくなるけど」

「ほぉ……」


――ということは、実戦には向かない文官用や戦闘職ではない魔術師用のやつか……と、ガルドが杯を傾ける。ちら、とついでのように隣の耳元を見るが、淡紫の髪の奥にピアス用の穴はなく、使ったことなどなさそうだった。


「……色んなもんがあるな」

「ふふ、そうだね。他にもあるよ」

「んん」


……たとえば?とガルドがわずかに肩を傾けたあたりで、わあわあと騒いでいた魔術師たちと、それに引きずられたその仲間たちが、酒の勢いに任せてガルドの横になだれてきた。


「なぁ無哭よォ!どうしてあんたみたいな戦士が無紋を守れるんだ!?俺、毎回怒られてんだよウチのに!」

「アンタら前衛が脳筋しかいないからよ!『てめぇで庇え』って言うなら前線なんか任せんじゃないわよ!」

「だぁってこう、攻撃魔法でバシャーン!って一発じゃねぇかよォ……!」


半泣き、赤ら顔、音量のおかしい声。酒に酔った人々に、ガルドが顔をしかめて鬱陶しそうな顔をひとつ。ルシアンはやはり、隣で静かに笑って見ている。


「魔術師たちってさぁ!あぶねぇからって庇おうとするとひっぱたいてくるしさぁ!」

「それはアンタらが腰抱えようとするからでしょ!!」

「ンだって戦闘中にそこまで気ィまわせるわけないじゃんかよぉ!!」


「俺らがなんべんも"腰触んな"っつってもわかんねぇんだよ前衛!」

「だったら前線に出てくんじゃないよ!」

「んじゃあ前線でぶっ倒れてるやつにどうやって回復使うんだよ!!」


――下手をすれば、昼間の狩猟祭よりも激しい勢い。その言葉の節々に滲む日頃のうっ憤。真横でぎゃんぎゃんと騒がれ、ガルドが渋面を深くする。……だがそこに、ルシアンが柔らかく声を差し挟んだ。


「――魔術師の弱点について、一般的に、仲間内で詳細な共有はなさらないので?」

「えっ……」


ぱたり、と会話の静まり返った。

……皆がルシアンを見る。鎮まった熱に、ガルドが無言で目を閉じている。


魔術師……特に冒険者として活動している者たちが、むい、と口元を尖らせた。


「だっ、だって言っても聞かないんすよ……」

「うちらが『腰は弱いんだ』って言うと、こう……ふざけて触ってこようとするし」

「ほう」


ちら、と柔和に微笑んだままの銀の瞳が、視線を逸らす冒険者諸君へと向く。

無哭は黙って酒を飲んでいる。無紋には睨まれているわけではない。なのに、全員がわずかに肩をそわつかせた。魔術師連中が、無紋に言いやがった――!……さながら、そんな空気か。


一方魔術師たちも、どこか、妙な既視感すら抱いていた。ああ、そうだ、まるで学院時代、先生に友達の意地悪をチクっていた時のような……。

その中で、ごく若い新米の魔術師が、はた、とルシアンを――、


「魔術師を仲間にしておきながら、その構造的弱点をきちんと把握していらっしゃらない、と?」

「えっあの……、」

「違っ、ち、魔術師たちがそれは、教えてこねぇから……」

「アンタらが真面目に聞かないんじゃない!」


ルシアン、前衛たち、魔術師たちという……奇妙な構図。いや、もうすでに魔術師対非魔術師……。

じり、とガルドの横に逃げて来た歴の長い斧使いが、肩を寄せてぼそりと呟く。


「……なあ無哭。核の扱い、どう覚えたんだ?」


それは呟きではあったものの、酒場の静けさの中では皆の耳に届いてしまう。

一同の視線が集まると同時に、赤い瞳もじわりと斧使いへ向くが、咎めるような眼差しではない。だが、何言ってんだ、という怪訝さは見て取れた。


「……扱ってねぇ、好き勝手させてるだけだ」

「…………」


低く返されたその言葉に、数名がどよめき、呻くように頭を抱える。


(それを守ってるというのでは……?)

(つまりどういうことだ……!?)

(なるほど……できるっ……か!?)


うんうんと小難しそうに唸り始めた非魔術師たちに、ガルドは再び小さく舌打ちし、面倒そうに顔を背ける。

香りの抜ける果実酒の泡が、ルシアンの手元でかすかに弾けていた。


次第に酒場には、ぼそぼそと囁き合うような、冒険者たちの塊が出来上がっていく。

それはパーティーの仲間同士であったり、席が隣だった者同士であったり、様々だ。


「……え、魔術師の腰……腹?ってガチでダメなやつっスか……?」

「いやウチは……なんか昔っからもう『絶対触んな』って言われてっけどよォ」

「それおたくの魔術師からの信頼ゼロのやつじゃん」


「腰装備ってただの防具じゃないのか……?」

「うちの治療師、……表面裂けただけのやつ即捨ててたわよ」

「知らないんですか……?腰装備って魔術回路組み込まれてて、それ切れたら着けてる意味なくて……」


「カルミ……なに?だかつけてても、ドンと来たらやべぇのか?」

「いやそれは、核揺れどうこうの前に普通に痛いわよ……」

「ってか俺さ、俺一回だけ魔術師の腰装備見たことあるけど、あれ色気ヤバいっていうか、もはやえろいっすよね?男も女もつけてんの?」




びたっ――と、場の空気が止まった。

正確には、魔術師たちが凍った。


腰装備が、えろい。……ものの見事に、禁句を踏み抜いた。

ベテラン組が、静かに目を逸らす。ガルドもこれには、やや顎を引く。冷ややかな魔術師たちの視線が、その発言をした弓士へ流れる。


「……なるほど?」


凍り付く空気を割ったのは、ルシアンの柔和な一言であった。

空気を割ったはずなのに、穏やかな声色なのに、部屋の温度がひやりと下がった気がした。


弓士が、そろりとルシアンを振り返る。……銀の瞳は、穏やかに、静かに、眼差しを細めて、何か納得したように首を傾いでいる。


「いや……っぉ、おれ……」

「…………」


――にこり。


「魔術師の構造的弱点に関する認知度が、思っていた以上に低く、根付いていないことがよくわかりました」


外の通りを、酒に酔った住民が笑いながら行き過ぎていく音がした。

ごくりと誰かが唾を呑み、かたりと秋の夜風が窓枠を震わせた音すらも、よく聞こえた。


「……簡単な講習会を、開きましょうか」

「っ……はい、手配します」


静かに落ちたルシアンの言葉に書記官が素早く立ち上がり、続くようにギルドの職員も次々と腰を上げる。


「場所はこの食堂を空けます」

「酔い醒めちゃったわ……」

「掲示資料と参考資料をまとめます」

「現在緊急案件もないので、明日の午後には開催可能です」


ぱたぱたと、慌ただしく駆けていく職員たち。

さめざめと、酒を呷る魔術師一同。

ベテラン組も、誰一人その弓士を庇わないし、咎めない。なぜなら下手をすれば、自分がその発言をしていたかもしれないから。

やらかした弓士の冒険者だけが、肩を小さくして椅子にかけていたが。


「……ああ、もちろん魔術師以外の皆さん各位、ご参加いただいてよろしいですからね?」


ルシアンの一言に、その場の全員が、わずかに肩をびくつかせるのだった。






――【楽しい夜に】

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