【レストロワ狩猟祭】
秋の収穫祭二日目の、レストロワ狩猟祭。
北門のある職人工房通りでは、金物を叩くような足音が響いている。
南の運輸通りに今日は荷車はなく、地に轟くような重い咆哮が通りを渡る。
東の商業通りを彩るのは、看板を揺らすような魔術と剣戟、人々の歓声。
西へ伸びる旅宿通りからは、宿の窓という窓を埋める見物人の拍手と、魔獣たちの息遣いが聞こえていた。
『さあさあ、各通りの皆さま――二階の窓や屋根。屋上からご観覧の方、決して身を乗り出さぬよう!また、子どもたちはお父さんお母さんのそばを離れないようお願いいたします!』
ギルド職員の声が秋空に響く最中も、各所で冒険者と魔獣たちがぶつかり合う音が飛ぶ。
爪と鉄が擦れる鈍い音。穿たれる雷の魔術。鋭い剣戟に、石畳を蹴る律動。腹からの怒鳴り。
『商業通り、なにやら重いものを引きずる音がするぞ!商業広場のルグラン商組合から報告、群れ長級のアヴィネーク確認!これは手ごわそうだー!』
『職人工房通りの皆さまご注意をー!大型のクァナグールが中央広場へ向かっているぞー!!』
『――おっと、あちら南の運輸通りにも動きあり!あの大きな影は――アイズサンドかー!?つづいて旅宿広場には、メ、メルバロックだー!』
祭りの終幕を彩る目玉魔獣の登場に、街のいたるところからひときわ大きな歓声が上がった。
屋根の上で拳を突き上げる者もいれば、目を覆いながら指の隙間から覗く子どもたちもいる。軽やかな女戦士に目を惹かれる男たちや、酒を片手に茶々や檄を飛ばす者も。
「……メルバロックって?」
通りに目を向けたまま、ルシアンが頭をガルドの方に寄せる。その魔獣はまだ見えず、人々の視線も西部広場へと向いていた。
「でけぇ岩の魔獣だ。背中は硬くて刃が通らねぇ、腹がやらけぇが足がみじけぇ」
「ん、ふふっ、なるほど」
雑で短い解説に、可笑しそうにルシアンの肩が揺れる。雑な解説なのにわかってしまった自分にも、やや笑えてくる。
地上を若手たちが駆けて行く。ずしり、ずしりと、岩石質の甲殻を持った亀のような魔獣が、西部広場に差し掛かっているのが見えた。
『職人工房通りの巨大クァナグール!挑戦者たちも勇み出る!!おおっと、槍が刺さった!しかし抜けない!』
『運輸通りのアイズサンドは噛みつきに気をつけろー!油断してると尾で薙ぎ払われるぞ!!』
ギルド職員の実況に合わせて、白熱していくレストロワの空。小型の討ち漏らしも次々と討伐されていく。
物陰の衛兵たちの動き、住民たちの動き、そして冒険者やギルド職員たちの動き……その全てにおいて統制が取れており、"安全"が最優先されているのが伺えた。
『さあ旅宿通りの冒険者諸君!見てる、見てるぞ!!――"無哭"と"無紋"、あのふたりが君たちを見ている!!』
「……あ?」
「おや」
街中に響いた実況の声に、一瞬だけふたりが視線を合わせる。街の住民たちはその符丁を知らないが、……眼下の冒険者たちの意識が一斉にこちらへ向いた。
これにはガルドが全開の渋面で以て眉をしかめ、ルシアンが困ったように微笑む。――すぐさま、ガルドが西部広場を指さす。「よそ見すんな」とでも言うような指の動きが、若手たちをメルバロックへと走らせた。
『今こそ君たちの名を刻め!街に!記録に!そして皆の記憶に!!……実況は中央広場より、冒険者ギルドレストロワ支部がお届けしております!!』
「適当言いやがる」
「まあ、いいじゃないか」
窓の向こうのざわめきを受け、ルシアンとガルドが静かに笑う。
もう冒険者たちがこちらを気にかける様子はない。けれど、動きは明らかに変わっていた。
無様は見せられない、という気概。見られているという誇りと、焦りと、誇示と、高揚と。
各大通りから、戦いの音と人々の拍手が止むことはない。弓士の矢が空を切る。斧が石畳を割る。大盾が尾をはじく。
じわり、ガルドの視線が隣へ流れる。
「……てめぇが魔法ぶっ放したら奴ら何秒だ?」
「……君には敵わないよ?」
いたずらな笑みが返ったその瞬間、空を横切るように花火が一つ、軽く打ち上げられた。
四本の大通りで、最後の魔獣の討伐が達成された合図だ。わっ!と空高く熱が弾ける。
『終了ー!!職人工房通り、運輸通り、商業通り、旅宿通りの魔獣群は、すべて討伐されました!挑戦者諸君、よくやった!!』
『――なお、各大通りは安全が確認されるまで、住民の皆様は――』
落ち着きを取り戻していく実況の声に、ふ、とルシアンの肩が緩んだ。ガルドもまだ、腕を組んだまま、眼下を見下ろしている。
石畳の上、額の汗を拭い、くたびれたように地面にへたり込む、名も知らぬ冒険者たち。
焼けそうな肺に肩で息をして、けれどそばのライバルたちと手を叩きあって笑う顔。
静かな宿の窓辺には――その姿を確かに見届ける、"哭紋"のふたりの姿があった。
昼を過ぎる頃には、正式に狩猟祭閉幕の花火が三つ上がり、大通りの封鎖は徐々に解除されていった。
二階席や屋根の上にいた住民たちも地上へと戻り、人波が中央広場へと集まる。広場では狩猟祭における成績優秀者の表彰が行われており、皆がそれを囲んで拍手を送っているようだった。
今年の若手冒険者は押しなべて動きがよく、判断も素早く、何よりも連携が取れていた。
それは、討伐漏れの対処のために控えていた衛兵や高ランク冒険者たちが、暇を持て余していたほど。
「君が見てたからかもね」
「……おめぇが見てたせいもあんだろ」
人垣の後ろで、ルシアンとガルドがそんな軽口を言い合う。
表彰台の上からふたりを見つけた最優秀者が、ぎょっとして視線を彷徨わせるが……ガルドがひとつ頷いたのを見て、少々慌てたように照れてみせた。
広場の隅に設えられたギルド控え席では、あの実況を行っていたであろうギルド職員が、ふたりの姿を見止めて小さく目礼をする。
人混みの向こう側にちらりと見えた顔役ラスタールもまた、頷くように会釈をひとつ。
「……広場、離れるか」
「ふふ、そうだね」
見られていないが、見られている。ほんの少々の居心地の妙を背負い、ふたりは中央広場を後にした。
収穫祭二日目の午後は、一日目の仮面市と先ほどの狩猟祭を終え、穏やかな賑わいに包まれていた。
商館の窓にも再び明かりが灯る。ちらほらと並び始めた屋台の天幕の下、小さなランタンが吊られる。斧の斬撃に割れた石畳を子どもたちが興味深そうに覗き、焦げた戸口や爪痕がついた建物の壁をギルド職員が一つずつ確認に回っていた。
全てが無傷で済むほど安全な祭りではない。露店の幕を支える柱が折れているところもあれば、窓ガラスにひびが入っている箇所もある。毎年のことではあるが、それでも通り沿いの店の主人たちはやれやれといった風に腕を組んで――、
――だが、まあ、それもこれも、結局は無事に越冬ができる安心感に包まれていく。
街はしんしんと、来たる新年への備えを始めるだろう。祭りが終われば、この街にも雪が降る。
常緑の街路樹も、冷えた風にやや色あせて見える。
「明日はゆっくり旅支度をして、二日後に街を出ようか」
静かに落ちた旅の算段に、ガルドは一歩だけ足を止めた。
遠く、まだ祝宴の気配が残る広場のほうから、笑い声と拍手が聞こえてくる。けれどそれも、今日までだ。旅立てばまた、次の空だ。
「……ああ」
短く返る声には、寂しさも惜念もない。ルシアンの行く先がこの旅の行く先で、そこに足並みを揃えるのがガルドの意志だった。
銀糸のクロークと、終わりゆく秋。
白く光る石畳に、少しずつ夕方の気配が落ちてくる。
「……ギルドに本返せよ」
「あっそうだったね」
ガルドがぼそりと口を出せば、ルシアンが小さく笑う。
風が、淡い髪をさらう。
銀の瞳はもう、次の街を見ていた。
――【レストロワ狩猟祭】




