【収穫祭と湯たんぽ
収穫祭一日目の夕方からは、この中央広場の多目的ホールでオークションも開かれており……、とはいえ高価なものが並ぶわけではなく、出品者も、参加者も、街の商人や住民、子どもたち。
ちょっとした催し物のようだった。
ルシアンとガルドも、会場の外から中の様子を覗くにとどめる。
競売人の声がホールに響き、次々と値を上げていく参加者たちの掛け声。
今は"子どもの部"のようで、しかしながら本格的な競りと大人のようなやり取りに、子どもたちの目がドキドキと輝いているのが見える。
商人の多い交易都市ならではの催し物なのだろう。周囲の交易商や冒険者たちも、皆その様子を頬を緩めて眺めていた。
「……ふふ」
それを見て小さく笑ったルシアンを、ガルドも横目で見やる。
互いにそれ以上、何かをつけ足すでもなかったが……銀の瞳が柔らかく細まっていて、どこか見守るような眼差しで。
やがて二つの影がゆっくりと踵を返し、街の喧騒の中へと戻る。
果物を使った地酒の屋台があり、ガルドがそこで酒を二杯買った。そのうちの一つを、ルシアンに手渡す。
「……見る価値はあったか」
「うん」
もちろんそんなこと、今さら聞かずともわかっている。だが満足げな顔を見て、ガルドもわずかに口角を上げた。
交易都市の秋は、静かに深まることはない。
遠い土地から届いた品々と、近郊で採れた実りが隣り合わせた露店に並び、街全体が大きな収穫かごのような豊かさを抱えている。
日が沈んでくれば、通りを彩る色も深まる。
建物の軒から軒へ渡された旗は、厚みも染めも様々で、真下を通ればほつれが継ぎ布が見え、祭りの世代を渡ってきたのだろうということが見えた。
明日は朝から狩猟祭があり、東西南北の大通りで封鎖が始まっている場所もあった。
冒険者ギルドの職員らが、交差路や道脇の空き地、細い路地の安全を確認しながら、一つ一つ封鎖処理をしていく。
歩きながら、ルシアンも流れるようにそれを見つめていた。
「狩猟祭、街の人たちは二階や屋上から観覧するようだね」
「……んなら、俺らも宿からだな」
そんなことを話しながら、賑わいの中をカルネティアへと帰る。
まるで静けさが守られているかのように落ち着きの保たれた高級宿は、玄関先でいつもの衛兵がふたりを見止め、控えめな笑顔のまま過不足のない礼をしていた。
「おかえりなさいませ」
ただそれだけの言葉で、またルシアンの表情に、柔らかな笑みが灯った。
門番が開いた扉に身体を滑り込ませ、その後ろをガルドが続く。誰に見せるでもないその立ち居振る舞いひとつすら、もうすっかりこの街に馴染んで見える。
ロビーには、すでに祭り帰りの宿泊客がちらほら。
みな、この宿に泊まる理由も身分も様々に見えたが、今だけは同じ祭夜の空気の中にいた。
部屋に戻れば、窓辺に寄せた椅子が二つ、昼間のまま並んでいる。
窓際のローテーブルに飲みかけていた酒を置く。祭りの音がまだ、どこか遠くから届いていた。喧騒、笑い声、匂い、歌声。
外套をスタンドにひっかけながら、ルシアンが室内灯を灯していく。窓の外、夕焼けの名残は、もう消えかけている。
「色々食ったから夕飯いらねぇな」
「うん、確かに」
そうだね、なんて頷きながら革鞄から焼き菓子を取り出した雇用主に、ガルドが呆れたように肩をすくめていた。
風呂を終えたガルドが浴室を出れば、先に風呂を済ませていたルシアンが、窓から通りを見下ろしていた。
楽団の演奏がかすかに聞こえる。冷たい夜風が、けれど収穫祭の温もりを運んで部屋へ吹き込んだ。
――きゅ、と護衛の眉間に皺が寄る。
「おい、湯冷めすんぞ」
「うん?」
顔を上げて振り返ったルシアンに、ため息まじりの影が静かに寄り添った。
明日の狩猟祭に向けて、眼下の旅宿通りはすっかりと封鎖され、今は帰路につく人々がわずかに往来するだけ。
遠目に見える中央広場で、楽団が静かな夜の演奏を響かせていた。
一瞬だけガルドもその音に動きを止めたが、何気なく触れたルシアンの肩がひやりとしており、舌打ち混じりに窓を閉める。
「……冷えてんじゃねぇか」
「うん、ちょっと聞き入っちゃった」
ふわりと笑う声に、もう一度風呂に入ってこい――と言おうとして、……黙る。
視線は柔らかな寝間着の肩先に落ちていて、じっと何やら思案したのち、かすかに唇の端を引きながら。
「……俺の……ベッド来るか」
きょと、とルシアンがそれを見つめ返す。
どうやら今日の護衛は、なんというか、放してくれない一日のよう。
まぁ、そんな日があってもいいだろうと、にこりと頷く。
ガルドもその頷きを見届け、ふっと息をついた。顔には出さないが、どこか安堵のようなものが背中に落ちた感覚がある。
「……ふたりで寝りゃあ、あったけぇしな」
「ふふ」
言い訳のようにぼそりと漏らしながら、手を伸ばしてルシアンの手首を取る。
引き寄せる力は強くもなく、けれど確実に寝床に引き込む重さ。
ガルド自身、暑さ寒さには強い。乾いた暑さだろうと凍るような寒さだろうと、耐えられないと思ったことはない。――ので、まさか"晩秋の冷え"に感謝する日が来るとは思いもしなかった。
ゆっくりとベッドに腰を下ろし、ルシアンを引き寄せる。ガルドのベッドは片方が壁になっており、そちら側……に、雇用主をやろうかとちょっとよぎったが、これは控えておく。ずり、とガルドが奥側へ腰をずらした。
揃って横たわれば、乾いた髪が頬にかかる。かすかに石鹸の匂いがした。
昼間と違って香油の気配はなく、ただ湯上がりの体温と、素の匂いだけがそこにあっ…………いや、くそ、香膏の甘い匂いするな……。ガルドが小さく咳払いをして、動揺を逃がす。
「……寒くねぇようにな」
そう呟いたのは、念押しのような正当化だった。
丸まった背中を預かるのも、頭の下に腕を差し込んでやるのも、上掛けごとくるんでやるのも、寒くないようにだ。
まるごと囲い込んでいるように見えるが、寒くないようにだ。なぜなら、ルシアンの身体ももたれるように自然と添ってくる。
「ガルド暖かいね……」
「……風呂上がりだからな」
緩く、懐から、何やら小さく笑うような声。
(…………)
湯たんぽだな俺、と……熱源としての自覚が生える。いやもういい。全然それでいい。
元々体温は高い。適性ありというやつだ。むしろ自分以外いない。ガルドはそのまま満足げに目を閉じ、鼻先をゆっくりとルシアンの髪に埋めた。
耳の端にいつまでも、ゆらゆらと楽団の演奏が聞こえていた。
――【収穫祭と湯たんぽ】




