【仮面と旅人、街を往く】
気づけば、十一の月も半分が過ぎていた。
その半月の間に、レストロワの街中を散策して露店を覗いたり、屋台や料理屋を食べ歩いたりしていれば、もうふたりはすっかりと街の風景の一部と化していて。
通りを歩くその姿に向けられる視線は、親しみ、羨望、安心の眼差し。
衛兵は軽い会釈ですれ違い、商人たちは視線だけを投げてきて邪魔はしない。こざっぱりとした距離感の人間が多い街だった。
秋の収穫祭だからとレストロワに立ち寄った冒険者連中は、街中を散策している"無哭"と魔術師を見てぎょっとし、――街の冒険者と顔を突き合わせて話す。
「おい、この街、無哭いるのかよ」
「あの横の男が噂の相棒か?」
「ああ、"無紋"だよ」
「あれで哭紋だ。この街で悪さできねぇぞ」
笑いと冗談混じりに交わされるそんな言葉が、また"哭紋"を運んでいく。
――本人たちの、与り知らぬところで。
「おお、旦那方も、仮面どうだい」
通りの喧騒の中、ある屋台に立ち寄ったルシアンに、店主がそう笑いかけた。
普段は旅宿通りで焼き菓子の屋台を営む男性の店は、ふたりも何度か立ち寄ったこともあり、……もう顔見知りのようなものだった。
菓子と一緒に仮面が並べられており、これはあらゆる店で配られている。売り物ではなく、商品を買えばおまけでついてくるようなもの。
それを覗き込んだガルドが、焼き菓子を買いながら眉をしかめた。
「……仮面、な」
まあまあ、とからりと笑いながら、店主が仮面をいくつか指さす。
「好きなの持ってきな!」
仮面は顔の上半分を隠すもので、様々なデザインのものがあった。これもきっと、屋台によって装飾が違うのだろう。……ちら、と互いに顔を見合わせて、まぁ面白そうだ、と受け取る。
受け取ったものの、……まぁ、どちらも嬉々として仮面をつけるタチでもない……。
しかしそれを見かねたのか焦れたのか、すぐそばで様子を見ていた街の子どもたちが、堪りかねたように笑いだしてしまう。
「ンねぇ!つけないと女神さまおりて来てくれないよ!」
「にーちゃんたちつけてみてよ!」
――む、とガルドがやや動きを止め、眉を片方だけ吊り上げる。
その場にしゃがみ込んで仮面を顔にあてがえば、その横でルシアンも同じように目元を覆った。
……子どもたちの、軽やかで明るい声が響く。
「わはは、隠れてない!」
「にーちゃんたちだってすぐわかるね!」
ひとしきり笑い、何やら満足したように、子どもたちが駆けていく。傍らでは、屋台の店主も小さく肩を揺らしていた。
「……なんだありゃ」
仮面を手に、ガルドが立ち上がりながらも、隣へと視線をやる。ルシアンはわずかに仮面をずらして、走り去っていった小さな背中に微笑みを向けていた。
本格的な仮装ならまだしも、たかだか目元を隠すだけの仮面――当然、何も隠し切れていない。
銀の瞳がガルドを向いて、にこりと笑う。
「ふふ、一目で君だとわかるね」
「おめぇもな」
ルシアンが仮面を外し、それを肩掛けの革鞄のベルトに――、ガルドは腰の剣帯に引っかける。
合図も何もなしに肩を並べて歩き出す姿は、やはり一つの存在のようで。
「焼き菓子は後にして……何から食べようか、ガルド」
「んん……肉だな。おめぇは魚か……酒もいいな」
冗談めかした口ぶりで返しながら、ガルドが並んで歩くルシアンの横顔を見やる。仮面があろうとなかろうと、街のざわめきと笑い声の中で、その姿は人目を引いている。
すれ違った若い冒険者が、ひそひそと囁き合いながらも、顔を伏せるようにして通り過ぎていく。
街の人々は話しかけこそしないものの、萎縮した様子もなく親しげな視線を向けてくる。
(……知らねぇうちに……)
――すっかり馴染んでやがるな、こいつは、……とガルドが思うものの、自分もその風景の一部になっていることは思い至らない。
祭りの喧騒の中にただふたり、歩幅を揃えて、肩が触れそうな距離で。
誰にも邪魔されず、誰にも追われず。
――"抑止力"だなんて、いつだったかラスタールが口にした言葉が、今さらガルドの頭をよぎる。
……正直、"抑止力どころじゃない男"が街を闊歩しているわけだが。
「…………」
「……?香辛料のいい香りがするね?」
横目で見ていれば、それに気づいた魔術師がわずかに首を傾げて見返してきた。抑止力どころじゃない男は美味いものをご所望だ。……ガルドの口角が緩んだ。
「……気に入ったもん片っ端から試してみろ」
「おや、いいのかい?じゃあそこの屋台から行こうか」
弾むような背に、護衛が静かに追従する。
――秋空の下、ふたりは確かにこの街の彩りとなっていた。
夕刻になるにつれ、人波は徐々に中央広場のほうへと集っていった。
ラスタールの顔役官邸もあるこの広場には、中央を挟んで向かい側に多目的ホールがある。
広場の端では大きな焚き火が赤く揺れ、太い鉄串に刺された肉がゆっくりと回されている。透明な脂が火に落ちるたびにじゅくりと香ばしく弾けるもので、その煙に混じった匂いが道行く人の足を止めていた。
東西南北の大通りを、旅芸人の一座が回っていく。笛の音が細く抜け、軽やかでどこか浮き立つ旋律は、いつかの村で聞いた"はたけのうた"に通じるものがあった。
――ああ、今ならばわかる。
ルシアンが、小さく目を薄めた。
カドゥルの前に立ち寄った村で、村人や子どもたちが歌っていたあの農耕歌。独特な抑揚は、恐らくあの村という共同体の中で継がれてきた独自性だ。
そしてその大元は、――"豊穣祈りうた"。誰もがよく知る、大地の女神とその恵みを迎える祈りのうただ。
手拍子や、樽を叩くような音、子どもたちの笑い声に合わせて、一座の賑やかさがどこかの通りから、また。
「……この歌も聞き飽きたな」
「ふふ、こら」
ぼそりと呟く護衛に、銀の瞳が可笑しそうに笑った。
――【仮面と旅人、街を往く】




