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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
霧の向こう側

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【そばにあるということ】


その日の昼食は、商業通りにある小さな食堂でとることになった。


手頃な値段で盛りのいいパスタが供されるこの食堂は、地元の住民や商人たちが通う店のようで、この日もよく賑わっていた。


壁際のテーブル席に、向かい合って座る。

ルシアンが当然のように自分の皿から適量をとって、多い分をガルドへ押しやる。

やっぱりか、と口を曲げたガルドも、黙ってその皿を引き寄せてフォークを手に取った。


テーブルの上には、水のグラスと、食事と、ギルドから渡された魔獣の資料。

酸味のあるソースを絡め、パスタを一口。ガルドの視線が、そのまま資料に落ちる。


「形状不明……二メートルはでけぇな」

「濃霧の中でも行動できるとしたら……視力より感覚器で判断してるのかな」

「んん……可能性はあるな」


低く返事をしながら、赤い眼差しが、紙からルシアンの表情へ移った。


食事を進めながらも、興味深げに資料を覗き込む横顔。そこにはどこか、"楽しみだ"という色さえ浮かんでいる。


――当たり前のように、自分が選んだ依頼に乗ってきた。……"美しい景色"も、"不思議な場所"もないのに、だ。


「……せいぜい泥にはまらねぇようにしとけよ」

「ふふ、そしたら引っこ抜いてもらわないとね」


は、と笑うガルドの前で、スープが温かな湯気を立てる。助けてくれるよね?なんて顔をしている雇用主を、……ここまで甘ったれに仕上げたのが誰なのか、自分が一番よくわかっていた。

椅子に背を預け、わざとらしくため息をつく。


「はぁ……んじゃ抱えて戦ってやろうか、お坊ちゃん」

「……またそうやって」


口は悪くとも、赤い瞳は細められている。

ルシアンは手元の動きを止め、軽く肩を揺らして笑っていた。






昼食を終えて、そのままのんびりと商業通りを歩く。


中央広場から東門へ抜ける大通りは、交易品や雑貨、美術品などが並んでいたが、そこから一本南側の中通りに入れば、日用品が売られる露店が軒を連ねていた。

普段着、整髪料、香油、衛生用品から、筆記用具や手帳、鉱石素材や種苗に至るまで、品ぞろえは実に様々だ。


それぞれ興味のままに店先を覗きつつも、何を買うでもなく、探すでもなく、その日常の中をただ歩く。

時折すれ違う衛兵が、ふたりを見止めて小さく、わずかに目礼をしていく。

街の子どもたちは相変わらず、軽やかな笑い声とともに駆けている。



「……ガルドは、どこかに腰を落ち着けるなら、どんな街がいい?」


ふと、横を歩くルシアンがそんなことを呟いた。

赤い視線がそちらへ落ちるが、視線は交わらなかった。

この街の空気を受けた、ただの世間話のような、いつかの未来のような、読めない声色。


「……そりゃあ……」


――そこにお前はいるのか、と聞こうとしてやめる。


離れなければ、いいだけだ。


「……飯がうめぇ街だな」

「ふふ、間違いないね。魚料理が美味しいところがいいな」

「――ああ」


道端の木箱の上で、陽に当たった猫が昼寝をしていた。

小路に面した窓際に置かれた鉢植えに、知らない花が咲いていた。


「散歩にちょうどいい路地があると、なおいいよね」

「……そうだな」



――……。


今、お前、想像の中で、俺と一緒にいたか、と。


他愛のない会話の中に、自分の居場所があったような気がして、喉が詰まりそうになる。


当然のように並び立つ影。歩幅は違ってもつかず、離れず。

露店の店先を滑っていた眼差しが、ふと通りの向かいの店を見やろうとして、……その横顔を見つめていたガルドと視線がぶつかる。


――にこり、と淡紫の髪が揺れた。


「まぁ、まだまだ腰を落ち着けるつもりはないけどね」

「……は、だろうな」


何事もないように、ルシアンの視線はまた露店へと流れていく。

いや、本当にただの世間話だったのかもしれない。こちらが深く考えてしまっただけで。


だが、それだけで確かに、ガルドの心は凪いでいた。

共にあることを、もう疑わなくてもいいのかもしれない、と。


「……魚か。んじゃあ、港の街とかか」


ぽつりと返しながら、ガルドは足元を見た。並ぶ二つの影が、寄り添うように石畳に伸びている。


「魚、肉、酒、全部うめぇとこだな」

「ええ、あるかなそんなとこ……」


返ってきた笑うような声に、少しだけガルドの息が途切れた。

隣を歩くルシアンの横顔は、さして表情を変えず、ただ次の露店を眺めている。


買い物袋を手にした母親が通り過ぎ、子どもたちの声がまた遠ざかっていく。

その静けさの中、ふっと風が通った。


「……、どこでもいい」


最後にぼやいた声に、一度きり不思議そうに振り返る気配があった。

――そう?だったのかもしれない。

考えてないの?だったのかもしれない。


けれど、言葉にならなかった"お前がいれば"、は伝わっていないようで、……今はわずかに安心してしまって、ガルドは視線を戻した。


店先の飾り物を指でなぞりながら、ほんの少しだけ息を吐く。


未来はまだ遠いが――その影のすぐそばに、自分が立っている気がした。






――【そばにあるということ】

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