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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
霧の向こう側

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【濃霧の向こう】


「――さて、明日の予定はできたね。これからどうしようか」


ギルドの大扉へ向かいながら、ルシアンが隣の護衛にそう問いかける。

……食べ歩きも、まだまだ気になる店がある。東側の商業通りも、大通りや中通り、さらに小さい小路(こみち)にも露店が多すぎて、まったくといっていいほど回りきれていない。

南門の運輸ギルドは、もうすっかり元通りだろうか。北側の職人ギルドも、……見てみたいけど用事はないな。


そんなことを考えながらギルドホールの大扉に手をかける寸前で、ふとルシアンの歩みが止まった。



「……あ、返事書いてないや」

「あ?」


思わず同時に動きを止めたガルドが、隣を見下ろす。

――なんだって?とでも言うかのような表情に、ルシアンがにこりと笑った。


「兄の手紙に返事を書かなきゃ。ちょっと待っててね」


それきりを告げて、ルシアンはまたギルド受付のほうへと歩を進めた。



数日前、ルシアンの誕生日に、冒険者ギルド経由で次兄から届いた「おめでとう」の手紙。


送り主の署名も封蝋もなかったあの手紙は、"ただのルシアン"として旅をすることを許してくれている何よりの証。その気遣いは、嬉しい。

――だが、なによりこの次兄、構いたがりがすぎて、相手をしないと飛んできかねなかった。


(私も子どもじゃないんだけれどね……)


少々面倒だが……旅を円滑に進めるためには致し方ない。ルシアンが、小さく息をつく。

ガルドの誕生日やら蒐集家やら、……あとまぁ、……色々なことがあり、すっかりと返信を忘れていたことは……誤差だ。これですっ飛んで来たら怒る。


ギルドの受付で、便箋のセットを購入する。したためるのはそのままカウンターの端の方で、――返事は適当でいいだろう。



――『手紙ありがとう。こちらは楽しく旅をしています。

寒くなってきたから、みんな体調に気を付けて。 ルシアン 』



ごつり、と背後に足音が聞こえて振り返れば、やや離れた場所にガルドが立っていた。どこか、――『待っててね』と言われた一線を守っているような表情。

……家族への手紙。素性に近いもの。許可なく不用意に覗かぬようにする、距離だった。


けれど。



「……強い護衛がいるよって書いてあげようか」



いたずらっぽく笑ったルシアンに、ガルドの瞳がわずかに揺れる。逡巡ののち、……ごつ、ごつ、と靴音を鳴らして、すぐ近くまで寄ってくる影。


「……何書く気だよ」


口ではぶっきらぼうにそう言いながらも、ガルドの視線は便箋の上に滑る。

とはいえ、文字を読む気はない。ただ、その紙に"ルシアン"という名が綴られているだけで、何となく視線が逸らされた。


「……書くなら、書いとけ、俺がちゃんと護ってるって」


ぼそりと呟いた声は、照れとも自負ともつかない微妙な温度。

ルシアンがかすかに笑った気配に、舌打ちひとつを添えて、ぼそりと言葉を足す。


「あとはなんだ、気配りも覚えそう、……ちっとは礼儀も身につきそうとかか」

「ふふっ」


言うほどに語気が強まる。だがその目は照れを含んでいて、腕を組んでいてもどうにもぎこちない。

"書かれるかもしれない"という可能性に、感情のやり場がない。


「……それで、兄貴は納得すんだろ」


自分で言っておきながら、後頭部に手をやってがりがりと掻く。それは完全に、何かをごまかすような動作でしかなく。


便箋を滑るペン先は見れない。足元に落ちた赤い視線には、わずかな戸惑いも浮かんでいたが――それよりも強く、彼自身の願いと誇りを映していた。




やがて手紙を書き終えて、ルシアンがそれを革鞄にしまい込む。一度だけガルドの目線がそこに落ちるが、余計な詮索はしない。

ギルドの受付に出せば、宛先を言わなくてはいけない。つまりは、そういうことだろう、と。


「……お前、」

「うん?」


ギルドの出入り口へと踵を返しながら、ガルドはかけようとした言葉を切った。


それ、どこに宛てるんだ、とか。

次兄がクラドリックなら、長兄はなんていうんだ、とか。

お前の"ルシアン"は本物なのか、……とか。


油断をすれば口から出そうだったが、――今じゃないことは確かだった。


「いや、……あとでいい」

「うん……?」


緩く拳を握りながら、ギルドの大扉を開く。ギルド前の広間へ出れば、再び涼しい空気がふたりの肌に触れ……横に並ぶ淡紫の髪が、通りを吹いてきた風に揺れた。


「屋台で温かい飲み物でも買おうか」


かつ、と一歩を踏み出して、ルシアンが軽やかに微笑む。低く頷きながら、ガルドも静かにその背を追う。

……そんな顔をしているから、蒐集家なんぞに目を付けられるんだぞ、と眉をひそめるが。



(……そうか、俺がいるから、あんな顔してんのか……)


――そう、思い至ってしまい、わずかに口元が緩みかけた。

ルシアンが指さした先には、ホットワインを売る屋台。振り返った笑顔は、……やはり、自分だけに向けられる顔で。


「……甘くねぇやつな。辛口のがいい」

「そう?じゃあ見てみようか」


わずかに掠れた声で応じれば、また当然のように並ぶ肩。

その笑顔の理由が、ほんの少しでも自分にあるのなら――手を伸ばせば届く距離に、こうしていてくれるのであれば。

家族への手紙に、ほんの欠片でも、"俺"を置いてくれるのならば。


……あとでいい、と決めた。

けれど、"あと"はきっと、手繰り寄せなければ。


(……聞けば、応えんのか、お前は)



そう、たとえば、夜にでも、宿に戻って。


のんびりと飯と風呂を終えて、明日の準備を整えて。


彼が手紙をしまった、その鞄を棚にでも置いて。



「…………」



――"ルシアン"の、もう少し奥の話を。



ガルドは静かに拳をほどいた。

冷たい空気の中を、芳醇な酒の香りが漂う。屋台の並ぶ路地は、すっかり秋の様相だ。


静かな決意に、心は驚くほどに穏やかだった。






――【濃霧の向こう】

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