【鑑定は、顔役邸で】
――『親愛なる魔術師殿
はじめまして。私はレストロワにて小商いを営んでおります、ゴルド・アルドモンと申します。
先日、街中にて貴殿のご尊顔を拝見し、まるで風景の一部のように佇まれるそのお姿に、言い表しがたい感銘を受けました。
勝手ながらお調べさせていただきましたところ、どうやら貴殿は冒険者ギルドにご登録の方でいらっしゃるとか。なるほど、それにしてはあまりにお上品で……いえ、失礼。
実はこのたび、私の私的な収集品の中にいくつか鑑定が難しい珍品があり、ぜひとも貴殿のお目にかけたいと考えております。
もちろん、品定めの対価は充分にお支払い申し上げる所存です。貴殿のご見識を信頼し、敬意をこめてのお願いでございます。
なお、この件につきましては、既に冒険者ギルドおよび顔役ラスタール殿にも打診をさせていただきましたが、いずれもお忙しいとのことで機会を頂けず……残念でなりません。
そこで思い切って、直接こうしてお便りを差し上げる次第です。無礼をどうかお許しくださいませ。
お時間が許せば、ぜひとも私邸までお越しいただければと存じます。
鍵付きの特別室にて、静かな鑑定のひとときを――
貴殿のご到来を、心よりお待ち申し上げております。
純白の蒐集家 アルドモン』
――翌朝、朝食後。
宿の従業員が部屋へ届けに来たルシアン宛の手紙には、そんな……何とも言い難い文が連ねられていた。
微笑みのまま顔色を一つも変えず、ルシアンがそれに目を通し――小さく首を傾げる。
手紙をたたみ、正面のソファに腰かけていたガルドに、笑みを向けた。
「珍品の鑑定依頼だって。どんなものがあるんだろう」
「おい……おい見せろ、それ」
わずかに苛立ちの滲むガルドが手を差し出したところで、……やや慌てたように、部屋の扉をノックする音。
はた、とふたりの視線が交差する。緩く腰を上げたガルドが扉を開けば、宿の従業員に案内された、ラスタールの侍従を名乗る男だった。
きちりとした身なりだったが、よほど慌てていたのか、襟元などが乱れている。
「と、突然のご訪問で失礼いたします!ルシアン殿、お手紙などを受け取られましたか!」
「ええ、先ほど。とても丁寧なお誘いでしたよ。特別室にて、静かな鑑定を、とのことで」
柔和に微笑むルシアンに、侍従がサッと顔を青くした。
手に持ったままだった手紙をルシアンが差し出せば、ガルドと侍従が二人そろって文面を覗き込む。
――片や沈黙。
……片や蒼白。
「……んだこりゃ……」
「な、なりませんルシアン殿!行ってはなりません!せ、せめて顔役官邸にて……!!」
「おや、なるほど……?」
鬼気迫る、とでもいった具合の侍従の男に、ルシアンが小さく顎を引いた。その隣では、ガルドが口元を歪めて手紙を一読し終えている。
びきりと血管の浮いた額は、異様に冷めた赤い瞳に妙な説得力を持たせていたが――横合いのルシアンの微笑を見た瞬間、握っていた拳をゆっくりと緩めた。
ぎろり、と淡紫を睨んだのは、――まさかじゃねぇよな、の眼差し。
「……ふむ」
誠実な依頼を装った、気色の悪い手紙。
今にも剣を抜きそうな護衛。
大慌てで火消しに回る顔役侍従。
銀の瞳が、ゆるりと細められる。
「……顔役殿がこうしてご対応をいただけるということは、断ればよくない影響のある人物なのですね?」
「っ!はい……申し訳ありませんが……!」
「秋の収穫祭にも、影響がありますか?」
「……か、開催自体が、危ぶまれるかと……っ」
――なるほど、と再び頷いた淡紫に、……やはりこの男、頭の回転が速い……と、侍従の男が身震いをした。
断片的な情報だけで、あっという間にこちら側の事情も把握していく。
何よりそれだけで、隣の"無哭"すら、黙った。
「顔役官邸ですね?」
「ッ、ご対応、いただけるのですか!」
「護衛の彼も共にという条件で、お引き受けしましょう。珍品がなければ、帰ります」
にっこりと微笑んだその表情は、鋭く引かれた柔和の一線だ。
確かに、笑んではいる。――瞳の奥は、見えないが。
……侍従の喉が、ごくりと鳴る。
了承の言葉も出ぬまま、ただ姿勢を正して深々と頭を下げるしかない、この、格か……圧か。
「……ふざけたことがありゃあ、容赦しねぇぞ」
横合いから、刃を噛み殺したような声。
息を呑んだ侍従もまた、その赤い瞳をちらりと見て、即座に頷いた。
「こ、心得ております……。ぜひとも、ぜひともおふたりご一緒での訪問、ということで……っ」
「チッ……くだらねぇ」
ガルドが手紙を放るように侍従に押し付ければ、胸元にそれを預かった侍従が、慌てたように小さくたたみ上げた。
くるりと室内に踵を返すルシアンは、静かで、穏やかな動作。
遊びに行くのではない――狩りに行くのだ。
その背がそう見えてしまったのは、侍従がガルドの圧にすっかりすくみ上がっていたからだろうか。
「……まぁ、収穫祭は捨てがたいな」
低く静かな護衛の声に、柔らかな笑い声が重なった気がした。
その日の昼すぎには、改めて顔役侍従がカルネティアを訪れていた。
面会の用意がトントン拍子に進んでしまい、……問題の蒐集家はすでに、顔役官邸にてルシアンを待っているとのこと。
「重ねがさね、誠に……申し訳ございません……」
今にも胃に穴が開きそうな顔で、侍従が深々と頭を垂れている。
ルシアンも支度をしながら、――ちらりと護衛を見やった。
「ガルド。大剣は置いていってもらえるかい」
「ああ?」
かすかに怒気すら孕んだ反応に、侍従が小さく、けれど力強く頷いた。
いやもう、その主張の激しい"武器"……ずっと、気にはなっていた。けれど正直、怖いが過ぎて言い出しにくかったところだ。
「護衛としては心強いけど、今から会うのは街の経済に関わる人物だ。下手に刺激しない方がいい」
「……チッ」
「手も出さない。睨まない。……ね?」
念を押すような笑顔に、――ガルドが乱暴に剣帯のベルトを外す。雇用主殿の笑顔は、ラスタールのためでも、レストロワのためでもない。
それはただただ、秋の収穫祭を楽しみたいがためで……、だからこそガルドも、渋面で大剣を壁に立てかける。
「何かあれば、その時は君を頼るよ」
「……なにかあっちゃマズいんだよ……」
相も変わらず優雅な男と、殺気のだだ漏れる男を引き連れ、侍従は沈痛な面持ちで宿の出口へと歩を進めていった。
――レストロワの中央広場に位置する顔役官邸は、すでに客人の来訪を想定していたかのように、正門が開かれていた。
庭の手入れは行き届き、歩むたびに細かな砕石が控えめに音を立てる。
玄関をくぐり、ホールへと足を踏み入れれば、ガラス張りのドーム状になった天井からは、午後の陽光が柔らかく差し込んでいる。
官邸の奥、応接棟の手前まで案内されると、ふたりはそこでいったん待機を求められた。
「申し訳ございません、こちらで少々お待ちを……」
侍従の男が頭を下げて去ると、しばしの静寂。
ガルドは部屋や廊下を見渡し、窓の位置、出入口、装飾品の配置に至るまで目を通す。
口元には苦いものを噛んだような皺。眉間にはもっと深い皺。
そのすぐ隣では、ルシアンが椅子に腰を下ろして待つ。
その背筋の伸びた坐り方と、膝上に揃えた指先が、誰よりも"要人"然としていて。
――やがて、奥の扉から、柔らかな足音。
「失礼いたします!」
芝居がかった仕草で両扉を押し開け、どこか白々しくも姿を現したのは、ふっくらとした体躯の中年男だった。
髪は灰色を含んだ金で、頬は福々しく笑みを湛えている。
だがその眼差しだけが、異様なほどの光を宿していた。
「これはこれは……まさか、お越しいただけるとは」
広げた手のひらを胸に添え、男――"純白の蒐集家"が、仰々しくお辞儀をする。
渋面をかますガルドなど一切視界にも入らない様子で、その目はまっすぐルシアンに向けられていた。
まるで、宝石の真贋でも見極めるかのように。
「ようこそお運びくださいました。まことに、まことに光栄に存じます」
ガルドが、一歩、ルシアンの前へ出かかる。すんでのところで止めたのは、横合いのルシアンが過不足なく立ち上がったからだ。
止められたわけではない。……けれど、その背が"任せろ"と言っているように見えて。
(……チッ……)
舌打ちを喉の奥で噛みころす。
けれど鋭く睨み下ろす視線に、遠慮はない。……それにすら気づけない蒐集家は、もはや愚かに近いものがあった。
「いやはや……しかしまぁ……なんと……」
喜びが言葉の端々から零れ、蒐集家の目線が、ルシアンの毛先からつま先に至るまでを一巡した。
口元には、決して気品があるとは言い切れない笑み。
対するルシアンは、身じろぎ一つない、柔和な微笑である。
「"純白の蒐集家"殿ですね。お手紙、拝読いたしました。珍品の鑑定のご依頼ということで」
「ええ、ええ!世にも珍しいものばかりで、こちらとしても偽物を掴まされてはなりませんのでね……!」
言いながら、奥の応接室へ誘導しようとするその手が、ルシアンの背に触れかけた。
が、ルシアンが微笑のままにそれをふわりとかわす――、それがまた、蒐集家の笑みを深めるところとなるのだが。
「っルシアン殿、こちらだ」
半ば慌てたような声で、肩で息をしたラスタールが、奥の応接室から顔を出す。
恐らく公務の間を縫ったのだろう、表情がとてつもなく疲弊しており、……ついでガルドに目線を向け、その眼差しだけで「すまん」と懇願のような色を見せた。
――ぐ、とガルドが舌打ちをしそうになるが、揉め事を起こすなというルシアンの言いつけがある。
ましてや、こういった場のいなし方は、自分よりもルシアンに分がある。
蒐集家に何やら話しかけられつつ、顔色一つ変えずに歩みを進めるその背に、……護衛は、黙って従った。
応接室に入れば、テーブルの上にはすでに、品物の数々が並べられていた。侍従は下がり、室内にはルシアンとガルド、ラスタールと蒐集家のみ。
ガルドは苦い顔のままに壁際に控え、ルシアンらはソファへと腰かけた。
「さて、こちらがお目にかけたい品々でしてな……!」
腰を下ろすやいなや、蒐集家がまたも芝居がかった仕草で、テーブルの上の品々を両手を広げて示した。珍品を一つ一つ紹介しながらも、事あるごとに正面の魔術師を覗き込んでいる。
時折ひくりと吊り上がるその口角が、美しい"蒐集品"を前にして、もうどうにも我慢できないようにすら見えた。
「長年かけて集めてきたものでして、中には大金をはたいて手に入れたものさえ!」
「ほう……熱心でいらっしゃるんですね」
「え、ええ!そうですとも!美しいもののためなら、いくら出しても構いやしない!」
興奮冷めやらぬ表情で答えつつ、ああ――、なんてことだ、と……蒐集家は恍惚とせんばかりだった。
なんと清らかな声か。淡紫の髪は絹のようになめらかで、触れればきっと手に溶けるようだろう。
ああ、ああ、まつ毛までその色か。瞳は銀だ。まるで光を散らしたような。
微笑みは全てを赦すかのようで――その美しさが、歪められるのはどんなときだろう、と。
ガルドの喉奥が、ごり、と鳴った。
足を組み替えるふりをして、腰の位置をわずかにずらす。
――ぎちり、奥歯が軋む。反射的に、ルシアンとの間合いを一歩詰めた。
蒐集家の語りは止まらない。
品の紹介にかこつけて、その実、視線も、言葉も、目的はただ一つ。
「どうでしょう?貴殿のご慧眼であれば、きっと真贋を見極めていただけると思いましてな……」
「おや、恐縮です」
「いえいえ!ささ、この水晶の卵など、まるで貴殿の瞳のようではありませんかな……」
ラスタールが眉間に手を当て、震えるようなため息を堪える。
それでも黙っているのは、この場が、街の平穏のために用意された舞台であるからだ。
だが――その静かな緊張の糸に、蒐集家は微塵も気づいていない。
本当にこんな鈍い奴が"豪商"なのかと、壁際の護衛が不機嫌そうに、ぴくりと指を動かしていた。
――【鑑定は、顔役邸で】




