第三話 異能の発現
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都々に治癒の能力が発現したのは、齢九つの時である。
嗜虐趣味を持つ父に虐げられ、母の鬱屈の捌け口にされ、ボロ雑巾のように床に捨てられる毎日を送っていたある日。
それは、ひときわ厳しい寒夜のことだった。
「くそっ! あいつら、学も無いくせにこの俺に意見しやがって……!」
「っ、」
鳩尾に、容赦のない蹴りが飛ぶ。二つに折った体から、堪える間もなく胃液が出た。
その日、秀一の機嫌は最悪だった。蔵を訪れるなり都々を甚振り、嵐のような暴力は時が経っても止まず、腹に喰らった重たい打撃に嘔吐と痙攣を繰り返す都々に、しかし、爪を噛んでぶつぶつと怨嗟を募らせている秀一が気付く様子は無い。
日に日に激化していく甚振りは、塵が積もるように都々の命を削った。
癒える前に新たな傷が増え、皮膚が腫れようが、血を流そうが、骨に罅が入ろうが、父と母には響かない。恐らくはもう、暴力に対する感覚が麻痺しているのだろう。そうして行き過ぎた「仕置き」が、幼い都々の少ない体力を奪っていく。
──意識が朦朧としていた。
満足に与えられない食事。無いに等しい防寒具。傷だらけの身体。
ひどく眠たくて、眠ってはいけないと脳が警鐘を鳴らすのに、瞼が言うことを聞かず視界がどろどろと溶けていく。
「ん……? うわ、お前、この靴の値段、分かってんのか? お前には一生かかっても手に入れられない代物だぞ」
ようやく都々の状態に気が付いた秀一が、吐瀉物で汚れた靴の先を忌々しげに見遣り、都々の頬に強く擦り付ける。
つんと鼻腔を刺激した酸っぱい臭いにまた吐き気が込み上げて、べしゃりと透明な液を吐くと、秀一は嫌悪の眼差しで吐き捨てた。
「それ、自分で片しておけよ」
図らずも、滾るような怒りは収まったのだろう。踵を返した秀一の足音が遠ざかり、訪れたのは束の間の平穏だ。
もう、指の一本すら動かせそうに無かった。寒さで悴んで、全身が凍りついてしまったみたいに。
それでもどうにか、瞼を持ち上げようと必死で睫毛を震わせる。
けれどふと──もういいのか。そう思って、力を抜いた。
だって、無理に生きる必要なんてない。都々はそれを望んでいない。必死に明日を生きて、それで何になると言うのだ。死こそ幸福。死こそ安寧。死だけが都々を救うたった唯一であると、都々にはもう分かっていた。
諦めてしまえば心は穏やかに凪いで──しかし突然、冷え切っていた手のひらにじわりと熱が灯る。
経験したことの無いその感覚に、都々は閉じかけていた瞼を開いた。不思議なことに、あれだけ重たかった瞼がすんなりと持ち上がる。
(……?)
熱の源へと視線を動かすと、手のひらが淡く光っているのが見えた。どこか神秘的な光の粒が、ふわふわと都々の両手を取り巻いている。
一体、これは何だろう。
幻想的なその光景を、鈍い頭でぼんやりと眺める。しかし、暫くして違和感に気が付いた都々は、僅かに目を見開いた。
──傷が、消えている。
手のひらに刻まれていた無数の切り傷が、光を纏った先から消えていたのだ。
驚いているうちに光は都々の全身を包み込み、夜が明ける頃には、都々の身体は傷一つない綺麗な身体へと生まれ変わっていた。まるで、折檻の事実なんて初めから無かったみたいに。
都々自身、この力の正体は未だ分かっていない。都々の他に、光を操る人間なぞ見たことも無い。
けれど、一つ確かなことがある。
この力は、人智を超えたこの技は、都々にとって救いでは無い。
むしろ、死ぬに死ねない枷となって、都々を縛り付けたのだ。




