表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
44/44

彼Side エピローグ「続いていく」

夜景が一望できる高台は、思っていたよりも静かだった。


街の灯りが遠くまで広がって、まるで別の世界みたいに見える。


光の粒がゆっくりと瞬いていて、現実なのに、どこか夢みたいだった。


「きれいだね」


隣で、こはるが少しだけ身を乗り出す。


「ああ」


短く返しながら、その横顔を見てしまう。


光に照らされたその表情は、少し大人びて見えた。


昔よりも、ほんの少しだけ距離が近くて。


それでも、ふとした瞬間に見せる柔らかい表情は、あの頃のままで。


そのことに、胸の奥が、静かにほどける。

 

ポケットの中で、小さな箱と、もう一つの感触を確かめる。


――今日、言う。


ここに来る前から、ずっと決めていた。


何度も頭の中で練習して、何度も言い直して。


それでも今、こうして隣に立っていると、言葉がやけに遠い。



「寒くない?」


何気なく聞く。


「大丈夫。そっちは?」


「俺も平気」


 

そんな、どうでもいい会話。


でも、その“どうでもよさ”が、どうしようもなく愛おしい。


 

沈黙が落ちる。


気まずいわけじゃない。


むしろ、落ち着く静けさ。


でも今日は、その静けさの中に、はっきりと意味がある。



視線を夜空へ向ける。

 

――図書室。

――白い封筒。

――最初に書いた、あの一文。

 

『はじめまして。

この本を読もうとしているあなたへ――』



あのときは、ただ誰かと繋がりたかっただけだった。


誰でもいい、なんて思ってたわけじゃない。


でも、“誰か”でしかなかった。



でも、今は違う。

 

「……なあ」

 

こはるがこちらを向く。

 

――逃げるな。

 

頭の中で、はっきりと自分の声がする。

 

「ちょっと、いい?」

「うん」

 

軽く頷くその仕草で、心臓が一気にうるさくなる。

 

深く息を吸う。

逃げ場を、全部消すみたいに。

 

ポケットから箱を取り出す。

ゆっくりと開く。

 

小さな指輪が、夜景の光を受けて静かに輝く。

 

こはるの目が、ゆっくりと見開かれる。

 

「俺、さ」

 

言葉を選ぶ。

でも、止まらない。

 

「昔、“誰でもいい”って思ってた」

 

少しだけ間を置く。

 

「誰とでもうまくやれるし、誰といてもそれなりに楽しい」


「でも、それって――ちゃんと向き合ってなかっただけでさ」

 

一歩、近づく。

 

「ちゃんと選んでなかったんだと思う」

 

風が、二人の間を通り抜ける。

 

「でも」

 

こはるを、まっすぐ見る。

 

「こはると出会って、分かった」

 

少しだけ、力を抜いて笑う。

 

「“この人がいい”って思えることが、こんなに怖くて、こんなに大事なんだって」

 

胸の奥が、痛いくらいに鳴る。

 

逃げない。

もう、絶対に。

 

「俺は――」

 

一瞬だけ、息を止めて。

 

「こはるを選びたい」

 

その言葉が、夜に落ちる。

 

「これから先も、ずっと」

 

震えそうになる手を抑えながら、指輪を差し出す。

 

「……結婚してほしい」

 

静寂。

 

時間が、ゆっくり流れる。

 

こはるは、何も言わずにこちらを見ている。

 

少しだけ、不安がよぎる。

 

でも――目は逸らさない。

 

やがて。

 

「……ねえ」

 

その声は、少し震えていた。

 

「覚えてる?最初の手紙」

 

小さく笑う。

 

「怖かったけど……でも、優しそうな字だなって思った」

 

一歩、近づいてくる。

 

「……あのときの私、正しかった」

 

まっすぐ、見つめられる。

 

「ずっと、そう思ってた」

 

胸の奥が、ほどける。

 

「だから」

 

少し震える声で――

 

「待ってたよ」

 

その一言で、全部が報われた。

 

「楓が言ってくれるの」

 

 

――よかった。

 

こはるは、涙をこらえるように笑って。

 

「……私も」

 

一拍、間を置いて。

 

「楓じゃないと、だめ」

 

 

その瞬間、

張り詰めていたものが、全部ほどけた。

 

そっと、その手を取る。

 

指輪を、ゆっくりとはめる。

 

ぴったりと収まる。

 

「……よかった」

 

思わず、本音が漏れる。

 

こはるが、くすっと笑う。

 

「ねえ」

「ん?」

 

「今の、ちょっとかっこよすぎじゃない?」

 

「……は?」

 

「急にそれは反則でしょ」

 

「いや、こっちはずっと必死だったんだけど」

 

「うん、顔に出てた」

 

「マジかよ……」

 

顔を覆いそうになる。

 

そんな俺を見て、こはるが少しだけ近づく。

 

「でも」

 

小さく言う。

 

「すごく嬉しかった」

 

 

胸が、ぎゅっとなる。

 

「……好きだよ」

 

今度は、逃げずに言う。

 

こはるが、少しだけ照れて。

 

「うん、知ってる」

 

 

そのとき。

 

こはるが、一歩踏み出して――

 

「……っ」

 

ほんの一瞬。

 

触れるだけのキス。

 

 

思考が、止まる。

 

「……今の」

 

声がうまく出ない。

 

こはるは少しだけ顔を赤くして、

 

「お返し」

 

そう言って、少しだけ笑う。

 

 

その瞬間。

 

もう、無理だった。

 

 

そっと――でも、確かに。

 

引き寄せる。

 

 

抱きしめる。

 

 

「……っ」

 

腕の中に、ちゃんといる。

 

温かい。

軽い。

でも、ちゃんと“現実”の重さがある。

 

心臓が、うるさい。

 

「……やばい」

 

思わず、漏れる。

 

「なにが?」

 

「好きすぎる」

 

 

一瞬の沈黙。

 

それから。

 

腕の中で、くすっと笑う気配。

 

 

「……知ってる」

 

 

ぎゅっと、少しだけ力を込める。

 

もう、離したくない。

 

でも、壊さないように。

 

その境界を探るみたいに、そっと。

 

 

「……これも」

 

少しだけ体を離して、もう一つ取り出す。

 

小さなお守り。

 

「覚えてるだろ、初詣」

 

こはるの目が、やわらかく揺れる。

 

「ちゃんと渡したくて」

 

少しだけ照れながら続ける。

 

「志望校とか、いろいろ言ったけどさ」

 

一瞬、言葉を選ぶ。

 

「一番は」

 

視線を合わせる。

 

「これからも、ちゃんと繋がってたいなって」

 

 

こはるが、それを受け取る。

 

大事そうに、握る。

 

「……欲張りだね」

 

「悪い?」

 

「ううん」

 

少し笑って。

 

「嬉しい」

 

 

また、距離が近くなる。

 

今度は、自然に。

 

 

夜景が、静かに広がっている。

 

あの日、図書室で書いた、たった一通の手紙。

 

あれがなければ、ここにはいない。

 

“まだ知らない君”だった相手は――

 

もう、どこにもいない。

 

代わりに。

 

ちゃんと名前を呼べる、隣にいる人がいる。

 

「……こはる」

 

「なに、楓?」

 

当たり前みたいに、返ってくる。

 

それが、嬉しくてたまらなかった。

 

 

――あの日、始まった文通は。

 

 

図書室の文通相手は――

これからもずっと、大切な人になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ