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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
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彼Side 第9章 後編「ここから」

目が覚めた瞬間、すぐに分かった。


「……今日か」


天井を見上げたまま、小さく呟く。


卒業式の日。


そして――彼女が、図書室で待っている日。


体を起こすと、やけに静かだった。


いつもと同じ朝のはずなのに、空気だけが違う。


落ち着かない。


胸の奥が、ずっとざわついている。


「……はあ」


深く息を吐く。


けど、全然落ち着かない。


むしろ、吐いた分だけ心臓の音がはっきりする。


ドクン、ドクン。


――逃げるか?


一瞬、そんな考えがよぎる。


「……いや、無理だ」


すぐに否定する。


ここで行かなかったら、たぶん一生後悔する。


分かってる。


分かってるけど、それでも怖い。


「……待たせてたの、俺だしな」


ぽつりと呟く。


これまで、ずっと。


手紙の返事を待たせて、間を空けて、気づかないふりをして。


それでも彼女は、ずっと続けてくれていた。


だから今日は――


「逃げんなよ」


小さく、自分に言う。


「……行くしかねぇだろ」


それだけ言って、立ち上がった。


 

いつもより少し早く家を出た。


じっとしていられなかった。


歩きながらも、頭の中はずっと同じことを繰り返している。


何て言う。


どう言う。


ちゃんと伝えられるか。


「……ダメだな」


苦笑する。


考えれば考えるほど、分からなくなる。


だったらもう――


「そのまま言うしかないか」


それが一番だと思った。


 

校門をくぐる。


卒業式の日の学校は、どこか静かだった。


人はいるのに、音が少ない。


その空気が、余計に緊張を引き上げてくる。


そのまま、迷わず図書室へ向かう。


足が、少しだけ速い。


 

図書室の前で、一瞬だけ止まる。


ドアノブに手をかける。


「……はあ」


深く息を吐く。


ここまで来た。


もう逃げ場はない。


「……行くぞ」


小さく呟いて、扉を押した。


 

静かな空気。


誰もいない図書室。


窓から差し込む光だけが、ゆっくりと揺れている。


「……まだ、か」


小さく呟く。


少し早かったらしい。


椅子に座る。


落ち着かない。


手持ち無沙汰で、何度も指を動かす。


時計を見る。


まだ数分しか経ってない。


「……長ぇ」


苦笑する。


こんなに時間が遅く感じるの、初めてかもしれない。


ふと、視線が本棚に向く。


いつもの場所。


いつもの本。


自然と、立ち上がっていた。


手を伸ばして、その本を引き抜く。


「……」


ページの間に、指を差し込む。


何もない。


当たり前だ。


今日は、そういう日じゃない。


でも――


「……最初も、ここだったよな」


ぽつりと呟く。


 

頭の中に、あの時の光景が浮かぶ。


白い封筒。


何気なく手に取った、あの一通。


 

『はじめまして。


この本を読もうとしているあなたへ――


もしよければ、私と文通しませんか?


書く内容は読んだ本の感想や日常で楽しかったこと、嬉しかったこと、悩み…何でも構いません。


同封した返信用紙に書いて、また本に挟んで返してください。』

 


「……懐かしいな」


小さく笑う。


あのときは、ただの気まぐれだった。


返ってくるかどうかも、正直どうでもよかった。


でも――


 

『はじめまして。


火曜日にこの手紙を見つけました。


お返事するか悩んで、少し遅くなりましたが、


私でよければ――


これからよろしくお願いします。』


 

その返事を読んだとき。


少しだけ、世界が変わった気がした。


「……まさか、ここまで来るとはな」


ぽつりと呟く。


ただの文通だったはずなのに。


名前も知らない、顔も知らない相手だったのに。


今は――


「……終わらせたくねぇな」


自然と、言葉が出る。


そのとき。


扉が、静かに開いた。



「……あっ」


小さな声。


振り向く。


そこに、彼女がいた。


 

一瞬、時間が止まる。


心臓が、一気に跳ね上がる。


ドクン、って。


痛いくらいに鳴る。


 

「……あの、あのね……」


声が、少し震えている。


言おうとしてる。


分かる。


でも――


「ちょっと待って」


反射的に、言葉が出た。


自分でも驚くくらい、はっきりと。


「ごめん。俺から先に話してもいい?」


一歩、踏み出す。


逃げるな。


ここで引いたら終わる。


「……」


小さく頷くのが見える。


その瞬間、腹をくくった。


 

「好きです」


言った。


頭が真っ白になる。


でも、止まらない。


 

「……これからも、一緒にいられたら嬉しい…です。」


声が少しだけ震える。


それでも、目は逸らさない。


 

「最初に始めたの、俺だったからさ……」


一瞬、言葉を探す。


でも、ちゃんと続ける。


 

「……こういうのも、俺から言いたくて。遮ってごめんね」


言い終わる。


沈黙。


 

「……」


その顔を見て、息が詰まる。


目に、涙が溜まっている。


「……え、ちょっ」


一瞬、焦る。


やばい。


泣かせたか?


どうする、これ。


何か言うべきか――


 

「嬉しい…」


その一言で、全部がほどけた。


「……」


力が抜ける。


よかった。


ほんとに、よかった。


 

涙ぐみながら笑うその顔が、やばいくらい可愛い。


「……」


一瞬、本気で思う。


抱きしめたい。


でも――


「……いや、まだだろ」


心の中で止める。


ここでやったら、たぶん違う。


今じゃない。


 

「……」


少しだけ、見つめ合う。


言葉は少ない。


でも、それで十分だった。



図書室の静けさが、少しだけ違って聞こえる。


終わりじゃない。


ここから、始まる。


そんな感覚が、はっきりとあった。


 

卒業式が終わる。


教室に戻ると、いつもより少し騒がしかった。


寄せ書きや写真で、みんな動き回っている。


「ここ、書くね」


気づけば、自然に声をかけていた。


「あ、ありがとう」


そのやり取りが、やけに嬉しい。


 

集合写真のとき。


「こはるちゃん、行こう」


名前を呼ぶ。


少しだけ照れながら、こっちを見る。


「うん、楓君」


その呼び方に、胸がくすぐったくなる。


 

「え、知らなかったんだけど」


周りの声。


思わず顔を見合わせて、笑う。


 

人が減っていく教室。


静けさが戻る。


「これからも……続けていこうね」


小さな声。


でも、はっきりとした言葉。


 

「もちろん」


即答だった。


迷いなんて、一つもなかった。


 

教室を出る。


廊下を並んで歩く。


少しだけ距離が近い。


でも、それが自然になっている。


 

ふと、あの本のことを思い出す。


最初の手紙。


白い封筒。


あの一通から始まった時間。


 

「……なあ」


小さく呼ぶ。


こっちを見る。


目が合う。


 

ほんの少しだけ、手を伸ばす。


触れるか、触れないかの距離。


 

――まだ、早いか。


そう思って、やめる。


 

でも、その距離が、わずかに縮まった気がした。

 

あの日、始まった文通は。

 

今――



図書室の文通相手は――


大切な人になりました。

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