彼Side 第9章 中編「ここから」
卒業式まで、あと数日。
それだけのはずなのに、時間の進み方が妙に遅く感じた。
「……」
教室。
人は少ない。
自由登校になってから、来るやつと来ないやつの差がはっきりしてきて、クラスの空気はどこか抜けている。
その中で――
「……」
視線を上げる。
いる。
窓際。いつもの席。
前みたいに毎日じゃない。でも、来てる日は分かる。
なんとなく。
「……」
目が合いそうになって、思わず逸らす。
でも前と違って、完全には外さない。
一瞬だけ、残す。
その一瞬で、向こうも同じことをしてるのが分かる。
「……」
それだけで、少しだけ息が楽になる。
あの日の手紙。
『卒業式の前に、ここで待っています。』
何度も、頭の中で繰り返していた。
「……待ってる、か」
小さく呟く。
ただの一文。
でも、意味は重い。
逃げられない。
ごまかせない。
先延ばしにもできない。
「……まあ、それでいいか」
むしろ、ちょうどいい。
そう思ってる自分もいる。
問題は――
「……何て言うか、だよな」
帰り道。
一人で歩きながら、何度も考える。
好きです。
付き合って下さい。
これからも一緒にいたい。
――いや、重いか?
でも、ここまで来てそれ言わないのも変だろ。
「……」
頭の中で何回もシミュレーションする。
言ってみる。
止まる。
やり直す。
「……無理だろ」
思わず笑う。
全然しっくりこない。
言葉にしようとすると、全部軽くなる気がした。
口に出した瞬間、全部が嘘になる気がして。
でも。
「……言わないと、終わる」
それだけは、はっきりしていた。
家に帰っても、同じだった。
机に向かって、ノートを開いても、問題文が頭に入ってこない。
気づけば、手紙を取り出している。
何回読んだか分からない。
『待っています』
その一文を見るたびに、胸の奥が少しだけ締まる。
「……」
ベッドに倒れ込む。
天井を見る。
逃げたいわけじゃない。
むしろ――
「……ちゃんと、行きたい」
そう思ってる。
でも。
緊張は、普通にする。
「……当たり前か」
苦笑する。
好きなやつに、自分の気持ちを伝える。
それが簡単なら、こんなに迷ってない。
数日。
そんな時間が続いた。
教室。
図書室。
帰り道。
家。
どこにいても、頭の中は同じことを考えてる。
そして――
気づく。
「……これ、もう逃げようがないな」
どこにいても、結局そこに戻ってくる。
だったら。
「……ちゃんとやるか」
少しずつ、覚悟が形になっていく。
ある日の放課後。
図書室。
扉を開ける。
静か。
「……」
いない。
でも、もうそれに対して前みたいに落ち込まなくなっていた。
「……まあ、そりゃそうか」
代わりに。
「……もうすぐだしな」
そっちの方が大きい。
机に座る。
何もすることはないのに、なんとなくその場にいる。
窓の外。
日に日に太陽の出ている時間が長くなってきている。
冬の終わり。
「……」
ふと、思う。
ここで始まった。
あの一通。
見つけてもらって。
返事が来たことに戸惑いながらも、軽い気持ちで返して。
それが、ここまで続いてる。
「……」
笑う。
「……想定外すぎるだろ」
でも。
悪くないどころか――
「……むしろ、よかった」
そう思ってる。
しばらくして、立ち上がる。
本棚に近づく。
あの本に触れる。
「……」
もうすぐ、ここでのやり取りも終わるかもしれない。
場所としては。
でも――
「……終わらせねぇよ」
小さく呟く。
これは、ただの文通じゃない。
ここまで続けてきた意味がある。
それを、自分で切るつもりはなかった。
卒業式、前日。
今日、学校に行ったら会えるかと思う。
でも。
「……いや」
首を振る。
違う。
これは、ここじゃない。
言うなら――
「……明日だろ」
決めている場所。
決めているタイミング。
そこを逃げたら、たぶん一生後悔する。
空気が少しだけ柔らかい。
春が近い。
「……明日か」
ぽつりと呟く。
ついに、来る。
逃げ場はない。
でも――
「……まあ、いいか」
小さく笑う。
ここまで来たら、もうやるしかない。
ベッドに座る。
しばらく、何も考えない。
でも、すぐに思い出す。
「……」
ポケットから、手紙を取り出す。
最後にもう一回だけ、読む。
『待っています。』
「……ああ」
小さく返す。
「行くよ」
誰に聞かせるわけでもなく。
ただ、自分に言う。
そのまま、横になる。
目を閉じる。
でも、すぐには眠れない。
頭の中で、明日の光景が何度も繰り返される。
図書室。
彼女。
距離。
言葉。
「……」
深く息を吐く。
「……大丈夫だろ」
根拠はない。
でも。
「……ここまで来たしな」
それだけで、十分だった。
ゆっくりと、目を閉じる。
心臓の音が、少しだけ速い。
でも――
嫌じゃない。
むしろ、ちゃんと進んでる証拠みたいで。
卒業式。
その前に。
すべてを、言う。
そう決めたまま、意識はゆっくりと沈んでいった。




