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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
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彼Side 第9章 前編「ここから」

三学期が始まってから、時間の流れが少しずつ変わった気がした。


冬休みの空気が抜けて、また学校のリズムに戻る。


朝のチャイム、授業、休み時間のざわめき。


全部、前と同じはずなのに――


「……」


ほんの少しだけ、違って感じる。


理由は、分かっている。


あの日。初詣で、並んで歩いた時間。


あの距離。あの会話。


そして――


「これからも、続けたい」


あの一言。


「……はあ」


小さく息を吐く。


教室の窓際。いつもの席。


視線の先に、彼女がいる。


ノートを開いて、ペンを動かしている。


特別なことは何もしていない。


でも――


「……やっぱ気になるな」


ぼそっと呟く。


前から見てたはずなのに。


今は、意味が違う。


“知ってる相手”として見るのと、

“知らない相手”として見るのとじゃ、

こんなにも違うのか。


ふと、目が合う。


「……っ」


反射的に逸らす。


「……何やってんだよ」


小さく自分にツッコむ。


でも向こうも、すぐに視線を落としていた。


その一瞬だけで、なんとなく空気が伝わる。


――たぶん、同じこと思ってる。


そう思うと、少しだけ、気持ちが軽くなった。

 

放課後。

図書室。


扉を開けると、いつもの静けさ。


本棚の影。紙の匂い。窓から差し込む光。


そして――


「……」


いない。


「……まあ、そりゃそうか」


苦笑する。


曜日は、ちゃんと分かってる。


毎回いるわけじゃない。それは前から同じだ。


でも――


「……ちょっと期待してる時点でダメだな」


ぽつりと呟く。


本棚に向かう。


あの本。背表紙に手をかけて、引き抜く。


指を差し込む。


「……あった」


封筒。


白い紙。見慣れた文字。


それだけで、ちょっと安心する。

 

机に座る。


封を開ける。


便箋を取り出して、広げる。


視線を落とす。

 

『最近、話しかけてきてくれますね。』


『ちょっと、驚きました。』

 

「……」


思わず、苦笑する。


やっぱりそうだよな。


あのタイミング。あの距離。


驚くに決まってる。

 

その下。

 

『でも、嫌ではなかったです。』

 

「……」


一瞬、止まる。


その一文だけで、さっきまでのもやっとしたものが、一気にほどける。


「……そっか」


小さく呟く。


それだけで、十分だった。

 

ペンを取り出す。


便箋を広げる。


少し考えてから、書き始める。

 

やり取りは、三回くらい続いた。


前みたいに毎回じゃない。


でも、確かに続いている。


教室ではほとんど話さない。


目が合うくらい。たまに、ほんの一言。


それでも――


「……悪くねぇな」


そう思ってる自分がいる。

 

ただ。


二月に入ってから、その流れが変わってきた。

 

「……今日も、ないか」


図書室。


本棚の前。


指を差し込んで――何もない。


空白。


「……」


しばらく、そのまま手を止める。

 

前なら、ここで終わりだった。


“今日はない日”ってだけ。


でも今は違う。


「……どうしたんだろ」


自然と、そう思う。


忙しいのか。来てないのか。


それとも――


「……」


そこから先は、考えないようにする。

 

本を戻す。


机にも座らず、そのまま図書室を出る。

 

廊下を歩きながら、ふと思う。


「……前は、こんなんじゃなかったのにな」


苦笑する。

 

ただの習慣だった。


あれば読む。なければ帰る。


それだけ。

 

でも今は――


「……待ってる」


ぽつりと呟く。


自分でも、少し驚く。


こんなに分かりやすく変わるものか。

 

自由登校が増えて、学校に来る日も減っていく。


三年の教室は、どこか静かだ。


人が少ない。声も少ない。


その中で――


「……」


視線を巡らせる。


いない。


それだけで、なんとなく胸の奥がざわつく。

 

図書室でも同じだった。


静かすぎる空間。


人の気配が少ない分、余計に、ひとつの存在が大きくなる。

 

「……会いてぇな」


思わず、口に出る。


すぐに苦笑する。


「……何言ってんだよ」

 

でも。


否定はできなかった。

 

ある日。


久しぶりに、封筒があった。

 

「……」


手に取る。


ほんの少しだけ、重く感じる。

 

机に座る。


封を開ける。


便箋を取り出す。

 

『少し、間が空いてしまいましたね。』

 

「……」


静かに、読み進める。

 

『最近、なかなか来られなくて。』


『でも、ちゃんと考えていました。』

 

その一文で、ほんの少し肩の力が抜ける。

 

終わるわけじゃない。


そう、分かる。

 

でも同時に――


「……このまま、会わなくなるとかは……」


小さく呟く。


可能性としては、ある。

 

進学。


場所が変わる。


時間が変わる。

 

「……それは、嫌だな」


はっきり思った。

 

その日、返事を書いた。


いつもより少しだけ長く。


言葉を選びながら。

 

それでも、何かが足りない気がした。

 

「……直接、言うしかないか」


ぽつりと呟く。

 

でも。


その“直接”が、一番難しい。

 

時間は、そのまま進んでいく。

 

そして――


最後の登校日が近づいた。

 

教室。


いつもよりも静か。


席に座って、ぼんやりと外を見る。

 

「……」


ふと、視線を感じる。

 

そっちを見る。

 

一瞬だけ、目が合う。

 

「……」


向こうも、驚いた顔をしたように見えた。


すぐに逸らす。

 

でも。


その一瞬で、分かる。

 

――同じこと、考えてる。

 

その日の放課後。


図書室へ向かう。

 

扉を開ける。

 

静か。

 

でも――


「……」


本棚の前。

 

いた。

 

一瞬だけ、足が止まる。

 

でも今度は、逸らさなかった。

 

少しだけ、歩く。

 

でも、声はかけない。

 

向こうも、何も言わない。

 

ただ――


そこにいる。

 

それだけで、十分だった。

 

少しして、向こうが本を戻す。

 

そのまま、帰る準備。

 

「……」


声をかけるか、迷う。

 

でも。


タイミングを逃した。

 

そのまま、すれ違う。

 

「……」

一瞬だけ、距離が近くなる。

 

何も言わないまま、通り過ぎる。

 

「……」


扉が閉まる音。

 

残された静けさ。

 

「……何やってんだよ」


思わず呟く。

 

机に向かう。

 

――そのとき。

 

「……あ」


思い出す。

 

さっき。


本を棚に戻してた。

 

つまり――


「……あるだろ」

 

すぐに立ち上がる。

 

本棚へ向かう。

 

あの本を引き抜く。

 

指を差し込む。

 

「……あった」

 

封筒。

 

さっき、入れたばかりのもの。

 

それを、取り出す。

 

手に持ったまま、しばらく動かない。

 

「……」

 

胸の奥が、少しだけ熱くなる。

 

そのまま、机に戻る。

 

封を開ける。

 

便箋を取り出す。

 

ゆっくり、広げる。

 

視線を落とす。

 

 

『卒業式の前に、ここで待っています。』

 

 

「……」

 

一瞬、息が止まる。

 

もう一度、読む。

 

同じ言葉。

 

短い。


でも、はっきりしてる。

 

「……」

 

手紙を持ったまま、しばらく動けない。

 

――来る。

 

彼女が、待ってる。

 

逃げ場はない。

 

でも。

 

「……ちょうどいい」

 

小さく、笑う。

 

迷いは、もうなかった。

 

「……今度こそ、言うか」

 

ぽつりと呟く。

 

手紙を、丁寧に折る。

 

封筒に戻す。

 

胸ポケットに入れる。

 

「……逃げんなよ、俺」

 

小さく、自分に言う。

 

図書室を出る。

 

廊下を歩く足取りは、さっきよりも、少しだけしっかりしていた。

 

卒業式。

 

その前。

 

終わらせないために。

 

今度こそ――


ちゃんと、自分の言葉で。

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