彼Side 第8章 後編「途切れませんように」
正月。
空気は冷たくて、息を吐くたびに白くなる。
「……マジで来るかな」
小さく呟く。
人の流れに紛れながら、境内の入口で立ち止まる。
周りは、家族連れや友達同士。笑い声と、賑やかな音。
完全に場違いな気がした。
「……いや、別にいいだろ」
自分に言い聞かせる。
来る理由はある。
ちゃんと、ある。
――“初詣くらいは、行くと思うけど”
あの一言。
「……来る可能性は、ある」
確認するみたいに呟く。
昨日は会えなかった。
だから今日も来てみた。
二回目なのに初詣ってなんだよ、って自分でも思う。
「……まあ、いいか」
小さく息を吐く。
会えるかどうかは分からない。
でも――
「……会えたら」
その先は、あまり考えないようにしていた。
考えたら、たぶん緊張で帰る。
境内に入る。
人の流れに合わせて歩く。
視線は、自然と動く。
無意識に探してる。
「……」
いない。
当たり前だ。
そんな都合よく――
「……」
ふと。
視界の端に、見覚えのある髪が入る。
「……え」
思わず、足が止まる。
振り向く。
「……ほんとに、いた」
声に出ていた。
少し離れたところ。
女の子。
こっちを見ている。
反射的に身体ごと反対を向く。
「……」
一瞬、時間が止まる。
現実感が、遅れてくる。
「……あの」
向こうが、先に声をかける。
それで、やっと動けた。
「……ほんとに、いた」
同じことを言ってしまう。
我ながら、ひどい。
でも。
それしか出てこなかった。
「私も、同じこと思った」
小さく笑う。
その表情で、少しだけ緊張がほどける。
「……初詣?」
言ってから思う。
何聞いてんだよ。
「うん」
でも、普通に返ってくる。
助かった。
「……」
少しだけ間。
ここで終わるか。
それとも――
「……並ぶ?」
気づけば、言っていた。
声が、少しだけ固い。
内心は、めちゃくちゃうるさい。
――頼む、断るな。
「……」
少しだけ間が空く。
「ちょっと待って」
「……あ、うん」
一瞬、不安になる。
やっぱ無理か?
そう思いかけたとき。
彼女が、少し離れたところにいる母親に声をかけに行く。
「あ……」
そこで、やっと気づく。
「……親、いるじゃん」
思わず小さく呟く。
ちらっと目が合った気がして、反射的に軽く頭を下げる。
何やってんだ俺。
少しして。
「ごめん、お待たせ」
戻ってくる。
「大丈夫」
短く返す。
それだけなのに、少しだけほっとする。
列に並ぶ。
隣に立つ。
近い。
図書室よりも、教室よりも。
「……」
沈黙。
でも、嫌じゃない。
「冬休み、どう?」
さっきの続きを、今度はちゃんと聞く。
「……家にいることが多いかな」
「そっか」
「勉強とか……」
「……あー」
受験。
その単語が、現実を連れてくる。
「森さんは?」
思わず聞く。
「……まあ、それなりに」
少しだけ苦笑する。
同じだな、と思った。
少しずつ、会話が続く。
家でのこと。ほんとに、どうでもいい話。
手紙よりも、少しだけぎこちない。
でも。
ちゃんと、会話になってる。
順番が近づく。
賽銭箱の前。
「……」
並んで立つ。
同時に、お辞儀をする。
手を合わせる。
目を閉じる。
――何お願いするんだよ。
一瞬、迷う。
でも。
すぐに決まる。
(……途切れませんように)
目を開ける。
横を見る。
ちょうど、同じタイミングだった。
「……何お願いした?」
なんとなく聞く。
「……秘密」
少しだけ視線を逸らす。
「そっか」
それ以上は聞かない。
境内を少し歩く。
人の流れから少し外れたところで、足を止める。
「……」
ポケットに手を入れる。
少しだけ迷ってから――
取り出す。
「これ」
差し出す。
小さなお守り。
縁結び。
「……いいの?」
少し驚いた声。
「うん。……なんとなく」
視線を逸らしながら言う。
本音は、言わない。
でも。
たぶん、伝わってる気がした。
「ありがとう」
大事そうに受け取る。
それだけで、少しだけ救われる。
鳥居をくぐった先。
人の流れが、二つに分かれていく。
「じゃあ」
口に出す。
ここで終わる。
そう思ったとき。
「……あの」
呼び止められる。
振り返る。
「これからも」
少しだけ、言葉を探すようにして。
「……続けたい」
「……」
一瞬、止まる。
でも。
迷いはなかった。
「……うん」
頷く。
「俺も」
それだけで、十分だった。
「じゃあ、また」
「うん、また」
背を向ける。
歩き出す。
数歩進んで――
同時に、止まる。
振り返る。
目が合う。
少しだけ、笑う。
それだけで。
言葉はいらなかった。




