彼Side 第7章 後編「終わらせないために」
図書室を出る。
扉が閉まる音が、やけに大きく感じた。
「……はあ」
小さく息を吐く。
外の空気は少し冷たくて、さっきまでの静けさとは違う現実に戻される。
さっきのやり取り。
短い会話。ほんの一瞬の距離。
そして――あの手紙。
「……やばいな、これ」
小さく呟く。
――“もう少しだけ、話してみたいです。”
頭の中で、何度も繰り返される。
嬉しい。
それは間違いない。
でも――
それ以上に、意識してしまう。
顔も、声も、距離も。
全部、頭から離れない。
「……普通に無理だろ」
苦笑する。
図書室では、なんとかなる。
手紙なら、いくらでも言葉にできる。
でも、教室で。目の前で。
「……ハードル高すぎだろ」
廊下を歩きながら、小さく息を吐く。
それでも。
――逃げる理由にはならない。
そう思ってる自分がいる。
そのまま、校舎を出る。
今日はもう戻らない。
放課後の校庭を横目に、帰り道へ足を向ける。
家に着くまでの間も、頭の中はずっと同じだった。
さっきの声。さっきの距離。
そして、あの一文。
「……」
ポケットに手を入れる。
何も入ってないのに、そこにあるみたいに感じる。
家に着く。
「ただいま」
適当に声をかけて、自分の部屋に入る。
ドアを閉める。
静かになる。
机に向かう。
バッグを置く。
何も取り出さないまま、椅子に座る。
「……」
しばらく、動かない。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……書くか」
小さく呟く。
引き出しから便箋を取り出す。
ペンを手に取る。
白い紙を前にして――
少しだけ、止まる。
考える。
次にこの手紙を読むのは、いつか。
「……終業式、か」
ぽつりと呟く。
今までみたいに、すぐじゃない。
数日後。いや、それ以上の間。
その“間”を越えて、届く言葉になる。
「……だったら」
小さく息を吸う。
ペン先を紙に当てる。
『今日は、少し特別な日ですね。』
書きながら、思う。
その日は、きっと普通じゃない。
終業式。
一区切り。
そして――少しだけ離れる時間。
『いつもと同じはずなのに、少しだけ違って見えます。』
言葉が、自然に続く。
『たぶん、しばらく会えなくなるからだと思います。』
一瞬、手が止まる。
会えなくなる。
図書室も、このやり取りも。
でも。
「……違うな」
小さく呟く。
終わるわけじゃない。
終わらせるつもりもない。
ペンを持ち直す。
『だから、今日はちゃんと書いておこうと思いました。』
少しだけ、姿勢を正す。
これは、いつもと同じじゃない。
『今まで、ありがとうございました。』
書いてから、少しだけ考える。
終わりみたいな言い方。
でも。
『そして、これからも。』
静かに続ける。
『もしよければ、このやり取りを続けていきたいです。』
心臓が、少しだけ強く打つ。
『形は少し変わるかもしれません。』
『でも、この場所も、この関係も。』
『大切にしたいと思っています。』
書きながら、分かる。
これはもう――ごまかしじゃない。
「……」
一瞬、視線を落とす。
ここまで書いたら、もう同じだろ。
『あなたと、だから。』
最後の一文。
ペンを置く。
「……はあ」
深く息を吐く。
静かな部屋。
時計の音だけが聞こえる。
便箋を見つめる。
「……言ったな」
小さく呟く。
ほぼ、じゃない。
ちゃんと、言った。
怖くないわけじゃない。
でも。
「……これでいい」
そう思えた。
便箋を丁寧に折る。
封筒に入れる。
机の上に置いたまま、しばらく動かない。
その先のことを、考える。
終業式。
図書室。
彼女が、この手紙を読む。
そのとき――
「……どうすっかな」
小さく笑う。
言うか。
直接。
――いや、待て。
「……無理だろ」
即答だった。
苦笑する。
でも。
「……でも、な」
完全に諦めてるわけじゃない。
むしろ。
少しだけ、考えてる自分がいる。
直接、言うこと。
「……」
天井を見る。
答えは、まだ出ない。
でも。
「……まあ」
小さく呟く。
「そのとき考えるか」
それでいいと思った。
今はまだ。
この形で、ちゃんと届くなら。
それでいい。
――そう思っていた。




